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2022年02月02日01:02

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2021年映画ベストテン【ワースト&まとめ編】

すっかり遅くなりました。
2021年度映画ベストテンのいよいよ最後、ワースト映画の発表です。
以下、順位関係なしで。

●『ヤクザと家族 The family』(藤井通人監督)
 藤井通人監督は2020年の日本アカデミー賞で『新聞記者』が作品賞に選ばれ、何か社会派の立派な監督のように言われているが(先日も『A-Studio』を見ていたら鶴瓶が絶賛していた)、私はずっとニセ者だと思っている。本作も一部で評判がよかったけど、実際見てみたら、やはり過大評価だと思った。というのは、この人の社会派はいつもリアリティがないのだ。確かにテーマは立派である。出所してきたヤクザが人権を奪われ、一家が離散し、最後は人知れず死ぬ。それを見て、法律のあり方に憤ったり、主人公の死に涙したりするのだろうけど、そこに至る過程が嘘くさかったらドラマが安くなると思うのだ。例えばネットで顔をさらしただけで仕事を失い、家庭が崩壊するくだりなどはかなり紋切り型な展開で、いくらなんでも…と思ってしまう。リアリティより作り手の作為の方が優先されている。これでは本末転倒ではないか。/また綾野剛が出所してからのエピソードは、東海テレビのドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』(2016)を見ていたら、すぐにそこからの引き写しであることがわかる。まるまるそっくりな場面すらある。同じテーマを扱った西川美和監督『すばらしき世界』には独自の視点や新しい情報があるのでちゃんと取材をしているのが感じられるが、この『ヤクザと家族』は『ヤクザと憲法』を見た程度で、それ以外に独自の取材をしている形跡がない。藤井監督は付け焼刃でこの映画を作ったとしか思えないのである。

●『竜とそばかすの姫』(細田守監督)
 まずヒロインすずが最後、コーラス隊の大人たちや気にかけてくれる忍くんもいるのに誰も付き添わず一人で東京へ行く展開が不自然である、という指摘はできるが、それは作劇的に彼女一人で解決させようという意図が感じられるので、まぁ、許そう。私がここで問題にしたいのはもっとこの作品の根源的な部分である。それはタイトルになっている「そばかす」である。この「そばかす」とは明らかにヒロインの容姿コンプレックスのことを指している。実写映画の世界では、「ブサイクなヒロイン」という設定でも、アイドルや女優が演っていてぜんぜんブサイクじゃないということがままあったりするが、好きなように作画できるはずの本作も同じ轍を踏んでいる。すずはそばかすこそあるけれど、学校一の美人という瑠果と比べてもなんら美貌的に劣ることがなく、スタイルも美しく描かれている。設定的にはネット世界で美しいベルに変身するというギャップがないといけないと思うのだが(だからこそ、クライマックスで本体を晒すことに意味があるのだが)、そうはなっていない。すずだけでなく、そのオタク友達のヒロちゃんも…いや、学校中を見回してもみんな六等身の美形ばかりだ。思えば細田アニメは『おおかみこども〜』にしろ、『バケモノの子』(の現実世界)にしろ、そのリアルさが評価された面もあるのに、明らかに後退である。ブサイクなヒロインなんて誰が見たい、という話なのかもしれないが、どう考えても話の根幹となる部分なので、そこをスルーしてはいけないのではないかと思うのだ。偶然ながら昨年公開されたアニメ作品にはすずと同じように劣る容姿にコンプレックスを持つ女性が描かれていた。『サイダーのように言葉が湧き上がる』(イシグロキョウヘイ監督)では出っ歯を気にしてずっとそれをマスクで隠しているヒロインが登場した。『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』(高橋渉監督)では普段は美人なのに本気で走るとヘン顔になることを気にして走ることをやめた陸上部の女子高生が登場した。そしてどちらの作品とも「ブサイクなヒロインなんて誰が見たいんだ」と逃げることはしなかった。マスクをするというのも一つのアイデアであるし、後者はコメディということもあるが思いっきりヘン顔に歪ませ、私を大いに泣き笑いさせた。他にも『漁港の肉子ちゃん』(渡辺歩監督)にも顔面の筋肉の病気で、ときどき顔が崩れる男の子が登場した。これなどはアニメならではのデフォルメ作画でそれを表現し、美男美女の退屈な初恋話になることを見事に回避していた。そう考えると本作のすずも「そばかす」という記号以外で何か一工夫必要だったのではないかと思うのだ。そこに細田守監督の驕りと怠慢が見受けられる。

●『キネマの神様』(山田洋次監督)
 これは単純に山田洋次監督の最良の作品、例えば『馬鹿まるだし』や『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』のような作品と比較して、本作がそれらと並ぶ出来栄えかどうか、ということである。日本アカデミー賞は長年の功績も踏まえて選出したのかもしれないが、その辺はどうお考えか? いくら巨匠であっても、つまらない作品を優秀な作品としてノミネートさせるのはかえって失礼ではないのか。山田はクリント・イーストウッドより一つ若い90歳だけど、この『キネマの神様』の醜悪なノスタルジー&能天気なファンタジーには山田の老いを感じた。劇中に登場するテアトル銀幕、今どき、あの規模の映画館で何人も従業員をかかえて経営しているところなんてあるのだろうか。タナダユキの『浜の朝日の嘘つきどもと』を見ればすぐにそれはわかる。ゴウの書いた幻のシナリオは『カイロの紫のバラ』そっくりだし、スクリーンから北川景子(=原節子)が出てくるラストには天国の小津安二郎も呆れかえっただろう。やっぱりこの人、小津が嫌いなんじゃないのかなぁ。

 他にも『哀愁しんでれら』とか『わたしの叔父さん』とか『ブレイブ 群青戦記』とか単につまらない作品は何本か挙げられるが、異議申し立てや問題提起性を重視して、この3本だけにしておく。

■総括+今後
 年末から新年にかけて、シネリーブル梅田の「角川映画祭」に見逃し作品を見るため三度ほど足を運んだ。角川映画が発足した当初は本屋の息子が金に物言わして映画界に殴り込んだと言われ、決して歓迎されたわけではなかったらしいが、今見てみるとその作品には出来不出来はあるものの、映画の匂いはちゃんとする。当初は監督や俳優の起用に大手映画会社出身のベテランに頼っていたが、そのうち新進気鋭の若手監督や、自前の新人アイドル俳優を使って、育てていった。当時の既成の映画会社がそこまでできていたかどうかは怪しい。振り返って、今の日本映画界が実質TV局に牛耳られ、片や素人まがいのインディーズ映画が少ないパイを奪い合っている現状を見ると、当時の角川映画のやったことは日本映画の延命だったのではないかと思えてくる。その角川映画(ここでは角川春樹製作作品=1993年の『REX恐竜物語』までを指す)も消滅してしまった今、映画監督といえるような存在も、スター俳優・アイドル女優も、いくら見回してももういない。ちゃんと映画の匂いのする映画なんてものももちろんない。多くがTVドラマの延長にしか見えない。
 そんな風に日本映画がどんどんTVドラマ化していく中で、映画を見せる場所である映画館の方も、どんどん力を落としている。特に昨年は一昨年にひき続き新型コロナウイルスの影響により、座席やレイトショーの制限を受けたり、また休業を余儀なくされた期間もあった。そこへ追い打ちするかのように、ディズニープラスなどのサブスク会社が、映画館で公開を待てずに、配信の方を優先するという事態も起こった。一部『シン・エヴァンゲリオン劇場版』などのヒット作はあったものの、まだまだ完全回復というところまではいっていないのが今の映画館の現状である。
 そのために興行関係者がとった措置が、レイトショーの1300円から1400円の値上げ、そして割引デーの統一化であった。TOHOシネマズは昨年7月より、毎月14日の割引デー、レディースデーを廃止し、水曜日のみを割引デーとした。TOHOシネマズに続いて、さらに他社のシネコン(MOVIXやなんばパークス、Tジョイのブルク)も追随するかのように一斉に同じ水曜日を割引デーにしてしまった(イオン系は月曜日)。それで何が困るかというと、例えば勤め人の映画ファンが週に2本、会社帰りに見たい映画があったとすると、火曜日の安いところと水曜日の安いところの2回足を運べばよかったわけだが、これが水曜日のみに統一されると一本は安く見られても、もう一本はどうしても非割引デーに見に行かなければならなくなる(ふつう翌日も仕事なので平日は一本しか見れない)。これは映画ファンの弱みにつけ込んだ実質上の値上げといえる。
 映画ファンなら映画館を支えるのは当然だろう。日ごろお世話になっているのだから、こういうときこそ援助してあげたって罰は当たらないヨ、という声もあるかもしれない。正直言って、今の映画館の興行形態が映画ファンにとってサービス満点の大満足だったかというと、そんなことは決してなかった。いつもの繰り言になるがスクリーンサイズをマスクでフチ取りしない手抜き上映、ベルトコンベアのように流し込まれる供給過剰な作品群、公開一週目が過ぎるとヒット作以外は見にくい朝と夜の時間帯に追いやられ、知らない間に打ち切られてしまう上映形態、3Dやら4DXやら本来の映画鑑賞とは無関係の上映サービスに力を入れるとか…ロクなものではなかった。そういえば最近大阪ステーションシネマで、持ち帰り用ポップコーンを買うと安くなってお得!という内容のCMを見たが、なんで映画館でポップコーンを買って帰らにゃならんの? かつて私の友人が皮肉を込めて言った「シネコンは映画館ではなく、ポップコーン屋だと思っている」というのを地で行く話で苦笑してしまった。
 そのうえ先にも書いたように、映画そのものも映画から離れたテレビ寄りになって、その魅力はどんどん失われている。これでは嫌が上にも映画館から足が遠のいてしまう。そのうち映画がサブスクに取って代わられ、ネット配信で見るのが当たり前になる日もそう遠くはないように思える。

 最後のシメとしてここに表明しておく。
 今年は映画へ行く回数を減らそうと思う。上に書いたような映画と映画館がすでに魅力的なものでなくなっていることに加えて、自分的にも「今年こそは」というやりたいことが出来たので、映画に構っていられなくなったのである。もちろんどうしても見たい作品は見るが、その選別を厳しくしようと思う。もっとも2/1現在の時点ですでに14本見ているのは内緒だが…(笑)。そういうわけで、来年のこのベストテン発表はどうなっているかわかりませんがひとまず、さようならです。
ここまで長文にお付き合いくださった素敵な貴方にありがとう!


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