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2019年07月23日09:41

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蟻の町の子供たち 北原怜子(きたはらさとこ)−72

聖母文庫 聖母の騎士社刊

 ストーブを取り囲んだ子供たちが空想の御馳走に満腹している間に、部屋の真ん中にパッと電灯がつきました。鶴木さんが、用意してきた電球を、天井から鎖で下っているランプ式のホヤにつけたのです。
「やあ、アラジンのランプもあるよ」
「ランプよ、ランプよ、出て来ておくれ、僕はお腹がペコペコだ」
「はい、アラジン様、これがお昼のお弁当でございます」
 鶴木さんが、リュックサックの中から、バスで押されてお煎餅のように、ペチャンコになったおむすびを取り出しました。子供たちは、歓声をあげて、それに飛びつきました。
「いけません、御飯よりもお掃除が先です。魔法のお城を自分たちの手できれいになさい」
 と私が叱りますと、いつもなら、プーとふくれる守男ちゃんたちも、今日ばかりはニコニコして、雨戸をあけたり、はたきをかけたり、はき掃除やふき掃除を心をこめてやりました。それがすむと、お待ちかねのアラジンのランプが持って来てくれた、日の丸弁当を楽しく頂き、次は、手拭いをぶら下げて坂の下の温泉に出かけました。ここは箱根土地会社が仙石原の別荘の人々のためにサービスしている共同浴場で、これもお伽噺に出て来るような洋風の美しい建物でした。一番すいている時間で、ほかに一人もお客はなく、お湯がガラスのようにすき透っていました。女湯は、私と、けい子ちゃんと、安子ちゃんだけで、いたって静かでしたが、男湯の方は、引率者の鶴木さんが先にたって大変な騒ぎです。水をかけ合う声、湯船に飛び込む音、泳ぐ音、「黒ちゃんが足をひぱった」「カッちゃんが手拭いを流しちゃった」と騒ぎたてる声が浴場内にこだましてひびきます。
「うるさいわよ、北原先生がおこってるから・・・」
 と安子ちゃんが壁ごしにおどかしても一向にききめがありません。すてておいたら一日中でもお風呂の中で遊んでいたそうな様子です。
「いつまでも騒いでいる人は金時山に連れて行きませんよ」
 私は、とうとうしびれをきらせて、どなりました。その一声で、男の子はピタリと騒ぎをやめて、全員があっという間に体をふいて上がって来ました。よっぽど、楽しみにしていたのでしょう。その足で、別荘にも寄らず、手拭いを下げたままで、金時山に登り始めました。

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