「ワクチン敗戦国」日本が絶望的に後れる惨状
接種で先行した国は著しく感染数が減っている
野口 悠紀雄 2021/05/02 10:00
昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第42回。
ワクチン接種が進展している国で、感染者数が劇的に減少している。
イスラエルでは、正常な生活が始まっている。イギリスも、感染者が大幅に減少し、夏頃の経済正常化を目指している。アメリカでは、集団免疫の獲得が可能という。国家の強権でなく、科学の力によってコロナを克服できる希望が見えてきた。
しかし、日本では、ワクチンの接種は遅々として進まない。高齢者にかぎっても、完了は来春との見方が示されている。
世界が正常化に向かう中で、日本が取り残される危険がある。
ワクチン接種が進む国で感染者が劇減
われわれはついこの間まで、つぎのように考えていた。
欧米では、新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。とくに、変異株によってその傾向が強まっている。それに対して日本では、理由ははっきりしないが、感染者の数は欧米諸国に比べて桁違いに少ない。不幸中の幸いだ。
しかし、この状況は、この数カ月間で一変してしまった。
日本ではいま感染爆発が始まっている。そして、これは、日本に限らず世界共通のことだと考えている人が、日本には多い。
しかし事実はまったく異なる。
ワクチン接種がスムーズに進んでいる国では、感染者数が劇的に減少しているのだ。
その典型が、イスラエル、イギリス、そしてアメリカだ。これらの国では、昨年12月からワクチンの接種が始まっている。
日本とイスラエルを対比すると、ワクチン接種状況の違いが、恐ろしいほど明確に表れている。
図表1には、新規感染者の推移を示す。昨年の秋ごろには、総数で見て、日本とイスラエルにあまり大きな違いがなかった。
(外部配信先では図表を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
イスラエルの人口(905万人)は日本の1割以下なので、人口当たりでみれば、イスラエルの感染状況は、日本の10倍以上だったことになる。
そして、11月から12月にかけては、日本もイスラエルもほぼ同じような傾向で増加した。
ところが、今年になってからの状況は、両国で著しく異なる。
日本では2月末から3月にかけて1000人を下回る水準まで低下したのだが、3月下旬から増加に転じ、急増している。いまのところ、減少の見通しがつかない状態だ。
それに対してイスラエルでは、1月末に1万人を超えたのをピークとして、その後は顕著に減少している。
4月20日ではわずか139人であり、ほぼコロナを克服した状態だ。これは、イスラエルではすでに全国民が接種を済ませていることによる。
イギリスでも、ワクチンによって感染者数が激減
図表2にみるように、イギリスの新規感染者は、昨年11月頃には3万人を突破した。当時の日本の20倍の水準だ。一時低下したが、変異株の広がりで今年1月初めには1日の感染者が日本の10倍程度で、7万人に迫っていた。
ところが、1月の初めから急激に減少している。
4月7日以降では日本を下回っている日が多い。
4月20日には、日本が4973人なのに対して、イギリスは2530人と、ほぼ半分の水準だ。きわめて大きな変化だ。
死者数も急減し、過去6カ月間で最少を記録している。
アメリカにおいても、ワクチン接種の効果は顕著だ。
今年1月初めには、1日当たり30万人近くの新規感染者が発生した(図表3参照)。
しかし、その後は急激に減少し、4月20日には5万人台となっている。
イスラエルやイギリスとは違って下げ止まりの傾向が見られるが、それでも著しい減少に変わりはない。
コロナ克服のためにワクチン接種こそが最も重要だと明確に意識し、万難を排してそれを実行した国と、政策の方向づけがはっきりしなかった国の違いが、いま明確な形で表れているのだ。
ワクチン接種がまるで進まない日本
英米やイスラエルで感染者数が激減し、日本でそうならない原因は、言うまでもなくワクチンの接種が進んだかどうかだ。
この数カ月間、イギリス、アメリカ、イスラエルでは、ワクチンの接種が顕著に進んだ。その反面で、日本は著しく遅れている。
人口100人当たりのワクチン接種回数を見ると、イスラエル119.5、イギリス63.5、アメリカ63.3だ。それに対して、日本はわずか1.6でしかない(NHKの資料による)。
日本のワクチン接種の状況が世界の趨勢に比べて大きく遅れていることは、最近ようやく認識され始めた。
しかし、そのことがコロナ感染状況に上述のように大きな影響を与えていることは、あまり知られていない。
回復しつつある世界の中で、日本が極めて深刻な状況に置かれているのだ。われわれは、このことを明確に認識しなければならない。
ワクチンの接種が最も進んでいるイスラエルでは、経済活動がすでに再開されている。
そして、それにもかかわらず、新規感染者の減少傾向は変わらない。また、変異ウイルスに対しても、ワクチンの効果があることが示された。
屋外でのマスク着用を義務づけた規制は、4月18日から解除された。イスラエルは、通常の生活に戻りつつある。
イギリスでは、1月5日から実施していた3度目のロックダウンを段階的に解除し始めた。
また、屋外での運動ができるようになり、4月には屋外に限って飲食店を再開した。
5月には、飲食店の屋内営業や映画館などの娯楽施設、ホテルを再開し、6月21日に通常の生活に戻すことを目標としている。
アメリカのバイデン大統領は、成人全員に行きわたる量のワクチンを5月末までに確保できるとの見通しを示した。ワクチン接種だけで夏までに集団免疫に到達する可能性がある。
ニューヨークは、ライブ・イベントの再開を許可する方向だ。ロサンゼルス近郊のディズニーランドとユニバーサル・スタジオは、4月から再開した。
アメリカ疾病対策センター(CDC)は、ワクチンを接種したアメリカ人には、国内外の旅行を許可する指針を出した。
権力でなく、科学の力でコロナを克服できる
中国は、世界に先駆けていち早くコロナの制圧に成功した。ただし、それは、大都市をあっという間に封鎖するなど、国家の権力によるものだ。中国は、共産党の強権でコロナを押さえ込んだのだ。
他方で、民主主義社会では、このような強権的対応策がとれない。都市のロックダウンも難しい。
こうして、コロナの感染が拡大した。その結果、民主主義体制ではコロナをコントロールできないのではないかとの深刻な懸念が生じた。
しかし、その状況がいま変わろうとしている。
人類は、科学の力でコロナに打ち克(か)とうとしているのだ。
では、日本ではどうか?
先に数字を示したように、ワクチン接種は、残念ながら、絶望的なほど遅れている。
高齢者のワクチン接種が始まったが、いつ予約できるのか不明だ。
一般市民には、16歳以上を対象にして5月末には開始したいというのが政府の方針だが、7月にずれこむ可能性が高くなっている。
それどころではない。自民党の下村政務調査会長は、4月19日に開かれた党の会合で、「残念ながら自治体によっては医療関係者の協力が足らず、65歳以上に限定しても、今年いっぱいか、場合によっては来年までかかるのではないか」と指摘した。
高齢者でも来年になるというのは、誠に由々しき事態だ。
日本は世界から取り残され、孤立する
今年の夏には、イギリスやEU、あるいはオーストラリアは、ワクチンパスポートを導入して、入国者に求める可能性がある。
そうなると、ワクチンの接種が遅れる日本人は、入国できないか、あるいは入国後一定期間の待機等が求められることになるだろう。
日本人の国際活動は大きく制約されることとなり、日本は世界的に孤立してしまう危険がある。
こうした事態に、日本政府はどう対処しようとしているのだろうか?
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