mixiユーザー(id:9504635)

2021年06月23日10:59

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担任の先生は大変だろうなぁ〜

育てている草花の種類が少しずつ増えてきて、今、自分の適当な性格&記憶力の悪さに若干ゲンナリしている。

世話する草花が一つ、せいぜいニ、三種類の時は、特別に意識しなくても、しっかりとその子たちのことを見ていられる。ああ水分が足りないんだなとか、鉢が窮屈そうだぞとか、注意深くなくても何となく分かるものだ。けれど、鉢の数が増えてくると、どの子に何をしてやればいいのか、頭の中でごちゃごちゃになって・・・あげく「まっ、なんとかなるでしょ、テキトーでいいや」って気分になっちゃう。

基本、やらなければならないことは多くない。どの子にも、必要なことは同じだ・・・水やりと施肥、あとはまあ温度管理と日当たりを気にすることくらい。けれど、そのタイミングがそれぞれに違っている。この子は肥料をやりすぎるとダメだったっけ・・・この子は水が大好き、でも根腐れには注意だったはず、ん〜・・・いちいちガーデニング日記で確認しなくちゃならなくなって、それをまた、このわたしは面倒だと思ってしまう・・・

つくづく、動物であれ植物であれ、何かのお世話をするってことは、相手を知った上で相手をよく観察することが必要なんだなって思う。

で・・・そう思えば、学校のクラスの担任の先生って大変だなぁ〜って、今更ながらに思った。やらなきゃいけないことって、どの子に対してもほぼほぼ同じだと思う。でも、そのタイミングは子どもそれぞれ。なのに、ガーデニングで苗や種を買った時とは違って説明書はついてきていないし、時には説明書代わりになってくれるはずの保護者がむしろ厄介な存在になることもある。何十人もの子どもたちを知ろうとすること、そして注意深く見つめて、必要な時に必要な手を差し伸べること・・・いや〜、そんなこと、しろと言われても、わたしには無理だ。そもそも、そんなこと出来る人、いるんだろうか・・・いるかもしれないけど、教師という仕事を選んだ人全員にそれをもとめるのは、あまりにも酷だという気がする。

わたしは、何人もの素晴らしい先生に会えた。けど、わたしにとって素晴らしい先生だった人は、他の生徒にとっても素晴らしい先生だったかどうか分からない。人生で、一人でも素晴らしいと思える先生に出会えたら、それはとても幸せなことなのかもしれないなぁ〜・・・

まったく話は変わるけど、最近、わたしがよく見るようになった、NHKなどが得意とする教養番組というのは、カトリック教会のステンドグラスのようだと言ったこと、あったと思う。カトリック教会のステンドグラスは、ただの装飾ではなく、字が読めない人たちに、分かりやすく聖書の中の物語を伝えるためのものだと聞いたことがある。で・・・テレビ番組で簡単に知識を仕入れている今の私は、ちゃんと自分で書籍などを読んで調べず、分かりやすく嚙み砕いて説明してくれるテレビ番組を見て全てを知った気になっているなぁ〜って。

もちろん、ステンドグラスが作られた意図は悪くない、というか好いことだと思う。けど、わたしは字が読める、読めるのにステンドグラスに頼りっきりだ・・・それが情けないと思うのだ。

なんだろうなぁ〜・・・どんどんどんどん楽に流されているなぁ〜・・・それが分かっていても、そこから抜け出そうとしていないなぁ〜・・・と思う、今日この頃なのでした。
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