聖母文庫 聖母の騎士社刊
その中でも、私は久ちゃんという一番年上の子と特に仲よくなりました。その頃、久ちゃんは、よくお父さんや、お母さんに対する不平不満を、私に訴えることがありました。自分だけ働かせるとか、弟ばかり可愛がって、自分のことは可愛がってくれないとか、その時の寂しそうな顔を見るたびに、本当にいじらしくてたまりませんでした。
私は久ちゃんのいいお姉さんになってあげようと努めました。
「久ちゃん、あなたもここへ来て、みんなと一緒に遊ばない?」
珍しく久ちゃんが、「蟻の街」の広場でひなたぼっこをしているのを見かけたので、私は呼びかけました。
「いやだい、そんな小さな子供たちと遊戯なんかしたって、つまんないもの」
仕事の都合で早帰りをして来ていた久ちゃんは、大好きな海戦遊戯に入りたくて仕方がない癖に、わざと大人ぶった態度でせせら笑って、すねて見せました。
「じゃ、久ちゃんは、何が好きなの」
「そうだなあ、僕の好きなのは、空手か、柔道だな」
私を女と見くびって意地悪を言っているのです。
「柔道なら先生も大好きだわ。女学生時代に講道館に通ったんだから」
「えっ、先生、それほんとう?」
久ちゃんは、目を丸くしてびっくりしました。
「ほんとうですとも、あの頃は戦争の最中だったし、先生の学校は、とてもきびしかったんだから」
「じゃ、やってみようか」
「いいわ、とって投げてあげるから」
「よし、じゃ、行くぞ」
久ちゃんは、半信半疑でかかって来ました。手の使い方位は聞き憶えていたので、コロリコロリところがしてやりました。
「うわあ、先生は強いんだなあ」
他の子供たちまでが、周囲に集まって来て拍手喝采をしました。
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