●『朝が来る』（河�鹹照�）
河�鶸篤弔虜酩覆蓮慄┐亮訖�』『火垂』『沙羅双樹』『殯の森』『あん』『光』と見てきたが、多くは個人映画に近いアート系作品という印象で正直苦手だった。転機だと思ったのは『あん』で、キャスティング的にも内容（原作あり）的にも商業映画に近く、私は「この人、こういう作品も撮れるのか」と少し驚いた。そしていつもより面白く見られた。今回も同様で、原作が先にあり、さらに有名俳優を使い、公開規模もはるかに大きくなった。結果はやはり面白かった。アート性の強い映画作家が商業映画を手掛けるとなぜか成功することがときどきある。もっとも個人映画的な河�鵐錙璽襯匹�好きな人はそうでないかもしれないけど。
内容がいいのはおそらく原作からだろうけど、そこに河�鶸篤墜汎辰離織奪舛�加わって、より映画を豊かなものにしていると思う。例えば養子縁組ベビーバトンの説明会の場面や、瀬戸内海のベビーバトン本部の近所の人をまじえての誕生日会の場面など河�鶸篤弔蕕靴ぅ疋�ュメンタリータッチが画面にリアリティを与えているし、郷里奈良の大自然の中で中学生時代のひかり（蒔田彩珠）が恋に落ちる様子は得意の逆光（太陽に手を向けるカットはこの監督の刻印か）や風などの繊細な表現で描き、いずれも内容とマッチしていて素晴らしかった。アップが多いのはちょっと気になったが、まあ許容範囲で、全体的にはよくできていると思った。
ただ、そういう評価とは別に、男性である私がこの映画を見て思ったことがあるので書いておく。
この映画を見ていて驚いたのは、永作と井浦演じる主人公夫婦の不妊の理由が、夫の無精子症だというくだり。映画の中の医師の説明では、尿道の途中で精子が止まっているから、そこを手術すれば妊娠できるかもしれないというものだった。そのため専門医のいる札幌まで夫婦は行こうとするのだが、天候不良で飛行機が飛ばず、養子をもらう方向に話が進む。確かに男にとって、男性器を切り開くというのは痛々しく、これ以上ないというくらいの相当な覚悟がいる。しかし、よくフェミニズム言説で言われるように、女性は出産で大変な痛みを被るのに、男は何の痛みもなく不公平なのだ。そのため、まさにこの映画のヒロインひかりに起きたことのように、男は都合が悪くなると逃げることができる。それならば、世の男性のすべては今後、赤ちゃんを作るとき、この映画の夫のように男性器を切り開く必要があるとすれば、少しは女性の出産の苦しみが理解できるのではないか（泣）。
『82年生まれ、キム・ジヨン』を見て以来、最近どの映画を見ても、社会で女性がどのように不遇な目にあわされているかを意識するようになった。この映画のひかりのたどった半生はまさに女であるが上に不幸を背負わされることを描いている。同様に『本気のしるし』『生きちゃった』を見ていてもそんな箇所があった。考えたら別に昔から、溝口にしろ増村にしろ、特に日本映画は、弱い女性の立場から描いた作品が多くあって、いちいち気にしていたら気軽に映画が見られなくなる。せいぜい男の立場からできることは、青木崇高演じる取り立てヤクザみたいに「バカだからだ！」（＝「賢く生きろよ」）と不器用に言うくらいである。
＜TOHOシネマズなんば 別館シアター12 Ｉ―３にて鑑賞＞
●『おらおらでひとりいぐも』（沖田修一）
『スパイの妻』で微妙な関係だった蒼井優と東出昌大が、こちらでは夫婦になっているのが面白い。どちらを先に撮影したのかはわからないが、きっと現場で二人も苦笑いしていたのではないか。いや、そんなことはどーでもいいんですが。
夫に先立たれ一人暮らしする75歳の桃子さん（田中裕子）は毎日平凡な日常を繰り返している。そこへ自分だけにしかみえない三人のイマジナリーフレンド（人格の一種？）が現れて…といった物語。
三人の人格を演じているのは、濱田岳、宮藤官九郎、青木崇高という異色のメンツで、彼らが桃子さんと同じ格好をしているのだからおっかしい。三人が桃子さんをまじえてにぎやかに東北弁を使って会話する様子が再三描かれ実に楽しい。さらには居間のふすまが開いて、そこから別の空間が広がっている幻想場面もある。とりわけ昔のナイトクラブみたいな空間になって桃子さんが死んだ亭主への愛と憎しみを歌うところは最高！ 田中裕子が本当に素晴らしい。
しかしそういう幻想場面の突拍子もなさ、にぎやかさと比べて、現実の日常生活を送る場面は照明を変えるなどして、寒々しく、味気なく描かれている。桃子さんが一日の大半を過ごす、居間のセットの作り込みがかなり細かく、ＴＶで流れている番組まで本物っぽく作っている凝りようでそのリアルさには暗澹たる気持ちになる。
このギャップはつまり、幻想の三人組が出てきて騒がしくすればするほど、逆に桃子さんの寂しさが際立ってくるわけで。これはズルい。笑えば笑うほど、泣ける構造になっているのだ。さらには桃子さんの回想場面もあって、そこでは田舎で見合い結婚させられそうになるのを逃げ出し、東京で「新しい現代女性」として生きる夢を持っていた過去が明らかになる。それが今はどうなのか。息子も娘も家に近寄らず、毎日意味があるのかないのかわからない薬を飲み、挙句の果てにオレオレ詐欺に引っかかって大金をだまし取られたこともある…。
イマジナリーフレンドには六角精児扮するダウナー系の人もいて、朝、枕もとで桃子さんに「どうせ起きたって何もいいことないんだから、寝てろ」とか囁く。墓参りを兼ねた（？）山登りで道に迷う場面や、大雪の中をマンモスと一緒にとぼとぼ歩く場面など、ときおり桃子さんは死ぬのではないか、という不安が顔を覗かせる。
桃子さんの行く病院や図書館、バス停にはいつもたくさんのお年寄りがいて、座る席をぎっしり埋め尽くしている。桃子さんと同じような境遇の人たちが他にもたくさんいて街にあふれているのでは、と考えると、思わず「日本の未来は…」と暗い気持ちになる。最後は孫の女の子が一人で桃子さんを訪ねてくるところで終わるのでハッピーエンドと言っていいが、一見平穏に暮らしているように見える老人も日常生活を過ごす中で、闇に掴まらないよう毎日闘っているのかもしれない、とこの映画を見て思った。
以上、なかなかいい映画だったとは思うのだが…ちょっと長すぎないかい？ 沖田監督は『横道世之介』のときもそうだったが、最初は面白いのだが、後半になるにつれて見ている方が息切れしてくるような感じがある。もし私がプロデューサーなら２時間以内に収めるようカットを要求するところだ（笑）。あとどうして桃子さんが有史以前に興味があるのかが語られないので、冒頭のアニメ場面など本当に必要だったのかと思ってしまう。そもそも自立したかったという桃子さんの本当にやりたかったこととは何だったのか。地質学者になりたかったとか？
＜あべのアポロシネマ スクリーン２ Ｍ−５にて鑑賞＞
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