ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

田中裕也コミュのガウディ実測、図面化の意義

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ガウディ実測、図面家の意義  内井昭蔵
<田中裕也君のこと>

 1984年秋、私は団長として、日本建築学会のヨーロッパ建築研修ツアーのためヨーロッパの旅をしたが、バルセロナの空港に降り、出迎えのバスに乗り込んでみると、ツアーの添乗員と話をしている一人の日本人青年がいるのに気が付いた。「はて?どこかで見た顔だが・・・・」と思ったが、「もしや田中では・・・・」と近づくと、「そうです、田中裕也です。お久し振りです」という言葉が返ってきた。聞くと、ガウディの建築ガイドをするという。彼は、15年も前、私が国士舘大学で教師をしている頃の教え子であった。「何でスペインにいるの?なぜ、いつから、」という問いに対し、「私はもう10年近くもここにいます。ガウディにとりつかれて」という答えが返ってきた。学生時代から妙に人なつこく、やや特異な風貌の彼は、忘れられない顔に属していたが、彼とガウディの結付きは意外であった。そういえば、以前からガウディにとりつかれ、サグラダ・ファミリア教会のアトリエにもぐり込んでいる日本人日本人学生がいる話は聞いたことあったが、よもや田中君であることは、私は知らなかった。聞くところによれば、ほかにも何人か日本の留学生がいたことは事実で、彼はそのなかの一人だったわけだ。今、考えてみればなるほどと納得できるが、学生時代、北海道出身の内気そうな彼しか知らなかった私は、彼とガウディを結びつけることは出来なかった。学会の研修ツアーの筋書きのなかで、ガウディは見学ルートからはずし、私はオプション的に考えてたのだが、田中君の出現によって急に予定を変え、ガウディの作品を綿密に迫ってみることにした。バズに乗っている間、彼の苦労話やガウディ観を聞くことが出来たが、はためから見ても決して豊かな生活をしているとは思えず、学生時代と同じように情熱のみが支えで、やっと生きてるように思えた。ヨーロッパ、それもスペインは労働事情が悪く、日本人が働き生きていくことは並大抵のことではない。聞けば、日本からの旅行者相手にガウディ見学ツアーのガイドをしながら、ほとんど無償でガウディの建築物や公園の実測をし、図面化しているという。何が彼をしてこのような作業に当たらせているのだろうか。近頃の若者にはない気迫を感じ、彼がたのもしく見えた。
 ガウディに最も影響を与えたといわれているカタルニアの独特の風景、モンセラートをぜひ見たいと思い出掛けたが、そのバスの中で、彼になぜガウディにのめりこんでいったのか、その契機を尋ねると彼は意外にも、長い顎をくしゃくしゃにしながら、「先生ですよ。教室で先生からガウディの話を聞き、それが忘れられずここまできてしまったのです。」と言うではないか。そういえば若さにまかせ、教室で学生にガウディやガウディやライト、アールトなどのことを熱っぽくふき込んだことがあった。そのときの言葉が一人の若者をこのようにかり立ててしまったのか、という自責とも喜びともつかぬ感情が込み上げてきた。私は改めて教師の責任の大きさを知らされた。彼が黙々と異国で貧乏しながら実測に打ち込むその原動力は、もちろんガウディの魂にあるのであるが、それに火をつけた責任は私にある。想えば私が田中君を鼓舞したと同じように、多感な青年期、私も教室で今井兼次先生からたっぷりとガウディの洗礼を受けていたのだ。当時、学生だった私たちの前で、今井先生はまるで酒に酔ったように身振りも言葉もすべてをガウディに傾けられ、私たちの心に直接訴えかけるような講義をしてくださった。そのときのことは今でもはっきり私の脳裏に焼き付いてる。先生は戦前から、わが国に精神性の高い世界の建築家をいち早く紹介されてきたが、なかでもガウディ、シュタイナー、ソ連の建築家シュセフなどを、わが国に紹介された功績は大きい。とりわけガウディは、今でこそ多くの人に知られているが、当時、この特異な建築を勇気をもって世に示された先生の洞察力には本当に敬服させられる。私も先生の手伝いでガウディに対する傾倒ぶりが、そのまま私を通じて若い学生であった田中君に伝わったのではなるまいか。
 ガウディは図面よりも現場で作るといったタイプの建築家であったのだろう。そのためか図面がそろっていない。しかも以前存在していた図面も多くは内戦のときに焼失されたという。たしかに、ガウディのつくるような建築を図面で表すには大変な苦労がかかるし、建築を図面化するということは非常に意義深いことだと思う。図面化するということは創作と逆の作業であって、作家がたどった心の軌跡をトレースすることになるのではないかと思う。古建築でも遺跡でも、庭園でも同じだと思うが、実測をして作図すれば思わぬ発見にめぐまれ、作家の心に触れる場合が多い。絵画においても模写をすることが作家研究や訓練にとってかけがえのない方法であるし、文章も同じで、好きな人の文章を原稿用紙のマス目に入れてみると、その人の息の長さとか思考のプロセスが伝わってくる。昔、私もよく試みたものである。建築においても同様、実測・図面化の作業は大変意義深いことと思う。
 しかし、この作業は地味であり、大変な忍耐力を要する。これを全うするには、とりわけて強靭な精神力が必要であろう。彼はあえてこれをやり遂げようとしているのである。その努力と勇気を私は買いたいと思う。
 彼は、その図面化についても、それぞれの建築のケースによって表現を工夫したという。空間を最もよく表現するには、それなりの工夫が必要である。建築の空間から直接受けるインパクトが大切なことはいうまでもないが、建築家にとっては図面から受けるインパクトも大変重要だと思う。いわば図面は建築家にとって最もイマジネイティブな言語なのである。
 私は田中君が、ガウディの図面化に励むことの意味は、彼自身のためにはもちろんだが、ガウディ研究者にとっても大きいと思う。いわばガウディ研究の最もベーシックな部分を受け持つのである。多分彼はガウディの心に一番近づける立場にあるのではないかと思う。彼の屈託のない笑顔と澄んだ目は何の野心も感じられないが、この仕事の意味を十分に認識し、できるだけこの作業を続けられ、深くガウディを極められることを期待したい。
 今年はバルセロナ市からの調査許可によってグエル公園の実測に入るという。
 彼の健闘を祈る。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

田中裕也 更新情報

田中裕也のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング