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2018年09月21日07:38

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ラスタとして生きるー22 ジャー・ヒロ

「大麻と生きる人々」

 1983〜95の原宿トレンチタウンの時代に初めてそのような人々と出会う。店を始めてすぐに現れた男、もうどういう奴だったかも忘れてしまったが、覚えているのは、店にくると隅の床に座り込んで、じっと動かない。ただそれだけだが、とにかく気持ち悪かった。多分ハッパでハマッテいたのだろう。その頃はそういう知識もなかったから、83年暮れにジャマイカに行った時、首都、キングストンの路上で目を開けたままひっくり返っていた男のことを、レゲエ・ベーシストのクーボに「気味が悪かった」と言ったら、「俺はその男になりたいよ」と言われて驚いた。彼に言わせると、とても気持ちの良い状態らしい。そんなことも知らなかった僕だから、店を始めて周りじゅう大麻愛好家ばかりになってしまい、面食らうことも多かった。そうそう、店に小包が届いて、開けてみると、乾燥大麻がびっしり入っていた。(誰だ?こんなもの送ったのは)と憤慨。当時もひんぱんに事件があったから、もしこの場に警官でもいれば、僕がとばっちりを受ける。ずいぶん後になって、知らない男が「手作りの草があまりに出来が良かったから、ついトレンチに送ったんだ」と告白。「勘弁してよ!もうこんなことしないでくれ!」ときつく言った。

 1985年に長野で大きなレゲエ・コンサートを現地の人と共同主催して以来、毎年イベントに関わっていたから、日本人レゲエ・ミュージシャンとの交際も深かった。彼等の多くが「大麻な人々」で、ライブの楽屋に行くと、大麻の大きな塊がでんとテーブルの上に置いてあったり、また知人の話では、楽屋で参加者が自慢の大麻を持ち寄って、お互いの草を吸っては、品評会をしていたらしい。店をやっていた13年間、毎年誰かが捕まっていた。それもちょっと抜けた感じで。長野のイベントを共同主催した(博打好きの)Nさんのペンションが「賭博容疑」で警察の手入れ受けた際、運悪くスパスパ大麻を吸っていたTが逮捕されたと聞き、(なんて運が悪い奴「」と同情した。忘れ物から足が着く奴も多かった。(今では死語に近くなった)電話ボックスに荷物を置き忘れ、その中に大麻と身元が分かる物が入っていたというケースも何件もあった。大麻を吸い続けて、「物忘れがひどくなった」という場合が多いとも感じる。皆さんも気をつけましょう!そうそう、店で買ったボブ・マーリイのラスタカラー・ジャンパーのコピーを着て、意気揚々と横須賀のジャパン・スプラッシュに参加して盛り上がる。しかし帰りの電車の網棚にジャンパーを置き忘れ、ポケットに大麻があるから、取りに行けない、という馬鹿な話もあった。可笑しいよね。

 僕自身は結局身体が大麻に馴染めず、みんなも「ヒロさんは吸わない」と理解してくれた。酒には自信があるが、大麻ではバッド・トリップすることが多く、次第に吸わなくなったのだ。だいたい、「大麻の戦士」とも言うべき兵(つわもの)達の多くが、中学時代から吸っていて、その効用を知り尽くし、自分でコントロール出来る境地に達していた。要するに年季が必要ということ。そういう無数の兵達の中で、僕が(奴らはすごい!)と感心もしたし、なるべく敬遠した連中がいる。彼等との出会いは85年の長野、北志賀での「ジャパン・レゲエ・フェスティバル」だった。全員長髪で異様な風体の彼等が「飛び入りライブさせろ」とやってきた。当時はレゲエとしては正直、下手だったけど、存在感は飛びぬけていた。彼等こそいつも胸に大麻を抱いて、日本中を放浪する特別の人間達。数年前にその中の一人に会ったら、「68キロの大麻を持ってて捕まった。ハハハ!」と言っていた。その前の記録を作った奴も知人だった。その男、クルスは何度も逮捕され、短命だった「札幌トレンチタウン」でライブをやった後、沖縄に帰ったが、彼の知人から電話があり、「沖縄に帰った直後に消息が途絶えた。どうも捕まったらしい」と言う。彼のライブは映像で記録した。その中で、その前に入っていた刑務所生活についても聞いた僕は「大麻なんかで捕まるってことに、腹が立たないの?」と聞くと、「法律がそうなっているから」と達観しているように言っていた。自分勝手で自己主張が強く、多くの人々から嫌われている男だが、「自由が無くて辛い」と言っていた刑務所にまた戻るのかと同情した。もしかすると、彼こそ、日本人ラスタとして大麻戦線の最前線で戦っている勇士ではないだろうか?とも感じるのだった。

 店をやっていた頃、ラスタを志す人は多かったが、結局そのほとんどが途中で挫折して消えていった。立派なドレッドを切り落として、一般社会に戻って行った。その多くが「若気の至り」として、二度と戻ってこなかった。それでも、僕の言う、特別な人間達はライフ・スタイルを変えることなく、今でも大麻と共に生きている。今年の夏のアイヌ一万年祭でそんな男達と再会。まるでジャマイカのラスタ・コミューンにいるように、チャリスを吸っている彼等に嬉しくなった。太く長いドレッド・ロックスとチャリスの煙、そして「ジャー・ラスタファーライ!」の声。結局が彼等がラスタファリの守り手として、日本の僻地で神聖なバイブレーションを送り続けていくのだろう。


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