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Greg Lakeコミュのグレッグレイク 逝去

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今週の水曜日にグレッグレイクがなくなったと、友達がメールを送ってきた。
彼は’長い間ガンでわずらっていたらしい。

"Music bows its head to acknowledge the passing of a great musician and singer, Greg Lake."
ジェネシスのギタリストスティーブより。

Another sad loss with the passing of Greg Lake
イエスのキーボードリックより

"The greatest music is made for love, not for money,"  レイクの言葉

BBCより抜粋

コメント(56)

レイクの死により『死に対する構え』の共感者を私は見つけたといっても過言でない。そして、与えられた人生をどう生きるかはあなたの気持ちの持ち方にかかっているということだ改めて認識した。彼の死から学ばせてもらったことレイクに感謝する。

(英語を日本語に翻訳していないが。。。かれの言葉をなるべくそのまま伝えたいし、。。。)

下記のインタビューはマーチン タウンセンドという記者が1年前の今頃、レイクに英国のリッチモンドにあるホテルでインタビューしたものだ。
レイクはeBayで買ったという飾りのついた杖をついて現れたらしい。そして、愛しているギターはもう弾けないと。

“I’m not frightened of dying,” とレイク。

インタビューに答えている彼の言葉を抜粋:
“but I don’t like the idea of leaving so many people that I love behind, and I want to enjoy this time with them. I don’t want to be feeling sick and tired from the drugs.”

“I have had a brilliant life. I’ve done everything I’ve ever dreamed of, fulfilled every ambition, and these things happen.” But he did not want to go public. “If I announce that I’m ill it’ll be all over the internet and, I know it sounds awful, but I don’t want all the sympathy that will bring. I don’t want to have,” he said, with a chuckle, “a Facebook death.”




もっとインタビューは続くが
彼の自叙伝『Lucky Man』が2017年の9月に出版される予定。(ウィッキーペディアによると)


ドクトル レイク:2016年1月に イタリアの音楽学校から名誉学位を送られた。
ここで、Annie Barbazzaの歌声が心にしみる。Dr. Lake はもう一度演奏したいと。Dr. Lake はスカイプを通してこのセレモニーに出席している。
https://www.youtube.com/watch?v=aNlCObj8emM&t=929s

here's no end to my life,
No beginning to my death
Death is life!

(展覧会の絵より)
>>[17]
何だかジ〜〜〜〜〜〜ンときてます涙
私も今日、このインタビューを見つけました。

http://www.express.co.uk/entertainment/music/742018/Greg-Lake-last-interview-Sunday-Express-exclusive-musician-death-rock

昨年の時点でグレッグはかなり痩せていて、数年間の闘病を経て、癌を治すことができなかった科学療法を止めていたようです。
抗がん剤の副作用は、かなり辛いもののようですから。

グレッグからは、反骨精神というか…そういうものが感じられたようですね。

He walked using a highly decorative stick he’d found on eBay. He had lost so much weight he was barely recognisable as the powerfully built bass player who had once led one of the world’s biggest rock bands.

彼はeBayのネットオークションで見つけたという、凝った装飾の杖をつきながら歩いていた。すっかり痩せてしまっていて、かつては世界的大物ロックバンドを率いる、頑強な体躯を誇るベースプレイヤーだったと気付く者は、殆どいないだろう。

But in the almost-deserted dining room of the Petersham Hotel in Richmond, Surrey, just over a year ago, Greg Lake – formerly of Emerson, Lake & Palmer – was in defiant mood.

ちょうど一年前の話になるが、サリー州リッチモンドにあるピーターシャムホテルの、ほとんどさびれかけた食堂に座り、かつてはエマーソン レイク&パーマーのメンバーだったグレッグ・レイクは、反骨精神をのぞかせていた。

The cancer he had been fighting for a few years, that had left his body shattered and his hands – as he put it – “broken” so he could no longer play his beloved guitar, was not going to be beaten by drugs. So he had decided he wouldn’t have any more chemotherapy.

この数年間彼が戦い続けてきた癌は、投薬や抗がん剤に打ち負かされることなく彼の体を打ち砕き、その両手はー彼曰く「ぶっ壊れた」。そのため彼はもはや最愛のギターを弾けなくなっていた。そうこうするうちに彼は、これ以上の化学療法を受けない決心を固めていた。

“I’m not frightened of dying,” he said, “but I don’t like the idea of leaving so many people that I love behind, and I want to enjoy this time with them. I don’t want to be feeling sick and tired from the drugs.”

「僕は死ぬことに脅えてはいない。」
と彼は言った。
「でも、僕には大好きな人達が沢山いて、そういう人達を残して行くような発想は好きじゃない。今この時を、彼らと一緒に楽しみたいよ。薬で具合が悪くなるのにはうんざりしてるんだ。」

He had no bitterness: “I have had a brilliant life. I’ve done everything I’ve ever dreamed of, fulfilled every ambition, and these things happen.” But he did not want to go public. “If I announce that I’m ill it’ll be all over the internet and, I know it sounds awful, but I don’t want all the sympathy that will bring. I don’t want to have,” he said, with a chuckle, “a Facebook death.”

彼には苦渋も苦々しさもなかった。
「僕は輝かんばかりの人生を送ってきた。夢見てきたことは全部やって、野心を総て実現させた。その結果今のこういうことが起きたんだ。」
しかし、彼は公衆の面前には出たがらなかった。
「もし僕が重い病気だと公表したら、ネットであっという間に拡散されてしまう。恐ろしいことだと分かっているよ。第一僕は、公表することで得られるどんな同情も欲しいとは思わない。」
彼は含み笑いを浮かべながら言う。
「Facebook deathなんていらないよな。」

>>[20]

訳していただき、ありがとうございます。
グレッグのつらさ、悔しさがわかります。

>>[20] chiricoさま

同じく訳していただいて有難うございます。

Gregのお人柄がよくわかるインタビュー記事ですね。

病気との葛藤は壮絶だったと思います。
心が痛い............

せめてギターは最後まで弾けるとよかったのに・・・・


それでも

誰にもできないことを成し遂げて
自身の仕舞い支度をすることもできて

お幸せな生涯だったと私は思います。

What A Lucky Man He Was..............
>>[22]さん

同じくそう思います!

ギターが弾けない状態というのは辛く哀しいことだったと思いますが、

輝かんばかりの人生を送り、
夢見てきたことを全部やったと言い切れる人
なんて本当に稀。

最後はグレッグの思い描いたものと違った
としても、ラッキーで幸せな人生だと
思います。

たくさんの感謝を込めて!

グレッグもインタビューアーも、そのまま日本語に置き換えては意味が取り難くなるような言い回しが多く、正直このインタビューは、私にとってはかなり手強いです。
大体こんな意味のことを言ってるんだなー、という位に受け止めていただければ幸いです。

コミュのコメントは訂正出来ないので、続きは編集可能な日記に書こうかと…

ELP初来日の時には、命令口調のイヤな奴、と言われていたグレッグですが、晩年は人の良さが窺える発言が見受けられます。

良きジャーナリストに恵まれたようで、ガンで見分けがつかないほど痩せたことは、亡くなるまで記事になることはなかったようですね。
>>[25]
ジェフ・ダウンズも、日本時間の今日の午前1時に、
「亡くなった仲間のグレッグ・レイクにお別れをいう為に、テムズ川の畔に集まった」
というようなツイートをしていましたね。
>>[24]

情報ありがとうございました。

良きジャーナリストに恵まれたとのご指摘、まさにそうですね。

そのジャーナリストと良好な関係を
築けたのもグレッグの人柄ゆえ、と
思いました。
>>[26]

ジェフ・ダウンズも・・

83年のエイジア初来日、武道館でのふたりを思い出しました。涙
明日はクリスマスクリスマスぴかぴか(新しい)

勿論、家で聴く曲は『夢みるクリスマス』

家族と一緒にレイクさんを偲びたいと思います。
>>[29]

そうですね!まさに!

グレッグ、クリスマスの名曲をありがとう!

80年代初期の頃に深夜に日本人のVJなんか無しでそのままMVを流してたMTVの番組があって、
クリスマスの日にこの曲を流してくれてとっても嬉しかった思い出があります。
初めて見たMVだったので。
http://www.mirror.co.uk/3am/celebrity-news/greg-lakes-final-interview-revealed-9420407

“When Pete Sinfield and I wrote I Believe In Father Christmas it was about how Christmas had deteriorated and was in danger of becoming yet another victim of crass corporate financial exploitation.

ピート・シンフィールドと僕が"I believe in Father Christmas"を書いた時、いかにクリスマスが堕落し、キリストとは別の意味での犠牲、愚鈍な財界団体の搾取の犠牲に徐々になってきているか、その脅威について歌ったんだ。」

“As much as I love everyone having a good time, it’s more than 12 pints of lager and a crate of Baileys. It’s more important to make some spiritual human contact, or visit someone lonely.”

「皆が刺激的で楽しい時を過ごしてるのは、すごく良いことだよ。でもそれって、ラガービール12パイントとか、運搬用の木枠のままのベイリーズとか、もっといるってことだったりする。
人間同士の魂の触れ合いとか神聖な関わり合いとかの方が、もっと大切だ。あるいは、一人寂しくしている人を訪問するとか。」

“We never had any commercial or financial intentions, but of course now everyone wants to know how it feels to receive all the lovely royalties, which are apparently delivered by wheelbarrow by Santa himself, after a long day climbing down everybody’s chimneys.”

「僕達は決して営利目的とか金銭的な意図とかを持ってたわけじゃない。でも、こうなった今となっては、みんなは結構な印税を受けとるのはどんな気分か知りたがるわけだ。一日かけてみんなの家の煙突を登り降りした後のサンタ自らに、古風な一輪の手押し車で配達してもらってるみたいに見えるんじゃないの。」
http://blog.jimdavidson.org.uk/2016/12/greg-lake-2/

グレッグの葬儀は、現地時間で12月20日だったようです。家族と、ごく近しい友人のみで行われたようです。

偶然、出席された方のブログ?を見つけました。
>>[35]
そうそう、思い出しました。
確かキースが亡くなった時、グレッグのインタビューと一緒に、ジム・デビッドソンのインタビューも載ってましたね。確かSunday Expressのサイトだったでしょうか?
30年来のキースの友人で、確か葬儀ではキースのパートナーやカールと並んで弔辞を述べたと思いますが。
あのコメディアンのブログだったのですね。グレッグとも仲が良かったとは…

10代半ばの頃の、グレッグの年上の音楽仲間からのコメントがついていたのには、私もびっくりしました。

私は自叙伝は、海外のサイトからダウンロードする形で買うことに抵抗が
あって、本の形になるのを待っていたのでまだ読んでいません。Amazonに今年の9月に出版予定、とあったので楽しみにしていた所、グレッグ本人が亡くなってしまいました。
どんな内容になるのでしょうね。
グレッグのSunday Expressでの最後のインタビュー、昨日やっと全部訳し終えました。

それで思ったのですが、グレッグの悪評というのは、他のプログレ系ミュージシャンとグレッグとの、育ちの違いもあるかも知れないなあ、と…

グレッグは'13年のライブで「ラッキーマン」の前に、

「クリスマス(誕生日かも。ちょっと記憶が定かじゃないのですが)のプレゼントに僕はギターをねだったけど、最初は母に駄目だと言われた。家は貧しかったからね。でも当日目を覚ましたら、ギターがあったんだ!」

と話していて、ギターを買ったり習ったりするのも大変だったようですが、まだ戦後の混乱期から脱け出せない時期に幼少期や少年期を過ごしたキースは自叙伝で、

「子供の頃は、両親が共稼ぎでやっと親子3人暮らせる位貧しかった。なのに何故親は私にピアノを習わせたのだろう?」

と、貧しくても子供に楽器を習わせるような家で育ったことを書いています。

またグレッグは、10代の下積み時代には実家を頼れなかったようで、

「僕は本当に飢えたことかあった。」

とELP初期のインタビューで語っていましたが、同じ時期にカールは、

「親父は僕がプロのドラマーになると言ったら、
『お前の取り柄はそれだけだから、一人前になるまで面倒は見るよ』
と言ってくれました。」

と語っていた覚えがあります。

そう言えば、下積み時代グレッグは駅のトイレ掃除をしていたと、よくからかい半分に言われてましたっけ。

イギリスのプログレ系ミュージシャンは、中流の上あたりの家出身が多いようですが、グレッグは労働者階級だったという記事もあるようです。

若い頃のグレッグは、口の聞き方を知らない、というような事をよく言われていたようですが、案外そういう事情もあったのかも…。
また、幸か不幸か、グレッグは見た目は全然そうは見えないタイプでしたし。

>>[38]
あらためて、じ〜〜〜〜〜〜〜〜んと来ました涙
レイクさんが亡くなって一ヶ月が経ちました!
新聞を整理してて目に留まりました!

因みに朝日新聞です文書2
>>[41]
確か、エマーソンさんの時も日本の新聞記事に載っていたと記憶してます。
こうして日本の新聞記事で目にすると、エマーソンさんやレイクさんがもういないんだという淋しさをあらためて感じてしまいます。
グレッグの自伝、イギリスでは春に出版されるようですね。

http://www.hennemusic.com/2017/01/elp-greg-lake-memoir-due-this-spring.html?m=1

キース・エマーソンの死や、2014年に末期ガンと告知されてからの自分についても書かれているそうです。

日本で翻訳、出版する予定はあるのでしょうか?
"I have been Greg's manager and close friend since 1972,” explains Stewart Young. “In 2014 Greg was diagnosed with terminal cancer. He told me he was going to write his autobiography and it had to be in his own words. He had no regrets. In his wildest dreams he could never imagine having such a wonderful life; how extraordinary to have such a career in music — to do what you want, simply to expand, experiment!

スチュワート・ヤングはこう説明する。
「私は1972年から、グレッグのマネージャーで、親友だった。」
「2014年に、グレッグは末期ガンと診断された。
彼は私に、自叙伝を書こうとしていることを告げ、彼自身の言葉でなくては嫌だ、とも言った。
彼に後悔はなかった。
彼は若い頃の見果てぬ夢の中でさえ、こんなに素晴らしい人生を送るとは想像もしなかっただろう。
音楽でこれだけの成功を納めることが、いかに並外れたことか―自分のしたいことをする為に、無邪気に発展させ、実験することで!」


“To love a woman, be married to her for 43 years, have a daughter he would be so proud of and then to cap it all a grandson who is now four years old and became the centre of his life. He then said, with a twinkle in his eye, I truly am a Lucky Man."

「ひとりの女性を愛し、彼女と結婚して43年連れ添い、誇りに思う一人娘に恵まれ、その挙げ句に今4才になる男の子の孫が生まれて、彼の人生の中心を占めるようになった。
それで彼は言ってたよ。目をキラキラ輝かせて、
『正に俺はラッキーマンだ』
とね。」
私も「?」と思ったのですが、案外グレッグが加筆を希望したことが、こんな風に伝わりでもしたのでしょうか?

洋楽の翻訳は、実はコネが総てで実力は二の次の世界らしいので、もし日本で翻訳発売されるとしても、いささか心配ではあります。

もし私が翻訳しようとしたら、多分3ページかそこらで音をあげるかと…
グレッグは、何故か英語独特の言い回しを多用する人のようなので。
>>[48]
そう言えばキースの自叙伝の翻訳版では、グレッグは粗暴な話し方をするように訳されてましたっけ…。

私は英語は趣味でやってるだけなんで、実は訳すのにはかなり時間がいるんですよね。

今回、グレッグが亡くなって初めて、実はいい人だったと分かったような所があって、しかも洋楽雑誌が壊滅状態の日本では、それすら紹介される様子がないのが悲しくて、過疎化しているmixiで訳しまくってますが…

思えば、グレッグを擁護しようと思ったら、
「実はキースが病気で…」
という話をしなければならないので、出来ないような事情もあったでしょうね。

“The memoir not only charts the highs and lows of a career in rock music but also reflects on the death of Keith Emerson last year and living with terminal cancer and the end of life. I think Greg can best be summed up by his now-famous line: 'Material wealth is a very fleeting pleasure … when you can buy anything you want and do anything you want, you soon discover that you actually don't want any of it.'"

「この自叙伝には、ロックミュージックの中での浮き沈みの縮図だけではなく、キース・エマーソンの死や、末期ガンと共に生きる晩年についても反映されている。私は、グレッグに関しては、今では有名になった彼の言葉で総括出来ると思う。
『物質的な富は本当に一時の快楽に過ぎない…欲しい物は何でも買えて、したいことは何でも出来るようになると、すぐに気付くことになる。本当はこんなものは欲しくも何ともなかったのだと』。」

これはグレッグの自叙伝を出版する会社の重役の言葉ですが、イギリス、アメリカでのグレッグのイメージは、こんな風なんですね。
日本では、初来日時の、若気の至り全開の頃のイメージが強いですが。

思えば日本の洋楽ジャーナリストに、50過ぎの大物ミュージシャンにインタビューをして、人生観を語らせることが出来るような人、いるんでしょうか?

…このあたりが、洋楽雑誌衰退の原因になってたりして。
https://www.amazon.co.uk/Lucky-Man-Greg-Lake/dp/1472126483

アマゾンで6/22にDr. Lakeの自叙伝『ラッキーマン』が発売になりますね。
いつ出版されるかちょっと気になっていたんですが、これを読めば、Dr. Lakeの音楽やELPや彼の哲学などがわかりますね。彼のものの見方に興味ありますね。
https://www.youtube.com/watch?v=9pTG9cW9icI&feature=em-uploademail

Dr,Lakeの自叙伝をお買い求めになりましたか。
>>[52]
発売日に注文しましたが、活字の方を選んだので、手元に届くのは今月後半になるようです。
電子書籍を入手した方のブログに、丁寧に書き上げられた読みやすい内容と紹介されてましたので、楽しみにしています。
日曜日の朝、紅茶を飲みながらLucy Manを読み終えた。

Lucky Man を読んでの感想なんてものは書けないが、彼は私に強烈な言葉をたくさん残してくれた。その一つを書き込みたい。

私的で永遠の課題だが、自分が死を宣告された時、どう受け止められるか、そして、どう残りの人生を生きるか、これを私の精神修行として長く続けている。私はキリスト教で死はいっときの「眠り」で、恐れる事はないと理解しているが、死を宣告された時、グレッグのように受け止められるかどうか。

彼は、末期のすい臓がんで転移もしているので手術は無理と言われたとき、死に対する恐れはなかったと。また、その恐れがあるとは思っていなかったと。その理由として、彼は、自然の力を信じていて死は生の一部だと。そして、葉が散っても誰も泣かない。だって、春になるとまた新しい葉が生えるからと。『Death is Life』の概念(展覧会の絵の最後の言葉だ。)。Stewart Young のEulogy(賛辞)の最後の締めくくりが And Gabriel rode round and round and round …..となっているが、グレッグが去年のクリスマスにガブリエル(グレッグの孫)にプレゼントした自転車にガブリエルが乗って、まわっていると終えているが、自然の輪廻をそのまま受け止めているグレッグの哲学がここに現れている。

今日11時からジョンという末期癌でなくなったキリスト教の信者の葬式(メモリアルサービス)があった。牧師は彼の生きた一生を祝福した。そして、この人の一生がグレッグの一生とかさなり自然にグレッグに感謝の気持ちが生まれた。

DR. Lake の人生を心から讃える。ありがとう、音楽を通じて彼の生きる哲学を教えてくれて。どんなに私の人生に役立っているでしょう。
それに、この自叙伝を購入してくれた図書館にも感謝します。
グレッグには、自伝でキースの訃報について書いてくれたことにも、感謝したいと思います。

私はキースの自殺の理由とされる、右手のフォーカルジストニアについては、キースは20年も闘い続けていたのに何故今更?という気持ちがあり、また、ネットで酷評されたことを気に病んで、という話には、評論家にこき下ろされながら第一線でやってきた彼が、そんなに弱いわけがない、と思っていたのですが、この本を読んで納得がいきました。

キースの自伝で、彼は戦中戦後に子供時代を過ごした為に家は貧しく、母親は殆ど寝ずに働いていたようなことが書いてありましたが、当時キースは近所の子と遊ぶことを禁じられて、窓の外で子供たちが遊んでいるのを見ながら、子供部屋に監禁されたような育ち方をして、その淋しさが60過ぎても忘れられないようなトラウマだった、というようなことを、キースはグレッグに話したそうです。
そして、その淋しさを紛らわす為、想像の世界に引きこもったことが、後のミュージシャンとしてのインスピレーションやイマジネーションの源だったと…。

色々な記述から見ると、キースは鬱病ではなく躁鬱病で、しかもきちんと治療を受けなかったようですが、そうすると、自殺に走り易くなるようですね。
そんな状態で夜中に一人家に残されて、発作的に頭をピストルで打ってしまったのでしょう。

本当に、グレッグがステートメントで語った通り、キースの人生が、こういう終わり方をするように続いていたと認めるのは、胸の痛むことですが。

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