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2019年03月25日13:55

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その17】

【創作まとめ】 
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【前回】
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seen28

 轟く咆哮が空間を震わせ、竜は四本足で土煙を巻き起こしながら猛然と突進してきた。
 リューネはぎりぎりまで引き付け、接触する寸前に斜め右前に身を翻し、マタドールのように突進を回避する。
 竜は勢いのまま突進を続け、巨大な顎門で通り道にある民家を噛み砕く。
「グルァッ」
 倒壊した民家から舞い上がる土煙の中、竜は不満そうに頭をもたげリューネに向き直る。
 リューネが手にしていた包丁は、既に刃こぼれが激しく武器として機能していなかった。最初は竜の攻撃を回避した後に包丁を突き立て攻撃を試みていたが、硬い竜の鱗を切り裂くには重さと強度が足りなかった。
 それでも村人の避難が完了するまで逃げることは許されず、防戦のみで耐えるしかなかった。
「グルガァッ」
 竜は再びリューネをめがけ突進を開始する。
 しかしリューネはまたもぎりぎりまで引き付け身をかわす。何度も繰り返された光景である。
 だが竜は彼女の横を通り過ぎる寸前に身体を小さく横に曲げ、円を描くように旋回すると、長い尾を鞭のようにしならせリューネの横っ腹をかすめた。
「ぐあっ」
 全身鎧(フルプレート)の装甲をもってしても吸収しきれない衝撃に、リューネは地面に転げながら吹き飛ばされ、瓦礫にぶつかり止まる。
 圧倒的な衝撃に脳が揺さぶられ意識が飛びそうになるが、刃こぼれした包丁で太ももを浅く切りつけ、痛みで意識を繋ぎ止める。
「かすっただけでこの威力とは……恐れ入るわね」
 既にリューネの太ももには何本もの傷が刻まれている。それだけ竜の攻撃を回避するのは困難で、その度に意識が飛びそうになる証拠でもある。
 しかし傷の原因はそれだけではない。
「奏でなさい、至福の夢へ誘(いざな)うメロディを!」
 リューネから少し離れた場所で、カノンは聖音を奏で始める。
 透き通ったクリアな音が小刻みに楽しく流れたと思えば、一転して妖艶で怪しげなメロディに転調する。
 幻響器ヴァイオリニオンを操る拳の握りを細かく調整し、たった四本の弦から奏でられているとは思えないほど、変幻自在の虹色メロディが紡がれていく。
 子供の表情のようにころころ転調するメロディを聴いたリューネの視界がオーロラに包まれたように揺らめく。
 眼前には高く照りつける眩しい太陽、耳には心落ち着かせる穏やかな潮騒、肌は陽の光で小麦色に焼かれ暖かくもひりりとした感触、鼻には心ときめかせる潮風の香りが感じれ、まさにリゾート真っ盛りの海が広がる。
 そこでリューネの名を呼ぶ明るい声、それは赤ん坊を抱く母親のようにリューネの心を優しく包み込む。振り向けばそこには白いパーカーに海パン、麦わら帽子にサングラスという出で立ちのブックマンが、波打ち際を軽やかに駆けて手を振っていた。
 まるで恋人同士の海デートのシチュエーションにリューネの顔はにやけ心は舞い上がり、一緒に浜辺を駆けたい衝動に襲われる。しかしリューネはぐっと堪え、気合いを入れ直す。
「幻覚と解ってれば、対処法はあるのよ」
 歯を食い縛り右手の包丁で太ももを浅く切りつける。
 鋭い痛みに海は掻き消され、元のオロビア村広場の風景に戻った。
「うう、勿体ない」
 リューネは未練がましく呟きながら、土煙を舞い上げて迫る竜を相手に、丁々発止の攻防を繰り広げる。
「くっ、やっぱり竜には効いていない?」
 幻覚を見たとは思えない迷い無き竜の行動に、カノンの心は乱れる一方である。
 カノンが奏でる聖音術は、音楽という特性上、音の届く範囲に存在する生命全てに効果を及ぼす。
 つまり、竜に幻を見せようとすればリューネも一緒に幻覚を見るし、竜を眠らせようとすればリューネも巻き込まれて睡魔に襲われる。
 その度にリューネは自分の太ももを切りつけ、痛みで自我を繋ぎ止めていた。
「おかしい。鱗に覆われた竜の表皮には、アニマへの干渉を阻害する何かがあるのかもしれません」
「何かって何? 他の竜と戦った時は効いたのよね?」
 命を刈り取ろうと振り下ろされる鉤爪の一撃を、リューネは掻い潜るように身を転がせ回避しながら問いかける。
 するとカノンからは意外な回答が返ってきた。
「いえ、竜と直接戦うのは初めてでして……」
「え? あれだけ詳しそうに話してて?」
「それでもあなた達よりは、竜の恐ろしさを理解していますよ」
 会話をしている間も竜の猛攻は続く。防御と回避に徹するリューネは未だ致命傷を受けることなく立ち回っていた。
「なら攻撃は一旦やめて、回復の曲を頼んでいいですか?」
 曲を奏でるカノンが狙われないように竜の注意を引きながら、直撃すれば死に直結しかねない攻撃を回避し続けるのは、熟練の冒険者であるリューネにとっても簡単な話ではない。直撃こそは受けていないが、精神と体力は確実に削られていく。
 既にリューネは息が上がり肩を大きく揺らしている。何度も切りつけた太ももからの出血も少なくはなく、このまま戦いが続くと先に倒れるのはリューネの方だろう。
「でも……回復の曲だと竜も回復してしまいます」
「大丈夫、回復されて困るほどダメージ与えてないから!」
 リューネの手に握られているのは、家庭用の包丁でしかない。竜の硬い鱗を切り裂き、ダメージを与えるには役不足なのだ。
 だからこそカノンに攻撃を託し、自身は囮役に専念していたのだが、頼みの聖音術が竜に通用しないとなると話が変わってくる。
「わかりました。奏でなさい、癒しの楽曲を!」
 カノンは再び星奏剣スターライトと幻響器ヴァイオリニオンを操り、静かで心落ち着くメロディを奏でる。
 音はリューネとカノンの身体に染み渡り、新緑の芽を彷彿させる黄緑の光で包み込む。
 リューネは呼吸が楽になり、太ももの痛みも和らいでいくのが実感できた。
「おお、これなら仲間が来るまでもう一踏ん張りできそうね」
 そして竜に視線を向けると、黄緑の光に包まれることなくリューネ達を睨み付けていた。
「どうやら回復の術も効いてないようね。ならバンバン支援の曲を弾いてちょうだい!」
「ええ、それなら得意よ!」
 カノンは曲を転調させ、猛々しく激しいメロディに切り替えた。
 すると今度はリューネを淡い赤色の光が包み込み、身体の奥から力と戦意が溢れ出してきた。
「これなら……いけるッ!」
 再び竜を一瞥するが、やはり聖音術の影響は受けてないようだった。
「グルァガァッ」
 だが竜は場の空気が変わった気配を敏感に感じとり、猛チャージを仕掛けてくる。リューネから向かって左斜め前から弧を描くように突進してくる。
 巨大な牙が迫る中、ギリギリまで引き付け、竜の進行方向の外側となる左へステップを踏む。左から右へと突進していた竜は、外側へ逃げるリューネを捉えることが出来ずに通過する。
 しかし竜は止まらなかった。リューネの脇を通過してもなお弧を描いて突き進むその先には、聖音術を奏でるカノンの姿があった。
 今まで執拗にリューネを狙っていた竜が、突然ターゲットを切り替えたことに気付いた時には既に手遅れで、迫る凶撃への対応が一瞬遅れた。
 竜はカノンの眼前で、旋回突進の慣性を利用するように身体をスピンさせる。カノンは後方へジャンプして回避しようとするが、遠心力で加速した尾撃はカノンを捉え盛大に吹き飛ばす。
「キャッ」
 直撃を受けたカノンは、短い悲鳴と共に放物線を描いて飛んでいく。そして背中から地面に落下すると、ぐしゃりと鈍い音を上げて砂塵を巻き上げる。
「しまった!」
 回避行動後に振り向いた瞬間、その一連の出来事を目の当たりにしたリューネは、竜の後を追うように駆け出す。竜の攻撃はかすっただけでも意識を刈り取るほどの威力を持つ。ましてや直撃となると、そのダメージは想像を絶する。たった一撃で死に到っても不思議ではない。
「カノンさん、大丈夫ですか!?」
 リューネや冒険会社の仲間に対して無敵の強さを誇ったカノンが、意表を突かれたとはいえ竜の一撃をくらいボロ雑巾のように吹き飛ばされた。その光景に動揺し、リューネは砂塵に包まれたカノンの元へ一直線に駆け寄ろうとした。
 つまり、無謀にも竜の真横を駆け抜けようとしてしまった。カノンを心配する動揺が焦りを呼び、普段では絶対にしないミスが致命的な隙を作る。
「グアガアアアッ!」
 竜は絶好の隙を見逃さず、力任せに前足を叩きつけた。
「うあっ!」
 突然襲い来る圧力と衝撃に、リューネの膝はくずれ、あっさりと組み伏される。竜が体重を前足にかけると、全身鎧(フルプレート)がメキメキと悲鳴を上げ、形を変形させていく。背中の分厚い鋼板には鋭い爪がめり込み逃げることさえ許さない。人の数十倍はある体重が、リューネを踏み潰さんとプレスする。
「ぐぁッ、ああああああああああッ!」
 全てを押し潰す圧力を前に、鍛え抜かれた筋肉がプチプチと破裂する音が、骨伝導で鼓膜を刺激し、目の前がチカチカと明滅する。
「ぁ…………ぁ……………………ッ!」
 肺の空気が全て押し出され、声無き絶叫が空気を震わせる。
 砂塵が晴れ、吹き飛ばされたカノンの姿が浮き上がるが、衝撃に気を失ったのか、それとも息絶えてしまったのか、ぐったりとしてピクリとも動かない。
 一瞬の油断と判断ミスが招いた絶望がリューネを支配する。
「グルァオオオオンッ!」
 天を仰ぎ勝鬨のような遠吠えを上げると、竜は大きな顎門を開き、足下に押さえつけたリューネに顔を近づける。
(ああ……私もここまでか。村人達は無事に避難出来ただろうか……。少しは守る戦いが…………出来ただろうか)
 全身から力が抜け、朦朧とする意識の中で死を確信する。もう戦えない。もう逃げられないと。
 全てを諦め、受け入れようと堪念した時、微かに何かの音が耳に届いた。絶望が満たす空間を突き破るかのような確かな旋律を。
 僅かに首をもたげるが、カノンは変わらず倒れたまま動いた様子もない。霞んだ目で辺りを見渡すが、倒壊した家屋をはじめとする残骸しか見当たらない。
 しかし聴こえる。絶望を跳ね退けようとする意思を宿した音が。
「グルァ」
 竜も異変に気付いたのか、リューネに迫る顎門を止め、辺りをキョロキョロと見渡し、顔の先端にある鼻を鳴らす。
 そしてリューネは倒れたまま見付けた。
 崩れた家屋の残骸の中、影に隠れるようにうずくまる少年の姿を。そしてその腕に抱かれている赤ん坊の姿を。
(逃げ遅れが…………いたの!?)
 破壊と絶望が渦巻く中、赤ん坊だけが生き延びたいと、自分はここに居ると、希望の泣き声を張り上げ母親の帰りを待っていた。
 きっと逃げる間もなく家屋を潰され、出るに出られなくなったのだろう。恐怖に震えたに違いない。それでも、生まれたばかりの家族を見捨てることが出来なかったのだろう。
 赤ん坊を抱いたまま、身体を丸めた姿勢で息を潜める少年の顔がちらりと見えた。そこには恐怖にひきつりつつも、必死の笑顔が張り付いていた。赤ん坊をあやすため、泣き止ませ生き延びるため、大切な家族を守りたい一心で心を奮い立たせ、涙ながらもくしゃくしゃの笑顔を作っていた。
 そして赤ん坊もまた、生き抜くため、逆境を覆すため、信じる親の温もりを求めて泣き叫ぶ。自分達はここに居る、と。
「グルルァ」
 竜は低く唸ると、リューネから前足をのけ、少年と赤ん坊に向かって歩き出す。
 竜に背を向けてうずくまる少年は、竜の行動に気付いていない。
「まだ…………死ねない。まだ…………なんにも守れてない……。あの子達の命は…………まだ始まったばかりなの……」
 軋む身体に鞭を打ち、笑う膝を力ずくで黙らせ、リューネは立ち上がる。
 右手には刃こぼれの激しいぼろぼろの包丁。そして左手には、残骸から拾ったバケツ。リューネは包丁でバケツを打ち鳴らし、声を張り上げた。
「私はここだッ! まだ生きているぞオオオッ!」
 竜の気を引くため、少しでも子供達から意識を遠ざけるために絶叫する。
「グルル」
 竜は迷うように、少年達とリューネを交互に見る。
 鎧は無惨にひしゃげ、骨も何本か折れているだろう。声を上げるたびに激痛で意識が飛びそうになる。
「私はここだアアアッ! かかって来いやオラアアアアッ!」
 それでも守るために囮になることをやめなかった。たとえこの命がここで尽きることになったとしても、誰かを守る戦いをすると決めたから。
「グルァグオオオオンッ!」
 戦う意思無き少年達よりも、未だ闘志が潰えぬリューネを警戒したのか、竜は再び咆哮を上げて疾駆する。
(立っているだけで全身の骨が軋み、筋肉は悲鳴を上げてる。回避はもう無理ね)
 リューネは両腕を広げ、竜を受け止めようと身構える。
(きっと吹き飛ばされる。死ぬかもしれない。でも……)
 本能が逃げろと警告を促すが、リューネは意思の力で身体をその地に縫い付ける。
「これがァ、わたしのォ、守る戦いなのよォォォォォォッ!」
 巨大な顎門の上顎と下顎を、右手と左手に渾身の力を込めて抑え込む。突進はリューネを捉えても勢いを緩めず、踏ん張る両足が地面に二本の轍を刻み込む。
「負ァけェるゥかアアアアアアッ!」
 力比べでは竜には敵わないが、根性と我慢比べなら負けないと、リューネは全身に力を込める。足をハの字に踏ん張り五本の足指で大地を掴み、腰骨に背骨を一直線に合わせ、力を逃がさないようにする。重装士として、最初に教わる守りの姿勢である。
「グルルアアアッ!」
 しかし竜が頭を上方へ振り抜くと、リューネの身体はあっさりと宙へ投げ出された。どんなに気合いと根性を込めたとしても、竜と人間では力の差が歴然としていた。
「…………あ……」
 勢いのままくるくると縦に回転しながら舞い上がり、放物線の上限に達する頃には三半規管が滅茶苦茶に揺さぶられ、平衡感覚が奪われていた。そのまま上下左右も解らぬまま、錐揉み回転しながら落下する先には、竜の顎門が開かれ待っていた。
「グアア」
 リューネは咄嗟に両腕で頭を抱え込んで身体を丸める。
(一撃で死ぬわけにはいかない。こいつも道連れにしないと、あの子達は助からない)
 その瞬間、リューネの身体は竜の顎門へすっぽりと吸い込まれていった。竜はリューネを咀嚼すべく、重い扉のように顎を閉じる。
 しかし竜の顎は、まるでつっかえ棒でもされたかのように閉じられなかった。
「ふんにゅううううううううッ!」
 竜の顎門からくぐもった女性の声が漏れる。勿論リューネの声である。
 彼女は首を前に倒し、頭部と肩を竜の上顎に押し付け、両腕で鋭い牙を握りしめる。そして両足を下顎を踏みつけ、身体全体を使って地獄の門を抉じ開けていた。
「このまま顎を引き裂いて、お前の脳漿をぶち撒けてやるッ!」
 腕の力では竜の突進を止められなかった。しかし、身体全部の筋力を駆使してなら、顎の力くらいには対抗出来る。そう信じて、一か八かの賭けにでたのだ。
 竜は口内の獲物を噛み潰すべく顎に力を入れ、リューネはその顎を引き裂くべく全身の力を出し尽くして抗う。メンテナンスに出して武器を持たぬリューネに出来る、最後にして唯一の、竜を倒せるかもしれない手段だった。
 骨が軋み筋肉が戦慄(わなな)く。一瞬でも気を抜けば顎が閉じられ全身を噛み砕かれるだろう。
 抵抗と攻撃を併せ持つ命懸けの力比べに、リューネは力の全てを搾り出す。
「ふんにゅあああああッ!」
「グルアアアアアアアッ!」
 両者の叫びが竜の狭い口内に反響する。
 その時、不思議なメロディが風にのって流れてきた。情熱的で激しい曲はリューネの闘志を燃やし、身体の奥から力を漲らせる。
 竜の牙の隙間から見えたのは、瓦礫に背を預け上半身だけ起こしたカノンの姿だった。彼女は左腕で右の腰を掴み幻響器を腹部の前に固定し、右手の指で四本の弦を掻き鳴らしていた。
「生き……てた……」
 竜の一撃をまともに喰らって動かなくなっていたカノンが、起き上がり援護をしてくれている。
「なら…………私も……負けられないッ!」
 聖音術の援護を受けて、身体から赤い光を発しながら両足に力を込める。守る戦いへの誇りとライバルの生還に闘志を迸らせ、限界を越えた力が発露する。
 伸び上がらせた身体が竜の顎門を押し開き、禍々しき口角の両端を引き裂く。
「グアルルアアッ」
 ブチブチと筋繊維が千切れる音に、竜は苦悶の鳴き声を轟かせた。
「ふんにゅあああああッ!」
 全ての力を出し切って、竜の頭部を真っ二つに引き裂こうとした瞬間、憎悪を宿した黄金色の瞳をギラつかせた竜が、乱暴に頭を振った。
「グルグアガアアアアッ!」
 天を仰いで頭部をぐるりと旋回させ、遠心力を乗せた状態で右側面を地面に叩きつけた。
 その衝撃にリューネのクラッチが外れ、宙へ投げ出される。怒りに染まった眼光はその隙を見逃さず、リューネを足側から腹部にかけて噛み付いた。牙が鎧を易々と貫き、腹部から大量の血が吹き出る。
「あああああああっ!」
 攻守が激しく入れ替わる戦いも終局を迎えようとしていた。
 聖音術の力でいかに闘志を燃やそうとも、どんなに限界を越えた筋力を発揮しようとも、もはや自力ではどうにも出来ない状況だつた。
「ああああ…………ぁぁぁ……」
 激痛に耐える叫びが小さくなるのと反比例し、竜の顎門からは血が滝のように流れ落ちる。
 カノンもリューネを助けるべく動こうとするが、竜の一撃によるダメージが深いのか、立ち上がることさえままならない状態だった。
「また…………間に合わないとでも言うの?」
 自分が気を失っていた時も、たった一人で諦めずに戦い続けた誇り高き戦士が、目の前で竜の餌食になろうとしている。なのに立ち上がることさえ出来ない。立ち上がって駆け出せば、すぐにでも触れられる位置に居ながら何も出来ない。
「誰か…………助けて……。彼女を……リューネさんを…………助けて……」
 両腕で動かぬ足を引きずるように前進しながら手を伸ばす。竜の猛威の前にまたも無力を突き付けられ、それでも必死に手を伸ばす。彼女の手を取って助け出すために。
「うおおおおおッ! リューネを離しやがれえええええええッ!」
 這いずるカノンの脇をすり抜け、疾風のように駆ける白馬。その馬上から白銀の鎧に身を包んだ戦士が槍を繰り出す。その一撃は憎悪に燃える黄金の瞳を抉り貫いた。
「グワオオオオオンッ!」
 竜は痛みにのたうち回り、咥えていたリューネを投げ出した。
「おおおおおッ!」
 別の戦士が駿馬を疾駆させ、リューネが地面に叩きつけられる寸前で拾い上げる。
「総隊長、確保ッ! 法術士、速やかに治療を頼みます」
 カノンの前にも騎馬が止まり、彼女を抱き上げる。
「無事…………とは言いがたいかもしれませんが、よく生きててくれました」
 素早くリューネとカノンを安全圏まで後退させ、法術士隊にその身を預ける。
「うう……」
「リューネさん、大丈夫ですか!?」
「ゎたしの…………ことは…………いい。…………逃げ遅れた…………子供達を……頼む……」
 リューネは自身の安全よりも、崩れた家屋の影で泣いていた少年と赤ん坊の身をを案じた。
「安心してください。必ず助けだします」
 そう言い残すと騎兵は駆け出し、崩れかの家屋に躊躇い無く突入し、その中から赤ん坊を抱える少年を助け出す。そして戻ってきて二人を騎馬から降ろした。
「キミ……赤ん坊を守って…………凄い勇気だね」
 傷だらけのリューネは腕を持ち上げ、少年の頭を撫でる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。キミの勇気を見てたら元気が出てくるから」
 リューネはにっこり優しく笑い、少年を労う。
「さ、ここは危険だから、親御さんのところへ行きなさい」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
 少年も笑顔で応えて、一礼すると駆け出した。
 後はきっと、親御さんが守ってくれると信じてリューネは見送った。
 その頃戦場では、竜を取り囲むように五騎の騎兵が対峙していた。
 その中でも白馬に乗った戦士が叫ぶ。
「ここからは冒険会社随一の騎馬使い、フィオーネ隊が相手になってやる!」
「グルルルァ……」
 互いに値踏みするように、両者の眼光がぶつかり火花を散らす。


その18へ続く↓
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