【創作まとめ】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1954402789&owner_id=6086567
【前回】
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1970886239&owner_id=6086567
seen31
キャシーが入出国リストを精査している間、ブックマン達は一度会社に戻ることにした。
これまでの調査で解った情報を纏めるためである。
「今日は色々頭を使ったから、糖分多目の夕食を頼むよ」
「トウブン? 何ですか、それ?」
聞き慣れない単語の意味を質問してきたのはルキナである。
このマギアルクストでは、魔法文明の発達の弊害として、科学文明の進みが遅い。そのため、食料に含まれる栄養素を含む化学物質の解明もされていない。
そんな状況で糖分多目と言ったところで、そのような知識はマギアルクストには普及されていない。だから通じるわけがないのだ。
「甘い味付けで頼むっていう合言葉です」
普段からブックマンと慣れ親しんでいるアルトリアは、意味ではなく記号として覚えているようで、微妙なニュアンスで解説した。
「甘い味付けを注文って、なんだか子供みたいで可愛いですね」
「よしてくれよ、ルキナさん。何なら君も一緒にどうだい?」
「え、ご迷惑じゃないですか?」
「いえいえ、食事は大勢で楽しみながら味わった方が美味しいですから」
ブックマンの提案に、アルトリアも快諾した。
「ありがとうございます。では作る時は、お手伝いさせていただきますね」
「お、ルキナさんも料理するのかい? それは楽しみだね」
ここ二日間の出来事で、三人の距離は急速に縮まっていた。特にブックマンとルキナは一緒に居る時間が長かったこともあり、今では互いに冗談も言い合える仲である。
「ならお互いに一品作って、社長様に食べ比べしていただきましょうか」
「えー、それは緊張しちゃいますね」
それだけにルキナの心は痛んだ。二人と違い、自分だけが他人なんだと。これから向かう冒険会社も、二人にとっては帰るべき場所であっても、自分だけは客人でしかないと。
「それはいい。ルキナさんの料理か、今夜の食事が楽しみだね」
「もう……社長さんもハードル上げないでくださいよ」
ブックマンに心を寄せるルキナにとって、二人の屈託のない笑顔が心に突き刺さる。
(ああ…………もっと早くに出逢っていたなら、私も冒険会社に入ったのに……)
だけど時間を巻き戻せるわけでもなく、現実は残酷なまでにルキナと二人の間に溝を刻み込んでいた。
決して飛び越えることの出来ない溝は、切なさと愛しさをより明確に浮かび上がらせ、ルキナの心を締め付ける。
「…………ルキナさん、どうかされましたか?」
「えっ……?」
アルトリアが気遣うように歩み寄り、ハンカチでルキナの頬を拭う。
「え…………やだ…………どうして……?」
自分でも知らぬ間に溢れ出た感情は制御不能で、慌てて手の甲で拭っても次から次へと流れてきた。
その様子にアルトリアはそっとルキナを抱き締めると、子供をあやすように背中を優しく撫でる。
「何か不安があるのなら話してください。ルキナさんはもう、私達の仲間なんですから」
仲間……その言葉がさらにルキナを締め付ける。
仲間とは何なのか。
冒険会社のメンバーは仲間と言えるだろう。
しかし、協力して一緒に調査をしたとはいえ、部外者であるルキナは仲間と言えるのだろうか。もし、それでも仲間だと言うのなら、仲間とは何と薄っぺらいものなのだろう。
「私は…………わたし……は…………」
ブックマンとアルトリアの考える仲間と、ルキナの求める仲間はおそらく違う。
もちろん二人は今後もルキナと友好的に接してくれるだろう。
だけどそこには、社員とそれ以外の関係でしかない。社員と言えば一般的には仕事関係の仲間であり、プライベートとは距離があるように感じるだろう。
しかし、たった一人でマギアルクストに転生して、元の世界でのパーソナルデータを持たないブックマンにとって、社員とは家族と同義的な存在となる。
つまり、社員とそれ以外という関係は、家族と他人という関係に置き換えられる。
(他人は…………嫌だ……)
今まで恋をしたことがなく、何か大切な感情が欠けていると感じ生きてきたルキナにとって、初めて抱いた恋心は常人のそれとは一線を画していた。
子供が母親の愛を求めるが如く、母親が子供にあらゆる時間を注ぐが如く、自分の全てを捧げてでも一緒にいたいと渇望していた。
「社長様、しばし席を外していただいてもよろしいでしょうか」
「わかった。先に戻っておくから、彼女の事を頼むよ」
複雑な乙女心を察して、ブックマンはその場を立ち去る。
「少し場所を移動しましょうか」
ルキナを労る優しい声で、アルトリアは彼女の手を引いた。
さすがに往来の真ん中で続けるわけにもいかず、残った二人は近くの公園へと場所を移した。
陽が傾いて涼しくなった風がルキナの頭を冷やしたのか、少し平静さを取り戻していた。
「みっともない所を見せちゃいましたね」
「そんな事はありませんよ」
アルトリアは涙の理由を問いただすわけでもなく、ただ一緒にルキナとベンチに腰掛けていた。
「こちらこそ、配慮が足りませんでした」
「…………どういうことですか?」
公園には子供が鬼ごっこをしているのか、男の子が複数の子供を追いかけていた。そののどかな光景を眺めながら、アルトリアは過去を語り出した。
「実は私、殿方に好意を抱いたのは社長様が初めてなんです」
「…………」
「以前、私はレマルギア王国の月光騎士団に席を置いていました」
冒険会社所属の特級冒険者、アルトリア・ベルリアが元月光騎士団第四位の実力者だったことは有名な話である。しかしルキナは言葉を挟ます、静かに聴くことにした。
「私はとある事情で騎士団の退団を願い出たのですが、知っての通りレマルギアはリステア公国との戦争が続いている状態。私の願いは聞き入れられませんでした。それでも私の意思は変わらず、強引に騎士団を脱走することにしたのですが、当然ながら追手が差し向けられてしまいました。だけど私には、昨日まで仲間だった者と本気で戦うことは出来ませんでした。傷付きながらも、国境を越えてミスバリエに亡命しようと考えました。しかし追手は多く、ギリギリのところで国境越えを阻止され、これまでと諦めかけた時、あの人が現れたのです」
「…………あの人?」
「社長様です。あの人が天から光とともに、私の前に舞い降りたのです」
「え? ちょっと待ってください! 天から舞い降りたって何ですか?」
アルトリアの昔語りに黙って耳を傾けていたルキナだったが、突然の超展開に言葉を挟まずにはいられなかった。
「社長様からあの方が転生者だと知らされてますよね?」
「知らされてますけど…………え、私の理解力が足りない方向で話進んでます? いやいや、普通は繋がりませんから。転生者が天から舞い降りてくるなんて」
ルキナは手を振って否定したが、ブックマンが転生者と知っていれば通じる話だとでも思っていたのか、アルトリアはきょとんと瞳を瞬かせた。
「転生者は最初、魂だけの状態で光の回廊を通ってマギアルクストに来るみたいなんですよ」
「光の回廊?」
「正式名称は解りませんが、異世界とマギアルクストを繋ぐ道を、雰囲気的にそう呼ばせていただいてます。そして回廊を抜けてマギアルクストに到着すると、肉体が再生されるらしいです」
「は、はあ……」
みたい、らしい、と曖昧な表現で明かされる新情報に、果たしてどこまで信憑性があるのか。ルキナは不信感を感じずにはいられなかったが、あからさまに顔に出すことはなく、ギリギリポーカーフェイスを作っていた。
「そこからは驚きの連続でした。戦闘の心得さえ持たない社長様は、言葉巧みに騎士団の猛者を手玉にとり、絶体絶命だったはずの私に勝機を作ってくださったんです」
「昔から頭脳派だったんですね」
「ええ、でもそれ以上に状況分析と適応力に驚かされました。なんせ彼は、自分に関する記憶を持ってませんでしたから」
ベンチに座る膝の上に手を組み、懐かしい思い出に想いを馳せて軽く空を仰ぐ。
涼やかな風がアルトリアの髪を撫でた。
「あの人はマギアルクストの事情を何も知らなかったにも関わらず、私に手を差しのべてくださいました。一緒にミスバリエへ亡命し、カザリアで冒険会社を設立して、私の果たすべき使命の後押しをしてくださいました」
その言葉には、アルトリアにとってブックマンがどれほど重要な存在か、その重さを感じさせた。
それと同時に、ブックマンにとってもアルトリアが大切な存在だということも。
二人の絆を知って、ルキナの心はズキンと痛む。
(この二人の間に割って入るなんて出来ない。二人の絆と比べれば、私との関係なんて無いに等しい)
だけどそんなルキナの心情を知ってか知らずか、アルトリアはルキナに向き直ると、彼女の手を取り目を輝かせた。
「そんなことされたら惚れてしまいますよね!」
「え、ええ……そうですね」
「一生付いていこうと思ってしまいますよね?」
「はあ……そうかも知れませんね」
先程までの真面目な昔語りから一転して、グイッと身を乗り出す姿にルキナは気圧される。
「なのに社長様にその気は無いのか、私の好意を全然受け入れてくれません」
(この話にどう返答するのが正解なんだろう)
自身の恋愛経験も少なく、他人の恋愛話にも興味を示してこなかったルキナは、自分を励ますために言ってくれているであろう話に、全く気の利いた言葉が出て来ないことにもどかしさを感じていた。
「だからルキナさんの気持ちも解ります」
「…………え?」
「好きで好きで仕方ないのに、全然振り向いてもらえない気持ち、です」
「…………あっ…………」
アルトリアの話を聴いて、二人の間にある強固な絆に果てしない距離を感じたルキナだが、アルトリアもまた強固な絆があるからこそ、恋愛を阻む絶対的な壁となって立ち塞がっている。
好きなのに振り向いてもらえない。その事実だけは両者に共通していた。
愛しくて、切なくて、でも手は届かなくて、もどかしい。
ルキナにとってはまだ二日の出来事であるが、アルトリアは二年以上もそんな生活を続けている。社長秘書という誰よりも近い場所に居るからこそ、その想いは募るばかりだろう。
だけどアルトリアはずっと耐えてきた。伝えても実らない、想えば想うほど重く切なく心にのしかかる恋という呪いに。
ならばルキナもまた、同じように恋の呪いに耐えねばならないのではないか。その先にあるハッピーエンドを信じて。
「あの人はこんなにも乙女心を弄んで、本当に罪作りな男ですね」
「まったくです」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
「これから私達は社長様恋愛同盟です」
「私も負けませんよ」
二人は堅い握手を交わし、友好を深める。
同じ男に想いを寄せる同志として。
その時、公園の前の道を男が叫びながら走り抜けた。
「あっちで冒険者同士の戦闘が起きた。みんな近付くんじゃねえぞっ!」
道往く人々に危険を知らせ、待避するように促していた。
「冒険者同士の戦闘…………この辺も物騒になってきましたね」
「まったくです」
アルトリアとルキナは男の報せを聞いて肩を竦め合う。
「…………冒険者同士の……」
「…………戦闘…………」
言葉の中に嫌な予感を感じとる。
「まさか…………ねえ?」
だけど嫌な予感ほどよく当たる。
アルトリアの様子が少し落ち着かなくなる。
「ええ…………まさか…………でも一応様子を見に行きますか」
ルキナも冒険者育成学校の講師であり、犯罪検証学を研究している立場である。
街中で冒険者同士の戦闘と聞いては無視出来ない。
「そうですね。最悪止めに入る必要があるかもしれませんし」
二人は脳裏に掠めた嫌な予感を払拭するように笑い合い、ベンチから立ち上がり、駆け出す。
先ほど結んだ恋愛同盟の想い人が変な事件に巻き込まれていないか心配して。
seen32
ブックマンは一人で冒険会社に戻る道すがら考えていた。
(ルキナさんの恋愛感情はピークに達しようとしている。社員に勧誘するなら、今がベストか……しかし…………)
ブックマンには人の感情を色で見分けるジャッジメント・アイという能力が備わっていた。
その能力で見る限りルキナはブックマンに対して並々ならぬ好意を抱いている。
先ほど、三人で夕食の話をしていたら、何に感極まってしまったのかは全く解らないが、彼女は泣き出してしまった。
(彼女は何で泣いてしまったんだ? もしかして、僕が何か悲しませるような事を言ってしまったのか?)
しかし会話を思い出してみても、ブックマンには思い当たる節が全く無かった。
だけど好意によって高まった感情が、一瞬にして悲しみの色に反転したのだけはジャッジメント・アイで確認していた。
人の感情が色で見えるという能力は、交渉等の駆け引きの場では相手の微細な感情の揺らめきが見れて便利だが、こと恋愛に関しては理解に苦しむことが多々あった。
ブックマンには転生者特有の魅了(チャーム)の力も備わっており、異性から好意を受けやすい。
極論で言えば、買い物の際に女性店員と料金の受け渡しを普通にしただけで好意を寄せられてしまう。そんな初対面の店員からの好意に思考を左右されるのは面倒でしかないのだが、ジャッジメント・アイはそれを否応なくブックマンに伝えてくる。だから女性からの好意に対し、心底嫌気をさしていた。
(僕が女好きのナンパ師なら最強の組み合わせで喜んだかもしれないけど、自分の正体も解らないのに恋愛なんてしてる場合じゃないからなぁ)
ブックマンにとって、社員が女性しか居ないのも悩みの種であった。明らかに魅了の力が関係していると思われる。
女性という生き物は、こと恋愛が絡むと人が変わる時がある。
嫉妬という感情はとんでもないマイナスパワーを持っており、ブックマンがどの社員と何回言葉を交わしたかを数えていた社員もいて、戦々恐々としたものである。
だからこそ、スズキ・ケンタが入社してくれた時は、心から喜んだ。
社内の魅了使いが二人になれば、社員達のラブ地獄が半減されると期待したからだ。
若さもあってか、予想以上に魅了の力を発揮し、会ったその日にも関わらずリンゼとカリファを虜にしていた。
(そんなラブ地獄から僕を救ってくれる筈だったケンタ君を、罠に嵌めて殺したゼアルは絶対に許せない! 必ず見つけ出して、罪を償わさせてやる!)
ほんの数刻前まで、ゼアルの殺害対象が実はブックマンだったのでは、と考えて震えていた男とは思えない変わり身だった。
ブックマンは握り拳を胸元に掲げ、改めてゼアル捕縛を決意する。
その時、黒いフード付きローブを顔が隠れるほど目深に被った、素性の知れない何者かがブックマンの進行を邪魔するように立ち塞がった。
「やっと一人になったか」
「常に女をはべらせて、大層な御身分だな」
数は五人。粗野な態度と低くこもった声から男と推測される。
(一人になるのを待っていただと? …………どうやら狙いは僕のようだね)
ブックマンは五人を警戒し、身構える。
「熱烈な歓迎はありがたいけど、うちに依頼がある……ってわけでもなさそうだね。目的は何かな?」
笑みを絶やさず、相手を刺激しないように極力穏やかに質問した。
(狙いは僕のようだけど、さすがに往来の真ん中で戦闘にはならないだろう。さて、アルトリア君達が戻ってくるまで、どう時間稼ぎをしたものか……)
異世界から転生してきたブックマンは、立場上は冒険者資格を取得してはいるものの、戦闘の心得があるわけではない。アルトリアから簡単な指導を受けた経験はあるが、訓練メニューに全く付いていけず断念した。故に冒険者なのに戦う術を持っていない。
だからアルトリア達が戻ってくるのを信じて、時間を稼ぐしかないのだ。
とはいえルキナの涙の理由さえ察せない彼には、アルトリアがルキナと二人で何の話をしているのか皆目見当もつかない。
つまり時間を稼ぐにしても、どれくらい稼げばいいのか予想がつけられないでいた。
「貴様、情報屋の素性を調べてるらしいじゃないか」
リーダー格と思われる真ん中の男が、声をわざと変えているのか掠れるような声で聴いてくる。
「さあ、何の事かな?」
フードの男達はブックマンを取り囲むべく、ゆっくりと動き出す。
(囲まれては逃げられない。戦闘にならなったとしても、拉致されては意味がないからね)
それを察したブックマンは距離を取るように後退る。
「とぼけんじゃねえよ。ギルドの酒場を見れば一目瞭然なんだよ」
ギルドの酒場と言えば、ゼアルの情報を聞き出すため客全員に奢った店である。
「ほほう、君達も奢ってほしいのかい? ならあの店に行くがいい。今日は全額僕の会社の奢りだ」
しかしフードの男達は下卑た笑いを浮かべた。
「へへっ、そりゃいい。お前を殺してからご相伴に預かるとしよう」
「穏やかじゃないねえ。死んだら支払いどころじゃなくなるじゃないか」
「うるせえよ。お前はここで殺す」
男達は腰の短剣の柄に手をかける。
「それは君の意思かい? それとも誰かに命令されてるのかい?」
「答えるわけねえだろ」
どこまで本気なのかは解らないが、戦闘の素人であるブックマンにも、男達からの殺気がピリピリと感じられた。
「そうかい。どちらにせよ、ここで僕を殺せば目撃者は多数だ。君達も捕縛されて終わりだね」
「ビビるとでも思ってんのか?」
相手は複数、それに対してブックマンは一人。戦闘になれば、まず勝ち目はない。
だけど、もし何者かの依頼による襲撃なら、ブックマンの殺害に成功しても、逃げ切れなければ報酬も貰えない。
自分を殺すことで、相手にどれだけの損害が出るかを解説してみることにした。
「抜けば終わりだよ? 言っておくが僕は弱い。たとえ君達が手加減してくれたとしても、戦えば瞬時に殺されるだろう。そうなれば大勢に目撃された君達は、逃げることも出来ずにお縄に着くことになる。そんなつまらない人生でいいのかい?」
「…………さっきからごちゃごちゃとうるさいなあ。これから殺すヤツの言うことなんか無視しちゃえばいいじゃん」
先ほどまで喋っていたリーダー格とは別の、どこか子供っぽさの残る男がイラつきを隠さずに言ってきた。
(こういう交渉する気のないのが、一番厄介なんだよね)
フードの男達はなおもブックマンを囲むように移動してくる。
「お前、ウザいからさっさと死んじゃえよ」
子供っぽさを残す男が腰の短剣を逆手に抜き放ち、大きく振りかぶってブックマンの左側から迫る。
「バイバーイ、行き先はあの世でーす!」
「それはゴメンだね」
アルトリアとの訓練がブックマンの脳裏にフラッシュバックする。
『一直線に向かってくる攻撃に対し、同じ軸線で引いてはいけません。縦の動きに対し、縦の動きで回避しても対応されやすいですから』
ブックマンは短剣を振りかぶる男と正対するように向き直り、そこから左へ直角に飛ぶ。丁度男達から距離を取るように。
(本当は相手と一定の距離を保つように、円で動く方がいいらしいけど、集団相手なら仕方ないよね)
男の短剣による攻撃は空振りに終わり、慌てて体勢を整えようとする。
偶然居合わせた通行人が悲鳴を上げる。
「うるせえババアッ! 気が散るだろうがッ!」
子供っぽさの残る男は悲鳴を上げた女性に声を荒げる。幸い、そっちに攻撃する気はないようで、ブックマンは心の中で胸を撫で下ろす。
(この隙に反撃と行きたいけど、僕にそこまでの実力は無い。かといって全力で逃げても、数の暴力の前ではすぐに追い付かれるなり回り込まれるなりするだろう)
そう判断し、周囲を探る。
(路地に誘い込んでも回り込まれるとこっちが詰んでしまうし、反撃で倒せる見込みもない。かといって全力で逃げても多分追い付かれる。八方塞がりだね)
いつものように顎を撫でる余裕もなく、思考を巡らせる。
「ちょこまかしてねえで、さっさと殺されろや!」
「騒ぎになっちまっては、もう後戻りは出来ねえ。お前ら、ここでカタをつけるぞ」
子供っい男に同調するようにリーダー格の男が号令をかけると、フードの男達は一斉に短剣を抜いて構える。
(最悪だ。こうなっては僕の技量ではどうにもならない)
ブックマンは後先を考える余裕は無く、脱兎の如く走り出す。
「逃げるんじゃねえッ!」
一拍遅れながらも、フードの男達は短剣片手に走り出す。彼らが通りすぎる度に不穏な雰囲気を感じ取った通行人からどよめきと悲鳴が起きる。
それでも捕まるわけにはいかないブックマンは必死に走る。普段はデスクワークばかりで、アルトリアの訓練も三日坊主で音を上げたブックマンは、すぐに息が上がる。
「ぜぇっ……ぜぇっ……もうだめ…………」
相手の素性は解らないが、こういった荒事には慣れているようで、距離はみるみる縮まっていく。
「ちょ……危ないから……どいて……くれ……」
少しでも走りやすいようにと通行人に訴えかけるが、息も絶え絶えのブックマンの声は小さく誰も聴き取れなかった。
そして事故が起こる。訴えも空しく、通行人とぶつりブックマンは転倒してしまった。
呼吸もままならない状態でスローモーションのようにゆっくり倒れていくのを実感する。それと同時に、倒れれば男達に追い付かれ殺されることも確信する。眼前に地面が屹立し迫ってくるような錯覚さえ覚える。
転倒の痛みに耐えるべく歯を食いしばる。しかし、いつまで待っても衝撃はやってこなかった。
「おいおい、中立国の首都って大陸一治安がいいって聞いてたのに、随分と物騒なんだな」
気がつくとブックマンの身体は空中に固定されていた。いや、正確にはぶつかったと思われる通行人に腕を捕まれ、ぶら下がるように支えられていた。
(大きい……)
見上げるアングルもあってか、ブックマンの瞳には腕を掴む主が巨人のように映る。
その19-2へ続く↓
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1970897961&owner_id=6086567
ログインしてコメントを確認・投稿する