しかしBorn In The U.S.A.は日本でも大ヒットし、可能性は高いと思われました。 誰からどのようにして来日が決定したことを知らされたか思い出せないのですが、多くのスプリングスティーン仲間の中には業界にコネを持ってる人もいたし、当時のスプリングスティーン担当ディレクターとも交流がありました。おそらくはその方たちから複数の情報を得て確信したのだろうと思われます。
ライブテープやブートで演奏曲目は大体わかっていたのですが、とりわけThe River以前の曲には思い入れが強く、登場するたびにうお〜っ、となってました。The Riverのときは周りの人もみんな泣いてました。 Thunder Roadの合唱のところは夢が叶ったことを実感しました。歌ってる人は少なかったけど。エンディングのRacing In The Streetは本当に息を呑みました。アウトロでは時間が止まったような錯覚。感動が心の底から込み上げてきました。そして来るぞ、来るぞ、とわかってても客席のライトが全部点いた瞬間ノック・アウトを喰らったBorn To Run。 スプリングスティーンはアンコールが異様に長いのですが、当時の消防法なる法律で9時以降(と思っていたのですが実際は10時以降?)はダメ、と思っていて、いったん照明がついてやっぱり終わりか、と思ってたらそこからまた出てきてRockin' All Over The Worldをやって、伝説の通りだな、と思いました。
自分は東京公演を4回見に行きました(本当は全公演見に行くはずだったのですが、当時社会人1年目で断念)が、二日目以降もサプライズの連続。Darknessには感動したな〜。Growin'UP,まさかファースト・アルバムからやるとは。そして東京最終日、客席に'Because The Night'の垂れ幕が。まさか本当にやるとは。Dancin'In The Darkでは友人の女性が連夜ステージ上に。
忘れられない出来事なのですが、日々の生活の中で忘れかけていました・・・。当時、東京で大学生活をおくっていて、大学で知り合った友人の影響でスプリングスティーンを聴き始め、のめりこんでしまいました。その友人はとにかくスプリングスティーンが大好きでborn to runがすりきれて(もちろんレコード)2枚目を大事に聴いていたのを憶えています。その頃、来日するアーティストのツアーはアルバイト代をほとんど費やして行きまくっていましたが、スプリングスティーンだけがなかなか来日せず、酒を飲むといつもその話題が出ていました。そんな折、「来日しそうだ!」という情報をその友人が仕入れてきて、すぐになんとしても良い席を取ろうという作戦会議を開き、業界人につてなどない我々がたどりついた結論は、当時、来日ツアー情報は新聞告知が一番早く、ちょうど新聞販売所の向かいに住んでいた友人の友人のアパートで、朝一で新聞が配られる前に新聞を手に入れてるというものでした。そして、発表される日が特定できないので、多分発表されるだろうという1週間位前から毎日交代で二人ペアで張り込みしました。そんなことをして代々木オリンピックプールのツアーのチケット5日間分をすべて手に入れました。もちろんスプリングスティーン大好きのその友人も5日分のチケットを手にし「生まれてから一番嬉しい」というくらいの喜びようでした。しかし、ツアーの前日に彼のおふくろさんが急に亡くなり、実家にもどらなくてはならなくなってしまいました。なんとかどうしても観たいからと言ってツアー最終日には戻ってきて一緒に観に言ったのですが、かける言葉が見つからなかったことを憶えています。もちろん5日間ともツアーは最高でしたが、どうしてもその悲しい思い出と一緒に記憶に残っています。