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2020年06月12日20:14

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八木ちゃんを忘れないように随筆にしてみた

人は必ず死ぬ。僕の親友が死んだ。彼を忘れないために少し彼について考える。そのことがきっと自分の今の生の意義に繋がるのかも。
亡くなったのは大八木秀和氏。2020年6月4日の午前7時らしい。大阪住友病院に入院中だった。主な原因疾患は脳原発性の癌。
彼に出会ったのは大阪薬科大学在籍中だった。初めの頃はクラスのメンバーとはあまりなじみも無く彼もその一人だったが、大学生は試験前に良く資料を交換したりするので、彼が下宿していた部屋に出入りしてから仲良くなった気がする。俺は3回生の時に留年して彼は先に卒業した。
卒業しても正社員にならず医学部に入りなおすべく受験勉強をしていた。多分其のころに勉強方法に自信が付いてきたのだろう、俺の国家試験の取り組みに業を煮やして我が家に泊まり込んでやり方を教えてくれた。結果国家試験に一発合格できた。其の頃から大の親友関係になったと思う。
社会人なった俺は岡山に赴任した。彼は平成2年から平成8年の間6年間受験し続けた。そして念願だった医学部に合格した。大学は岡山の対岸の香川県だった。医学部生の間は薬剤師の免許を使って生活費と学費を稼いでいた。晴れて平成14年に医師免許を習得してからは非常に忙しい毎日だっただろう。研修医を終えたあたりから執筆活動が始まった様に思う。その行動が色んな人の目に留まり学会関係も多忙にこなしていた。そんなある日通勤中に電車の中で意識を失って倒れたらしい。それでも精密検査を行わずに多忙な日々を送っていたが、どうしても吐き気が止まらずに脳のCTを取った。脳腫瘍が7つあったと本人より連絡がきた。あれは2018年の5月6日だった。もうあかんとメールでの連絡。全く分けが分からないので5月8日は午後の休みを使って新幹線に飛び乗り、大阪の福島にあるJCHO病院に見舞いに行った。受付の看護師からは本人は辛そうだからとやんわり断れたが、岡山から駆けつけてすごすご帰るわけもなく、本人が連絡してきたので会わせてくれと頼んだ。病室に入ると真っ暗な部屋で嘔吐している彼を見た。その時は号泣するしかなかった。かなりの深刻な状況が肌で感じられた。
それから2年であっという間にこの世から消えてしまった。

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