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2017年03月23日21:33

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 【質問】 東欧にとっては「ソ連による平和」にも効用はあったのですか?(下書き)

 【質問 kérdés】
 以下引用文にあるように,東欧にとっては「ソ連による平和」にも効用はあったのですか?

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 東欧諸国って,戦前には国境紛争も絶えず,戦後最初にやったことも国内外国人・異民族の排除だった.
 ドイツ人(14世紀以来混住)どころか,自国にとって異民族となるポーランド人やチェコ人,マジャール人を相互に追放するカオスだった.
 それを安定させたという意味で,実態は武力の威圧,経済的収奪を伴う「ソビエトのくびき」だったわけだけれども.「ソ連による平和」にもある種の効用はあったわけだ.

文谷数重「隅田金属日誌」,2010.8.2
http://schmidametallborsig.blog130.fc2.com/blog-entry-56.html
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 【回答 válasz】
 「平和」の定義次第になります.
 この言葉には客観定義が存在しませんので,好き勝手にこの言葉を使う人も出てきます.
「ターリバーン時代のアフガーンは,犯罪も少なく平和だった」
だの,
「ポル・ポト時代のカンボジアはアジア的優しさに満ちている」
だの,
「北朝鮮は地上の楽園」
だのといったプロパガンダ・トークと同じで,いかにその主張が胡散臭くとも,客観的証拠をもって否定するのは案外難しいものです.

 そこで,冷戦時代の東欧との比較対象として,実際に「ソ連による平和」が無くなった現代東欧と当時とを比べてみましょう.

 確かに,冷戦時代に比べ,民族間の緊張は高まっているように見えます.
 たとえば,東欧各国でロマ憎悪や反ユダヤ主義が甦り,ブルガリア人ではムスリム「ポマク」への襲撃も起こり,チェコとスロヴァキアは分離してしまいました.
 しかしこれらは,冷戦時代には解消されていた問題だったのではなく,単に強権を以って表面上「問題などない」ことにしていただけです.
 例えば冷戦時代のポーランドでは反シオニスト・キャンペーンが行われましたし,ブルガリアのジフコフはムスリムに対し,強制的な同化政策を採っておりました.

 少なくとも冷戦後,かつて旧ソ連圏にあった東欧地域では,民族間の緊張またはそれ以外を理由とする武力紛争が起きてはおりませんが,冷戦時代には少なくとも2度の武力紛争が起きています.
 ハンガリー1956年革命(ハンガリー動乱)とチェコ事件です.
 ハンガリー革命では死者2700人,他に20万人が難民となって国外に逃れています.
 また,ポズナン事件でもソ連軍は軍事介入直前だったと言われています.

 加えて東欧各国では,政治的な理由による大量の逮捕・処刑・獄死者が発生しています.
 ハンガリーでは10人に一人以上の割合で逮捕者が出たほどです.

 こうした状態を「平和」と強弁するのは無理があります.

 冷戦後に起きた例外的な武力紛争としては,ユーゴ内戦やモルドヴァ内戦があります
(ウクライナ内戦は事実上,ロシアによる侵略なので,ここでは考察の対象外とします)
が,ユーゴスラヴィアは冷戦時代,ソ連圏内にはありませんでした.
 また,冷戦時代にはモルドヴァはルーマニアの領土であり,そのルーマニアはソ連圏の中にあっては最もソ連との距離を置いている国でした.
 …おやおや,文谷の主張とは真逆ではありませんか.

 控え目に申しましても,2010年にもなって
>「ソ連による平和」にもある種の効用はあった
などと書いているのは,あまりにもモノを知らないように思われます.

 【参考ページ】
ジョゼフ・ロスチャイルド『現代東欧史』(共同通信社,1999)



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