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Bruce Springsteenコミュの来日公演の思い出

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25年前の今日。
ブルース・スプリングスティーンが日本で初めてコンサートをやった日です。夢が叶った日でありました。

78年にスプリングスティーンを聴き始めて以来、どんなにこの日を待ちわびたことか。ダークネス・ツアーの頃から来日の噂はありましたが、リバー・ツアーでも実現せず。
ストーンズと並んで、来日していない最後の大物と言われていたものです。

しかしBorn In The U.S.A.は日本でも大ヒットし、可能性は高いと思われました。
誰からどのようにして来日が決定したことを知らされたか思い出せないのですが、多くのスプリングスティーン仲間の中には業界にコネを持ってる人もいたし、当時のスプリングスティーン担当ディレクターとも交流がありました。おそらくはその方たちから複数の情報を得て確信したのだろうと思われます。

業界にコネを持つ人から新聞発表やチケット発売の日を教えていただいたうえ、「特等席」も譲っていただきました。それでも自分の眼で新聞上で来日決定の広告を見たときは興奮しました。

恥ずかしながらスプリングスティーンご一行を成田空港まで出迎えにも行きました。意外と人は少なかったですね。

ライブテープやブートで演奏曲目は大体わかっていたのですが、とりわけThe River以前の曲には思い入れが強く、登場するたびにうお〜っ、となってました。The Riverのときは周りの人もみんな泣いてました。
Thunder Roadの合唱のところは夢が叶ったことを実感しました。歌ってる人は少なかったけど。エンディングのRacing In The Streetは本当に息を呑みました。アウトロでは時間が止まったような錯覚。感動が心の底から込み上げてきました。そして来るぞ、来るぞ、とわかってても客席のライトが全部点いた瞬間ノック・アウトを喰らったBorn To Run。
スプリングスティーンはアンコールが異様に長いのですが、当時の消防法なる法律で9時以降(と思っていたのですが実際は10時以降?)はダメ、と思っていて、いったん照明がついてやっぱり終わりか、と思ってたらそこからまた出てきてRockin' All Over The Worldをやって、伝説の通りだな、と思いました。

自分は東京公演を4回見に行きました(本当は全公演見に行くはずだったのですが、当時社会人1年目で断念)が、二日目以降もサプライズの連続。Darknessには感動したな〜。Growin'UP,まさかファースト・アルバムからやるとは。そして東京最終日、客席に'Because The Night'の垂れ幕が。まさか本当にやるとは。Dancin'In The Darkでは友人の女性が連夜ステージ上に。

意外に音がでかくて、4回のステージを見終えた後は放心状態、「燃え尽き症候群」になったうえ、耳鳴りも何日か消えなかった。
この放心状態を埋めるためには8月にニュージャージーに再びスプリングスティーンを見に行く他方法はありませんでした。

コメント(25)

私も23歳のとき、代々木オリンピックプールで一番最初と次の二日目を見ました。もう死んでもいいと思う位感動でした。あー、今でも感動の中にいます。
僕は大学1年の時、ウドーに整理券を貰いに行ってチケットをゲットし、4/15の公演に兄と観に行きました。兄はアルバムを全部聴いていたので、演奏したほとんどの曲を知っていましたが、僕はいまいち理解出来なく、半分盛り上がってるフリをしてましたわーい(嬉しい顔)。大学にパンフレットを持って来てた奴がいて、自慢しまくってたのを憶えています。
あの時はすごかったですね。今でも一番すごいコンサートと覚えています。

何日めだったかも忘れて申し訳ない。

Thunder Roadの時、Bruceがマイクを客席に向けた。

一生懸命歌ったけど、案外周りの人たちは知らない模様。

小さな合唱で残念だった。

なのにBruceは「Very Good」と叫んでくれた。

あれは感動した。

10th Avenueの時は、観客席にバンドで行進するから、真横に通るしね。

最後はTwist&Shoutを10分くらいやってなかなか終わらなかった。

袖横に会場スタッフらしき人々が沢山見えました。(笑)

今でも鮮明に覚えています。

おまけは、ライブ終わった後に長渕剛が「シャララ〜、シャララ・ララ」って歌いながら会場歩いてました。(笑)

日本来てくれないかなぁ。
私も1980年ごろから聞くようになり、日本に来ないかなあ〜と思っていましたが、当時はギャラが高い!、日本ではイマイチ人気ないなどとの理由で、来ないと言われてましたから、Born in the USA Tourで日本に来た時は、仕事の合間に電話をかけまくり、やっとでチケットを取りました。

一曲目のイントロで、もう泣けちゃいました。

本当に夢の中のような感じがしました。

その後、アネムスティーのライブやアコースティックライブにも行きました。

最近では、日本公演もないので残念ですが、また来てもらいたいものです。
若かれしブルースのライブに行ったなんて
本当に羨ましい限りです泣き顔
初来日は僕の生まれる3年前か。もっと早く生まれたかった。。。
ちょうど1年前の4月16日のロサンゼルス公演行きました!
僕にとって初めてのブルースのライブでしたが
とても60歳とは思えない迫力で最高の思い出になりました。
真っ暗な中オープニングのBadlandが始まった瞬間
本物のブルースがいるーーーうわああああああああああああああああげっそり
となったのは言うまでもなく。笑
Hungry Heartを全員で合唱した時には感動で泣きそうになりました。
来年いっぱいまでアメリカにいるので
それまでにまたツアーやってほしいです!
高校生の時にbruceの歌声にノックアウトされてからbruceは僕の青春でした。
日本公演当時23歳だった僕は初日と最終日を見に行きました。

初日はほぼ中央の前から5列目という席で感動と興奮のあまりわけも分からずただ祈るようにbruceの一挙一動に目を奪われていたのを覚えています。

キャデラックランチのイントロが始まった時は震えが止まらず周りの迷惑も顧みず大声で歌ったものです。

あれから25年も経つんですね・・・
今でもあの時見たコンサートが今まで見たコンサートの中で間違いなくナンバーワンだと思います。
青山で整理券を受け取って、実際にチケットを購入したのは何故か西新宿だった記憶があります。それからは毎日カレンダーを見ながら『あと何日で・・・』と数えていました。

コンサートの前日の夜は完全に『遠足前の小学生』状態。当日は開場の何時間も前に現場に着いたのですが、既に長蛇の列がありました。入場が始まり中に入ると、直ぐに満席状態になったのを覚えています。

そして誰も席に座らない!その時から会場全体が総立ち状態!未だ明るい会場で、全員が誰もいないステージを静かに見つめていました。そして暗くなった瞬間には地鳴りのような歓声。

コンサートが始まった後は・・・・期待していた以上、というか想像を絶する凄さ!伝説が事実だったと確信し、その伝説を体験しながら『生きてて良かった』と思いました。

宗教には縁も無ければ、興味も無い自分ですが、あれは間違いなく宗教的な体験でした!
ぼくも、当時、撮影の仕事をさぼって行きました。

Thunder Roadは誰よりも大きな声で歌ったと思います。
自分は東京公演は全公演行きました。あせあせ
当時は夜の大学生・・・忙しい毎日だった筈ですが、何も考えていなかったですね。あせあせ

このことを記し始めると、キリがないので個人的なネタ話をいくつか・・・

それぞれ違う人と行ったのですが、中日(確か追加公演)と東京最終日は一人で参戦、最終日は自分の隣の人も一人とのこと、自分も絶叫しまくり・・・帰り際に「お騒がせしてスミマセンm(__)m」と言ったら、その彼も満足げな顔で笑っていましたわーい(嬉しい顔)・・・あれから25年も経つんですね。ダッシュ(走り出す様)
その割には鮮明に覚えています。exclamation ×2

この来日公演以降、自分はアメリカ国旗が大好きになりましたし(笑)あせあせカラオケでCan't Help Falling In Loveるんるんを歌うようになりました。あせあせ

京都公演、大阪公演exclamation ×2・・・チケットチケットさえ入手できれば、無理してでも行きたいexclamation ×2と思っていました。

・・・この1年くらい後でしょうか、当時はまだ自分にはなじみでなかった大阪に行った際、環状線電車に乗っていて、大阪城公園の駅を通り過ぎた時、「ここに大阪城ホールがあるんだexclamation ×2」・・・自分の頭の中にはBorn In The U.S.A.るんるんが鳴り響いていました。exclamation ×2
京都と大阪行きました。
特に大阪城ホールでの「バックストリーツ」や「デトロイト・メドレー」には感激しました!
前のも何処かで書きましたが僕には初来日は悲しい思い出です。



名古屋には当時ほとんど情報が入ってきませんでした。

「ぴあ」も無い時代。


周りにブルースのファン仲間もいない。


来日を知ったのはブルースが帰った後・・・。


初来日を目撃していないって一生の後悔。


僕はこれを一生引きずって生きていくのでしょう・・・(泣)。



アムネスティでの来日は確か「中日スポーツ」でも報道されたのでチケット発売日に東京に電話をかけて取りました。

「トム・ジョード」の時はまたまた公演が迫ってから知りましたが・・・(笑)。
丁度25年ですか。気がつかなかった。
ありがとう。いいトピですね。

そう、西新宿でチケット交換でした。
友人と二人でチケット東京5日間、計40枚買った。

その後、喫茶店に入って各日毎に並べて
席のいい順にジャンケンして取って。

残った30枚のチケットは頼まれていた田舎の友人に送った。
金が送金されるまではひもじかったな。

ライブの事よりよく覚えてる。

最終日のBecause The Nightのピアノのイントロに
最前列で思わず絶叫してしまった。

今は東京にいないけれど、運がよかったな。
このトピ、読んでたんですけど、何を書いていいのかわからなくて…。
と言うか、なんだかすごくいい夢を見たんじゃないかっていう、現実離れした印象にも思えるんですよね。

BUSAツアーでの初来日、俺は4/13の追加公演のチケットをやっとの思いで入手しました。
俺が印象に残っているのは、
代々木公園の桜が散り始めていたこと。
客電がいきなり落ちて、地鳴りのような歓声と足を踏みならす音の中、"One, two, one, two, three, four!"で始まったこと。
"Thunder Road"が終わってインターミッションの間、椅子から立ち上がれなくなってしまったこと。
当日がマックスの誕生日だったこと。
そして、"I'm just a prisoner of rock'n'roll!!"の雄叫び…。

もちろん、もっともっとあります。
でも、とてもじゃないけど冷静じゃいられなかった。
あとからレビューを読んで「あれ、こんなだったっけ?」なんて思うこともありました。
ブルースと同じ空間を共有している!という状況そのものが信じられなくて、同じ空気を吸うのに精いっぱい(苦笑)。

まとまらないコメントでごめんなさい。

(画像は当日、主催者都合で座席が振り替えられてしまったチケットの半券。「1階スタンド」となっていますが、アリーナでした。日付印が間違っていますね。笑)
あれから25年も経っていたのですね。このトピを見るまで自分も
気がつきませんでした。ありがとうございます。


思い出せば、中学時代リアルタイムでThe Riverを聞いてBossの格好良さに惚れ、
高校受験の時にはBGMで聞き、以来首を長〜くして待っていた念願のコンサートでした。

自分が行った日はいつか忘れてしまいましたが、たぶん初日かな?
地方大学の入学式をブッチし、飛行機でとんぼ返りしてまで見に行きました。

まだ高校生だったので余り良い席が買えず、ステージ右側真横の1階席から
友人と一緒に見ていたのを覚えています。

さすがにアメリカでの4時間コンサートは難しいと思っていましたが、
3時間以上演奏してくれたのには感激しました(確かアンコール2回?)。

皆さんのコメント、エピソード見て、また記憶が蘇ってきました。
中でも受けたのは長渕剛!このころから相当Bossに影響受けてたんですね。。。

その時のセットリスト、何方か分かる方いれば教えてください!


それから25年経った今、Bossの生まれ故郷のNew Jerseyに住んでいて、
Born To Runに出てくる高速道路に乗るときは勿論BGMはBoss。
今度時間があるときに、Freefold、Asbury ParkとRansomを巡りたいと思っています。
ちょうど二十歳。NTTの友人から公衆電話(懐かしい)の方が繋がりやすいと聞いて、電話ボックスに篭る事、一時間。繋がって聞いたのは、売り切れの知らせ。裏日本でコネなんてあるはずもない僕にはこれが精一杯だった。それから約15年経って、赴任地のアトランタで僕の夢は叶った。
当時二十歳、吉田拓郎とEYAZAWAが好きだったのですが、LP「明日なき暴走、The river」を聞いて待ち望んだ待望の来日・・・
コネなし・・・
チケットを取るためウドーに電話するも3日経過・・・
東京公演は、2日間行けることになりました。
まさか憧れのバンドを聞けるなんて夢のようでした。

「Because The Night」は忘れられませんし2部の「Cover me ,Dacing in the drak〜」ステージに呼ばれた女性がつくづくうらやましいと思いました(笑)

今でもはっきり思い出せます
手(チョキ) Can't falling love〜るんるん
みなさんすごいなー。
今でも、当時のチケットもってますよ。2日目はアリーナ席で、長渕剛より2列前の席だったのが、すこし自慢でした。

ダニーフェデリチがなくなってオリジナルメンバーじゃないけど、再来日してほしいもんです。
え?あれからもう25年も経ってます??
オレが行ったのが17歳の時だから。。。あ、経ってるか。
トシ食ったなあ。がっくし(苦笑)

思い起こせばあのときは、実はまだボーン・イン・ザ・USAしか聴いたことがなくて。ボーン・トゥ・ランもロザリータも知らんという。しかもEストリートバンドは前座に出演するバンドなのかと勘違いしていて(笑)
もうブルースファン大失格状態だったりしていたのですが(^^;

でも、LIVEは本当に本当に素晴らしかった。
ブルースはプレスリーを初めて聴いたときに「ロックン・ロールの洗礼を受けた」と語っていましたが、あのLIVEはブルースが僕らにロックン・ロールの洗礼を授けてくれたのではないかと思ってます。
体のど真ん中に熱い芯を打ち込んでもらったような思いがしたものです。

ブルースの音楽は、昨今のJ-POPにありがちな「勇気をもらった」とか「強くなれた」みたいな安易な歌詞とは絶対に一線を画していると思うのです。

僕がブルースの音楽から教えてもらったことというのは今にして思えば「覚悟」みたいなもんだったのかなと。悲しいこと、寂しいこと、つらいこと、切ないこと、矛盾したことがこの世界にはいっぱいあって、そういったものが生きて行くうちにはたくさん待ち構えているに違いない。でも、それにどんなに打ちのめされたとしても希望を探す努力を止めてはいけないのだと。そんなことをブルースの音楽は感じさせ続けてくれているのではないかと思います。

10代の多感な頃にブルースが来日してくれたことは、最高の幸せだったのだなあとあらためて思います。
忘れられない出来事なのですが、日々の生活の中で忘れかけていました・・・。当時、東京で大学生活をおくっていて、大学で知り合った友人の影響でスプリングスティーンを聴き始め、のめりこんでしまいました。その友人はとにかくスプリングスティーンが大好きでborn to runがすりきれて(もちろんレコード)2枚目を大事に聴いていたのを憶えています。その頃、来日するアーティストのツアーはアルバイト代をほとんど費やして行きまくっていましたが、スプリングスティーンだけがなかなか来日せず、酒を飲むといつもその話題が出ていました。そんな折、「来日しそうだ!」という情報をその友人が仕入れてきて、すぐになんとしても良い席を取ろうという作戦会議を開き、業界人につてなどない我々がたどりついた結論は、当時、来日ツアー情報は新聞告知が一番早く、ちょうど新聞販売所の向かいに住んでいた友人の友人のアパートで、朝一で新聞が配られる前に新聞を手に入れてるというものでした。そして、発表される日が特定できないので、多分発表されるだろうという1週間位前から毎日交代で二人ペアで張り込みしました。そんなことをして代々木オリンピックプールのツアーのチケット5日間分をすべて手に入れました。もちろんスプリングスティーン大好きのその友人も5日分のチケットを手にし「生まれてから一番嬉しい」というくらいの喜びようでした。しかし、ツアーの前日に彼のおふくろさんが急に亡くなり、実家にもどらなくてはならなくなってしまいました。なんとかどうしても観たいからと言ってツアー最終日には戻ってきて一緒に観に言ったのですが、かける言葉が見つからなかったことを憶えています。もちろん5日間ともツアーは最高でしたが、どうしてもその悲しい思い出と一緒に記憶に残っています。
丁度、高校1年の時に来日してたけど受験などで行けなかった。

今でも日本公演を聞けるけど、やっぱり生で見たかった。

それが一番後悔しています。
大阪城ホールへ行きました。
どうやってチケットを取ったかは忘れました。
友人と二人でアリーナの1番後ろの席で
前にいる背の高い男の人たちの隙間からボスの頭を必死で見ていました。
最後はなんかヘロヘロになって踊っていましたね。
よかったなぁ。。。
若かったなぁ。私も。。。。。
大阪城ホールへ行きました。チケットは友人が確保してくれました。当時、まだ、知り合って間もない、後に一緒にバンドを組み、現在に至っても付き合いの続いている、奴の分も頼んで。アリーナの真ん中か、やや後ろやったと思います。ギターを構えた、ボスを目にした時の感動は忘れられません。クラスメートが手に入れた、その日のライヴブートを飽きもせず、毎日毎日聴いていました。あの頃はまだ、Wデッキは高価で、ダビングしておかんかったんは、めちゃ残念です。

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