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2019年03月26日14:33

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その18】

【創作まとめ】 
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【前回】
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 中立国ミスバリエは大陸中央に位置しており、その周囲はアレストリア大陸に存在する他の七国全てに隣接している。
 大陸北部に位置する極寒の国バルトラント。
 そこから西、つまり大陸北西部から西部にかけて広大な国土を持つリステア公国。
 さらに南西には、長期に渡り公国と戦争状態にあるレマルギア王国。
 南部には国土こそ少ないが、巨大船を数百隻も繋ぎ合わせた海上都市を持つアストロット。
 南東には、アレストリア大陸全土に存在する魔法師の管理を担っているマルバート教国。
 そしてアストロットとマルバート教国と中立国ミスバリエに囲まれる形で存在し、エルフ、ドワーフ、獣人(ワイルダー)等の複数の種族が集うオーバル連邦国。
 東部には革命によって三年前に誕生したアルバシア。
 この七国全てに隣接するミスバリエは、各国からも政治的に重要視されている。
 かつて他国の資源と労働力を求めて、七国が戦争を繰り返した幼き時代があった。
 平和と安定よりも資源と労働力を手に入れ、他国よりも優位に立ちたい。自国の利益を追い求める各国の王と一部の既得権益者の願いは、民衆を押さえ付け、心を枯らしていった。
 国境沿いの町や村は小競り合いの度に所属国と領主が入れ替わり、その度に税を納め忠誠を示すことで生き延びた。年に何度も税を徴収され、そこに暮らす民は飢え、多くの命を落としたが、盤上でしか物事を考えない上流階級には関係なかった。
 戦争を繰り返すうちに、民衆の心は民を守らぬ国から離れ、平和と自由を願うようになった。そんな人々が集まって旗揚げされたのが、中立国ミスバリエの始まりであった。
 王も存在せず、後ろ楯も何もない民衆だけの国家など、他の七国は認めなかった。ただちに軍を編成し、ミスバリエの制圧、解体に乗り出した。
 ミスバリエは、七国の軍との戦いで地図から姿を消す事もあった。しかし人は、忠誠無き国のために立ち上がることは出来ずとも、自分達の平和と自由、そして未来のためなら何度でも立ち上がることが出来た。
 どんなに攻めても、何度潰しても立ち上がるミスバリエの民の姿に、七国軍にも変化が生じた。
 ミスバリエに攻め入る軍もまた、民から徴兵した民兵であり、民衆の自由と平和を奪う自分達の戦いに疑問を感じていた。やがて自分達の未来を願い、信じて戦うミスバリエの民に感化され、国に反旗を翻した。
 ミスバリエは建国の特徴上、七国からの難民は全て受け入れ、人種の壁を越えて平等に接していた。
 このままでは全ての民がミスバリエへ亡命し、国が滅ぶかもしれないと考えた各国は、ミスバリエを認め、仮初めの七国停戦を締結した。その調停役にミスバリエを指名することでしか、民の流出をる防げなかったからだ。
 かくして、七国全てに疎んじられながらも、不戦、不可侵の協定で守られた八つ目の国が誕生した。
 王が存在せず、民の手によって政治と歴史が紡がれし国は、位置的に交易の中心となり、大陸の政治を左右するようになった。
 ミスバリエ自体は今も各国難民や亡命を無条件に受け入れているが、他の七国はそうもいかなかった。ミスバリエとの国境沿いに巨大な壁と関所を設け、入出国を厳しく管理している。
「つまり入出国をチェックすれば、ゼアルなる情報屋の足取りが判る……かもしれないということです」
 右手の人差し指をピンと立てて、ルキナは説明した。
「なるほど。少なくとも、まだミスバリエに滞在しているのか、それとも何処か他の国に渡ったのかが判るね」
「あと何処から来たのか、もです」
 右手で顎を撫でながら頷くブックマンに、アルトリアが捕捉した。
 冒険者ギルド一階にある酒場兼食堂での聴き込み調査を切り上げた一行は、ルキナの提案で役所へ来ていた。
 ブックマンは道すがらミスバリエ建国秘話と、入出国の検査が厳しい理由をルキナから教わっていた。
(どこの世界も複雑な事情があるもんだねえ)
 などと考え、自身の故郷とも言える異世界を思い出していた。
 ブックマンという男は、冒険会社興し冒険者の新しい可能性を示した異端児と呼ばれているが、転生者としても異端だった。
 その理由として、転生前の記憶をなくしているからである。名前も、年齢も、性格さえ今と同じだったのかさえ解らないのだ。
 そのくせ、自分の居た世界の常識についてははっきりと覚えている。
 つまり、自分にまつわるパーソナルデータだけ抜け落ちているのだ。
 ゆえに自分が居た異世界とマギアルクストを比較する癖がある。
「ま、取り敢えずやれることは全部やってみようか」
 ブックマンは役所窓口へと進んでいく。
「やあキャシー、今日も笑顔がキュートだね」
「あらブックマン、今日も素敵な縁なしメガネね」
 ブックマンのあからさまな誉め言葉に、クセっ毛の金髪をポニーテールに纏めた女性がイタズラっぽい笑みを浮かべながら皮肉を返す。
「ははっ、今日も厳しい意見をありがとう」
「あら、私は本音しか言わないわ。そのメガネはお洒落だけど、他はもっと気を使った方がいいわよ」
「そうかい?」
 キャシーの言葉にブックマンは両手を少し広げて、自身の服装を見渡してみる。
 紺を基調としたビジネススーツを模した服装に、冒険者御用達の布のマントを羽織った姿はお世辞にもお洒落とは言い難い。
「うーん、お洒落ってよく解らないんだよね。よかったら今度食事に行く時にでも見立ててくれないか?」
「そうねえ、ショッピングも悪くないけど…………今回は遠慮しとくわ」
 キャシーが肩を竦めた瞬間、右側から伸びてきた腕がブックマンの右頬を摘まみ引っ張る。
「社長様、この方とはどういったご関係なのでしょうか?」
 にこやかな笑顔であるが、有無を言わせぬ圧を放つアルトリアが顔をずいっと寄せてくる。
 そしてもう一本、左側から腕が伸びてきてブックマンの左頬をつねりあげる。
「社長さん、ここに何をしに来たかお忘れじゃないですよね?」
 ルキナは眉間に皺を刻み、拗ねた子供のようにずずいっと顔を寄せて問い詰める。
「食事相手には困ってないみたいね」
 その様子を見たキャシーは、少し呆れた冷視線で対応した。
「ふぁっへくれ。ひゃんとひひょうをははふから」
 ブックマンは両頬をつねられ、まともな発音も出来ないまま慌てて手を振って否定した。
 パチンという音とともに解放された頬をさすりながら続ける。
「彼女はこの役所で事務受付を担当しているキャシーだよ」
 ブックマンにしては珍しい呼び捨てで紹介されると、キャシーはペコリと軽い会釈をした。
「キャシー・キャットです。冒険会社シャインウォール担当として、ブックマンにはいつも無理難題を押し付けられて困ってます」
「無理難題とは酷い言われようだね」
「あら、冒険会社なんて前例の無いものの立ち上げ許可、上に通すの大変だったのよ?」
「その節はお世話になりました」
 キャシーの本気なのかふざけているだけなのか解らない言葉に、ブックマンは受付カウンター越しに頭を下げる。
「一昨日も身元不明の男の子を雇用登録したいとか言ってくるし。たしか…………スズキ・ケンタ君だっけ? ちゃんと紹介してよ?」
「わっ、わああああっ! キャシー、すまないがその話はちょっと」
 思わぬ単語が飛び出したことに慌てふためいたブックマンは、ちらりとアルトリアの様子を伺う。
 アルトリアは「急に大きな声を出さないでください」と、ため息まじりに嗜めてきた。
(まったく、誰のために慌てたと思っているんだ。でも……ロスト・リバウンドの症状は出てないようだね)
 いつも通りのアルトリアの様子に、ほっと心の中で胸を撫でる。
 転生者が死んだ時、その転生者と関わった者から転生者の記憶が消えてしまう。何らかのきっかけで記憶の齟齬に気付いた時、知らぬ間に記憶が書き変わっていた事実と、大切な人を忘れていた現実、そして大切なのに思い出せない真実に直面して、自我を崩壊させてしまう場合がある。その現象をロスト・リバウンドと呼ぶ。
 スズキ・ケンタと接触経験のあるアルトリアが、そのロスト・リバウンドを引き起こさないかと、ブックマンは心配したのである。
「アルトリア君、少し席を外してもらっていいかな?」
「…………わかりました。また私を除け者にするんですね?」
「違うから!」
 笑顔で拗ねたような意地悪を残して、アルトリアは待合いの長椅子へと移動する。
 ブックマンは声が届かない距離までアルトリアが移動するのを確認すると、声を潜めてキャシーに詰め寄る。
「スズキ・ケンタはその…………登録後すぐ冒険に出て、亡くなってしまったんだよ。で、彼女はそれで塞ぎこんでるから、その話に触れないでくれ」
「あら、そうなの? 紹介してくれるの、楽しみにしてたのに残念ね」
 キャシーはあっけらかんと答えると、離れた長椅子に座るアルトリアに視線を向ける。
 そこには役所に来た知り合いと、会話を弾ませている姿があった。
「塞ぎこんでるようには見えないわよ?」
「外では虚勢を張ってるだけだよ」
 実際は塞ぎこんでいるわけではなく、ロスト・リバウンドの原理を知っているため、スズキ・ケンタのことを考えないようにしているだけなので、当然落ち込んでいるようには見えない。
「キャシーも同じ乙女なら、繊細な乙女心を察してあげてくれ」
「乙女心ねえ」
 どちらかと言うと、スズキ・ケンタのことなど微塵も考えていないアルトリアの乙女心よりも、彼女を守りたいというブックマンの男心を察してほしいのだが、ロスト・リバウンドの事情を知らないキャシーには上手く説明出来ないでいた。
「ま、いいけどね」
 ブックマンの言えない事情を察してか、キャシーは意味ありげに笑ってみせた。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん、どうしたんだい?」
 それまで黙っていたルキナがブックマンの袖を引っ張って、カウンターから少し距離を取った。
 そしてキャシーに聴こえないように声を潜めてブックマンに尋ねる。
「キャシーさんとスズキ・ケンタの話をしてますけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫って…………ロスト・リバウンドのこと?」
「そうです」
 ルキナの表情は真剣そのもので、本気でキャシーの身を案じているようだ。
 そんな真面目な彼女を安心させるように、ブックマンは優しく答える。
「それなら問題ないよ。彼女はスズキ・ケンタ君とは直接会ってないからね。あくまでも雇用者登録の手続きに来た際に、彼の話をしただけたから」
「はあ……少しこんがらかってきました」
 昨日知らされたばかりの転生者とロスト・リバウンドの話に混乱してしまったのか、ルキナは額を押さえて考え込んだ。
「転生者が死んで記憶が消えるのは、本人と直接会ったことのある人だけなんだよ」
「だから……社長さんからスズキ・ケンタの情報を伝え聞いただけのキャシーさんは、ロスト・リバウンドに影響されないってことですか」
「ご名答。さすが理解が早いね」
「いえ……」
 言葉に出しながら考えを整理するルキナの様子を見て、やはり頭の回転が早いとブックマンは感じた。
「ただ、さっきみたいに、ロスト・リバウンドの非影響下の人が、知らずに転生者の話をしてしまって、それが消えた記憶を刺激してロスト・リバウンドを引き起こすっていう、事故みたいなパターンもあるから油断出来ないんだよ」
「あー、なるほど。だからアルトリアさんとキャシーさんを引き離したんですね」
「そういうことだね」
 ルキナは右手の拳で左手の掌を叩き、納得顔で深く頷く。
 その様子を見て、ブックマンは受付カウンターで待つキャシーの所へ戻った。
「で、今日はどんな無理難題を持ってきたのかしら?」
「さすがはキャシー、全てお見通しなんだね」
「あなたの顔を見れば、普通の手続きに来ただけなのか、厄介事を持ってきたのかくらい判断できるわ」
「頼れる担当で僕は大助かりだよ」
 経営者たる者、図太くあれ。
 その考えを地で行くブックマンは、チクチクと突き刺さるキャシーの皮肉などお構いなしに、軽快に話を続ける。
「入出国リストを見せてほしいんだ」
「はい、無理難題いただきましたー!」
 ド直球なブックマンの依頼に、一点の曇り無き笑顔で即答するキャシーだったが、図太いブックマンは何事も無かったかのように会話を続ける。
「どうかな?」
「あのね、無理難題って言ってるでしょ。無理な難題だから無理難題って言うの。知ってた?」
「それは知らなかったよ。てっきり、文句を言いながらも最後は有能な担当が何とかしてくれるって意味だと思ってたから」
 ブックマンは受付カウンター越しにキャシーの手を握る。そして吐息多目に囁いた。
「キミだけが頼りなんだ」
「キモッ!」
 キャシーは言葉とは裏腹に一瞬だけ頬を朱に染めるが、すぐに手を振りほどいてそっぽ向いた。
「そんな事言われても、入出国リストなんて国家管理情報じゃない。さすがに私レベルじゃどうなもならないわよ」
「うーん、困ったねえ」
 言葉の割にはさして困った様子もなく、ブックマンはルキナに向き直り「ちょっといいかな?」と手招きした。
「こちら、冒険者育成学校グローリーファイブにてスカウト科の講師をされているルキナ・ヴィキナさん」
「はじめまして」
 ブックマンに紹介されて、ルキナは軽く会釈する。
「はじめまして。で、こちらの方がどうかしたの?」
 キャシーも同様に会釈を返し、ブックマンに視線を戻した。
「彼女は冒険者ギルドからの依頼で、現場検証員も勤めてるんだよ。で、現場に不審な点があったから、僕も協力して事件を追っているところなんだ」
 ルキナがグローリーファイブで講師をしていることも、ギルドに協力して現場検証員をしていることも事実。そしてブックマンとルキナが協力して、事件の不審点を再調査していることも事実。そう、ブックマンは事実だけを並べているだけで、嘘は一言も言っていない。
 だけど、そこには言葉のトリックが作用していた。
「つまり調査のために入出国リストを見たいと?」
「そういうことだよ。説明不足ですまないね」
 本当に説明が不足していることは、この件がブックマンとルキナが勝手に協力して、ギルドを通さずに調査していること。
 だけどそこには、あたかもギルドの依頼で調査をしているような空気が流れていた。
「昨日までの入出国なら来てるけど、さすがに全部は見せられないわよ?」
「わかっているさ。日付は今日から五日前まで、そして『ゼアル』という男の足取りが知りたい」
「ゼアルねえ…………簡単に言ってくれちゃって。ちょっと時間がかかると思うから、夕方にでも出直してくれる?」
 キャシーはため息まじりに了承の意思を伝えた。
 そこには面倒事を嫌がっているのではなく、手のかかる弟に仕方なく手を貸すような、そんな親しみが籠められていた。
「キャシーにはいつも苦労をかけるね」
「それは言いっこなしだよお父っつぁん」


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 騎馬の戦いとは、いかに馬を自在に操るかにかかっている。
 手綱を通じて騎手の意思を伝え、手足のように馬を操る。機動力を活かして敵を撹乱し、馬上から的確な攻撃を繰り出す。
 手練れの戦士の動きを予測するだけでも困難なのに、馬の挙動にも気を配らなければならない。
 騎兵を相手取るということは、一対一で戦うよりも遥かに困難なことなのである。
 それが統率された騎馬隊となれば、並のモンスター程度では相手にならない程、力量差が出る。
「くらえ、スパイラル・シェイバーッ!」
 フィオーナの槍が竜の鱗を切り裂き、どす黒い霧が吹き出る。
 冒険会社において、騎馬の戦いに関してフィオーナ・フィラルドの右に出る者は居ない。その彼女が自ら鍛えた騎兵部隊は、大胆かつ精細な一糸乱れぬ動きで敵を翻弄していた。
「警戒体制の中、堂々と頭上から侵入してくるとは卑怯千万ッ!」
 彼女をはじめとするフィオーナ隊は、リューネの指示で砦での警備に当たっていた。
 竜の偵察に向かったリリアナ隊とエレナ隊からの連絡を待ちつつ、周囲を警戒していたのだが、さすがの騎馬隊も遥か上空を飛ばれては成す術が無かった。
 隊員と砦に戻っていた仲間に指示を出し、すぐに竜を追ったのだが、結果的に丸腰のリューネと、そこに居合わせたカノンに多大な負担をかけてしまった。
「二人が頑張ってくれた分、今度は我々が応える番だ!」
 フィオーナの短いハンドシグナルを受けて、隊員が縦横無尽に駆け抜ける。
「くらえ、星方迅雷活殺陣(せいほうじんらいかっさつじん)ッ!」
 五騎の騎馬が竜を取り囲むと、それぞれ竜の死角から鋭角に駆け抜ける。その軌道は五芒星を描き、擦れ違いざまに槍の一撃を加え、そのまま駆け抜けて離脱する。
 騎馬は一対一でも無類の強さを誇るが、やはり真骨頂は機動力を活用したチーム戦にこそある。
「グルルアウウッ!」
 槍の斬撃を受けるたびに、黒い霧のような血風を撒き散らし、竜の喉から苦悶の鳴き声がこぼれる。
 辺りには竜の血と思われる黒い霧で覆われ、胸を圧迫するような錆びの臭いでむせ反りそうになる。
「深追いはするな。仲間が合流するまで、このまま対象を弱らせるぞ」
 竜が砦を通過し、追いかけることになった際、他の隊の仲間に一つの指示を出していた。
 レヴェネラの居る工房に向かい、武器を手に入れてから合流せよ、と。
 今頃は、偶然にも竜の襲来前に工房に戻ったレヴェネラから、メンテナンスの完了した武器を受け取って広場へ向かっているはずである。
「でも隊長、目標は弱っています。このまま一気に勝負に出てもいいのでは?」
 フィオーナの命令に、一人の隊員が意見する。
 彼女は社員としてはベテランの部類に入るが、単独では目立った実績もなく、同じ騎兵冒険者であるフィオーナの影に隠れてしまっている存在でもある。
「駄目だ。竜は一国の軍隊に匹敵する強さだと聞く。ここは油断せず、全員が揃うまで牽制に留める」
「でも、現に竜は弱っています。今なら我々で手柄を総取りできますよ!」
 隊員は尚も食い下がる。
 彼女には、あと一押しで倒せるくらいに竜が弱っているように見えた。
 そして、誰もが認める実績を欲していた。
「ならん。その油断が命取りになるぞ」
 実直な性格で、実績を積み上げてきたフィオーナは、用心深く確実な手段を好む。
 そんな彼女にとって、生態のほとんどが明らかになっていない竜は、警戒し過ぎても足りないくらい不気味な存在だった。
「油断じゃありません。好機をみすみす見逃すなんて、臆病者のすることですよッ!」
 功を焦った隊員は、フィオーナの制止を無視して飛び出すと、竜の背後右側から近づき、とどめの一撃を繰り出す。
「デッドリー・グレイブッ!」
 その瞬間、チームワークの不和を敏感に感じ取った竜が振り向きざまにスタンピング攻撃を繰り出した。槍と鉤爪が交錯し、一瞬の火花を散らして竜の圧撃が隊員に迫る。
「危ないッ!」
 鉤爪が隊員を捉える寸前、隊員は極細のワイヤーに四肢の自由を奪われて宙に舞い、凶爪は主を失った馬を叩き潰した。
 隊員は動きを封じられたまま弧を描き、鋼糸操る者の足元にどさりと落下する。
「……か、カッツェ隊長……」
「隊長の指示に従えないのなら下がってなさい」
 鋭い視線が隊員を諌める。もはやカッツェにとって、命令無視した隊員は仲間ではなく、ただの救助対象となったようである。
「一人の無謀で何とかなる相手じゃないわよッ!」
 馬を叩き潰して姿勢が低くなった竜の頭部に、お返しと言わんばかりにレヴェネラの戦鎚(ウォーハンマー)が炸裂する。
「グァッ」
 唸り声ごと叩き潰された竜はよろよろと後退する。
「ここから先は、連携が必須です」
 トッティが操る超魔導攻城弩(ちょうまどうバリスタ)から極太の矢が射出され、竜の土手っ腹に突き刺さり爆発する。
「リューネ、お前のお陰で村人達は無事に避難出来たぜ」
 超魔導攻城弩を載せた台車を押しながら、キスティアが仲間を思いやる。
「ほいっと、矢の準備は出来たから、ここからは私も攻撃に加わるよん」
 矢の先端にある魔晶石に魔力を籠め終わったセリアが杖を構えて超魔導攻城弩から飛び降りる。
「今出来る治療は完了しました。さあ、受け取ってちょうだい」
 合流してから、ずっと傷の治療をしていたアスティが、リューネに槍と盾を渡す。
「私も少し動けるようになりました。皆さんの援護をさせてください」
 そう願い出たのは、リューネと一緒に治療を受けていたカノンである。
 彼女は左肘を突き出し拳を顎下に添え、剣の峰を特徴的な手甲にあてがった。
「さあ、ここからは私達のターンよッ!」
 冒険会社シャインウォール、冒険者部隊総隊長リューネ・ハーディの掛け声とともに鬨の声が広場に響き渡り鼓舞した。
「グルルアガアアアアアッ!」
 傷を受けた竜はさらなる憎悪を瞳に宿らせ、翼を広げ負けじと咆哮した。


その19-1、19-2へ続く↓
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