実際の話、去年一年は……いや、一昨年の夏から今年の初めまでは悪戦苦闘を超えて危険水準にまで達していた。
我が右腕と恃む職人さん、ずっと腰痛に苦しんでいた。そう、腰痛だと思い込んでしまっていた。我ら鉄工職人の職業病として、腰痛だと信じて疑わなかった。当然整形外科にも通っていた。地元の全ての整形外科、さらには総合病院にも行っていた。しかし原因は分からず。
彼はどこから聞いたか「がんセンター」に行った。そこで腰痛の原因が分かった知り合いがいたらしい。そして我々は知った。「肺がんからの転移による脊椎腫瘍」すなわち肺がんステージ4だ。
彼の闘病の間、給料を払い続けた。痩せても枯れても未熟でも、私にもプライドがある、責任がある。彼を、そして彼の家族を守りたい。また戻ってきてくれるのを信じて、彼にしかできない仕事を休日にやって頑張った。
そして彼は逝ってしまった。幼き娘を残して。
吹けば飛ぶようないと小さき零細企業の経営者の苦悩、誰が知る。
求人に応えてくれた人を育てて、技能講習なんか給料払って講習料金払って育てて、入社当初は私の時間を割いて教育して、そうして育った最高傑作。初めて私の能力を凌ぐまでに育った、初めて私の背中を押してくれるほどに育った、二人だけで工事した数々のハードな現場作業の思い出。
ただひたすらに申し訳なかった。何が健康マニアだ、何の役にも立たなかった我が健康知識。救えなかった悔しさ。
そして私は自信を失った。未来に希望を持てなくなっていた。また育ててもいつ無駄になるかわからない。私には経営者は無理だったんじゃないだろうか。
必死に働いてきたはずなのに、一千万円の赤字となり、私自身が高血圧を発症してしまった。
そんな日々、家族がはまっているアニメを観ていた。
「失っても失っても生きていくしかないんです。どんなに打ちのめされようと」
「 失ったものばかり数えるな. ないものはない. お前にまだ残っておるものはなんじゃ?」
不覚にも、流行のアニメで涙が出てきた。
さあ今日も、マーラー交響曲第六番をBGMに遅くまで残業だ。
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