上記の三つの文章は、全部、「〜た」が付いています。しかし、その「〜た」は、単純に、『過去形』ではないことに注意して下さい。 1.過去形-->過去における出来事を単純に述べること。 イ訳:Kemarin saya pergi ke Tokyo. 昨日 私 行く へ 東京 2.気付き「ずっと、何かについて間違って思い込んでいたが、ある時点において、気付いて、その気付いたことを述べる」 イ訳:Utami itu ternyata nama untuk orang Indonesia,ya. Utami って「気付き」名前 for インドネシア人 同意 解釈:Utamiっていう名前は、例えば、ずっと日本人の名前だと思ってたが、しかし、後、気付いたが、インドネシア人の名前だったことを述べる。 3.完了「これは厳密に言うと、時制tenseではない」 イ訳:Saya sudah makan. 私は もう 食べた 談話において、『だから、もういらない』という意味にも展開できる。sudah の談話分析は、後ほど書きます。 解説: sudah は、未来の出来事にも使えることに注意して下さい。 ? Besok jam 9 kamu harus sudah makan. 明日9時に君は、もう食べ終わっていなければならない。
★練習? Saya naik kereta di Shinjuku. Lalu tertidur. Waktu saya bangun, [ternyata], saya sudah di Tachikawa. 訳:私は、新宿で電車に乗った。そして、うっかりと寝てしまった。起きたら、立川だった。
解説:上記の文脈からして、次の可能性を伺うことが出来ます。 ?目的地は、例えば、吉祥寺で、乗り過ごした。 Jadi saya harus kembali ke arah Shinjuku lagi. だから、私は、逆方向の、新宿行きの電車に乗らないと。 ?目的地は、立川 Jadi saya harus segera turun dari kereta. だから、私は、直ぐに電車から降りなければならない。 ?目的地は、立川の次 Jadi saya harus siap-siap turun. だから、私は、降りる準備をしなくちゃ。
★練習? Aku kira dia itu baik. Tetapi ternyata buaya. 訳:私は、彼のことは、いい人だと思ってたけど、女好きな狼だったんだ。
今日は、ternyata が使えそうな日本語の文を作らせたのです。それは、ある程度、外国語が話せると、皆さんは、可也、"文をごまかせる"からです。例えば、 ? Dia orang Amerika. Ternyata dia masih muda. 彼はアメリカ人だ。 まだ若かったんだ。 この二つの文は、それぞれ成り立っています。しかし、結合すると、やはり、ternyataの使い方は、変ですね。『もしかしたら、まぁ、そのような発想は、インドネシア語にあるかもしれない』と思って、油断することが多い。
ternyataが、使えそうな文の例として、 ? 仕事に専念してやていて、気がついたら、上司がいなかった。 Saya terlalu berkonsentrasi pada pekerjaan.Dan tanpa [saya sadari], ternyata bos sudah tidak ada di tempat. ? 毎日、男の友達と喧嘩してて、「嫌だ」などと言われた。しかし、ある日、彼は、私のもとを去って、手紙を残して、最後の部分は「I love you]と書いて、 『そっか、アイツ、あたしのこと好きだったんだ。ごめんな。実は、あたしも。でも、素直にいえなくてなぁ。』の部分は、『Oh,ternyata kamu suka sama aku,ya. Maaf ya, Karena sebenarnya juga juga mencintaimu.Hanya saja, aku tak tahu harus bagaimana mengungkapkannya.』