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2019年02月13日09:07

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正確な時計

 日時計はわかりやすいが、夜になると使えない。日時計は相当に正確な時計で、1日という地球の自転周期を24で割ったのが1時間、その1時間を60で割ったのが1分。つまりちゃんと日が差せば日時計は十分に正確だった。古代ギリシャのクレプシドラは滴る水滴で時間を計る水時計で、プラトンは溢れた水の力で金属球を落として時刻を報せるアイデアを出し、世界初の目覚まし時計をつくった。水時計も正確で、機械式時計が登場するまで水時計が使われていた。
 機械式時計が登場したのは13世紀後半のヨーロッパ。当初の機械式時計は精度に欠け、1日に1時間くらいはずれた。そんな機械式時計に革命を起こしたのが、ガリレオが発見した「振り子の等時性」。オランダの学者ホイヘンスはこの法則を巧みに使って、1656年に振り子時計を発明。ホイヘンスの時計は1日で数分の誤差だった。20世紀になり、地球の自転周期にごく僅かな変動のあることがわかる。地球の自転周期を86400(=24時間×60分×60秒)で割ったのが1秒だとすると、1日で1秒の長さが変わることになる。そこで1967年に国際度量衡委員会は、従来の1秒におよそ合う「セシウム原子が91億9263万1770回振動する時間」を1秒と定めた。
 このような歴史を踏まえ、今の「正確な時計」はどのようなものか。目の前に二つの時計があったとして、私たちはそれら二つの時計が「相互作用」するなどとは考えない。だが、それらが原子時計のような高性能な時計だった場合、精度が上がれば上がるほど、同一空間で測定される時間はより曖昧になると昨日述べた。ただ、昨日の話は余りに哲学的で、それゆえ現実的ではなかった。そこで、より具体的な話にしてみよう。
 まず、1秒とは何か。1956年までは、上述のように地球の自転周期から定義されていた。「地球は24時間で1回転するから、その86,400分の1が1秒」という訳である。1967年までは、地球の公転周期が基準で、「地球が太陽の周りを一周する時間の31,556,925分の1が1秒」だった。だが、自転周期や公転周期は、僅かでも早くなったり遅くなったりするため、1秒は一定ではなかった。今はセシウム(Cs)原子の共鳴周波数が1秒の基準になっている。これを利用して、極めて正確な時間を測る時計が原子時計である。
 産業技術総合研究所(産総研)で開発した原子時計JF-1は、2000万年に1秒しかずれず、世界最高水準の高精度。人類が誕生してから200万年、恐竜が絶滅してから6500万年と言われているから、その精度は桁外れと言える。クオーツ時計は水晶の振動を利用して1秒を測っている。例えば、水晶振動子が32,768回振動すると1秒、といった具合。一般的なクオーツ時計の精度は、6桁〜7桁程度で、100万秒から1000万秒につき1秒ずれる。かなり高精度だが、これを使って時計をつくると、100年に1秒程度ずれてしまう。ずれた時間は、修正が必要で、その正確な時間の基準を決めているのが、原子時計である。すべての原子は、固有の共鳴周波数を持っている。原子は、この共鳴周波数のマイクロ波だけを吸収したり放出したりしている。1秒の基準となっているセシウムの共鳴周波数は、9,192,631,770Hz。この周波数にぴったり合ったマイクロ波を浴びたときだけ、セシウム原子のエネルギー状態が僅かながら高くなる(これが「励起」)。共鳴周波数は一定不変だから、励起しない場合は周波数が間違っていることを意味している。つまり、セシウム原子が励起したなら、そのマイクロ波の周波数は9,192,631,770Hzだとわかる。周波数が9,192,631,770Hzなら、その周期は9,192,631,770分の1秒。そこから、周期の9,192,631,770倍の時間が1秒になる。
 原子時計とは、マイクロ波の周波数を確認することによって、1秒の長さを決めるもの。原子時計の正式名称は「原子周波数標準器」である。原子時計は、周波数を確認して、クオーツ時計の水晶発振器にフィードバックし、安定化させるためのものである。原子時計は、12桁から13桁の高精度を実現していて、それは1万年から10万年に1秒のずれである。これらの「原子周波数標準器」もチェックを受けている。チェックしているのは、「1次周波数標準器」と呼ばれる、世界に数台しか存在しない、より高精度な原子時計。産総研が開発した原子時計JF-1は、その1台。
 原子の共鳴振動数が一定不変なら、それを利用した原子時計で測った1秒も一定不変だと思われるが、原子時計に「不正確さ」をもたらす要因が幾つもある。その一つが「原子の熱運動」。原子時計で使うセシウムはアルカリ金属で、常温では固体。これを熱して、気体にしなければ、原子を扱うことはできない。ところが、気体となったセシウム原子は、熱運動が活発になり、平均300m/sという音速に近いスピードで飛び回る。相対性理論によれば、高速で移動していると、時間の流れが遅くなる。300m/sでの効果は微々たるものだが、それでも確実に存在し、正確な測定を阻んでいる。もう一つの要因が、「観測時間の短さ」。マイクロ波による原子の変化を観測する時間が長ければ長いほど、原子時計は高精度になる。ところがセシウム原子は、原子時計の中を平均300m/sで飛んで行く。観測時間はほんの僅かしかない。
 産総研のJF-1が、「原子の熱運動」と「観測時間の短さ」という問題点をクリアした手段は、画期的なもの。JF-1では、まず、原子の運動を止めてしまう。光には輻射圧という圧力がある。ごく僅かな圧力だが、小さな原子に対しては、重力の1万倍もの影響力がある。これを利用して、運動している原子に、上下左右前後の6方向から、共鳴周波数よりも少しだけ低い周波数のレーザーを当てる。原子はレーザーが交差する中心に集められ、速度が落ちるために温度が下がる。この効果が「ドップラー冷却」。原子は止まったが、そのままではマイクロ波を照射するわけにはいかない。レーザーによる影響があるため、相互作用を正確に観測することができないからである。いったん捕まえた原子を、解き放ってやる必要がある。とはいえ、レーザーを切れば原子は重力にしたがって落ちるだけだから、レーザーの圧力で、上に放り投げてやる。放り投げた直後と、落ちてきたときに、マイクロ波を照射して共鳴周波数を確認する。そのときの原子のスピードは4m/s程度。止まっている、とは言えないが、格段にスピードが落ちている。この方式によって、JF-1は、15桁(1.4×1015)の高精度を実現した。これは、2000万年に1秒しかずれないというもの。
 JF-1は、レーザー技術、マイクロ波技術、超高真空技術など、様々な技術の極限を結集した見事なものだが、それでも、「不正確さ」は存在する。「不正確さ」の原因は、既述の「原子の熱運動」や「観測時間の短さ」だけではなく、磁場、静電気などの電場、原子同士の衝突、装置そのものの黒体輻射などがあり、無視できない周波数シフトをもたらす。また、セシウム原子のスペクトルに、他の無関係な信号が混ざってしまい、どうしても分離できないという「他遷移の引き込み」という現象も発生し、重力の影響もある。アインシュタインによれば、標高が高いと重力が弱まり、時間の進み方が早くなる。
 あらためて、哲学的になると…周波数シフトの原因を究明し、それらをつぶすことによって、より正確な時計がつくられていく。だが、「不正確さ」を完全に無にすることは実に厄介で、それゆえ、約定としての「正確さ」が暫定的に求められることになる。正確な時計の制作はスーパータスクとして可能であり、正確な世界像を手に入れるための仮定として前提しなければならない。そして、時間の測定だけでなく、空間の測定でも同じことが成り立っている。少々結論を急ぐなら、時空の測定というタスクを支えているのが実はスーパータスクなのである。

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