俺はあの日以来必然的に柳からの電話、メールを無視するようになった。
それが現時点での俺の精一杯の抵抗だった。
お盆も過ぎた頃、ぷっつり柳からの連絡が途絶えた。
やっと奴も納得してくれたか……。
久しぶりに俺は安堵感を覚えた。
どだい、無理な話しなんだ。
友人だと思っていた奴から急に好きだなんて打ち明けられても。
ノーマルな自分はその想いには応えられない。
このまま何事もなかったように、元の友人に戻ってくれ。
しかし、俺の思惑は甘かったのだ。
残暑が肌に痛い夕暮れ、仕事から帰宅した俺を柳は部屋の玄関の前にしゃがみ込んで待っていた。
お、お前?!いつからここにいたんだよ?
柳はあろうことか泣いていた。
いつからって、1時間位前からかな。
それより、N、お前無事だったんだな、良かった。
ぶ、無事だよ!なんでさ!
だって電話も出ないし、メールも返事よこさないし、俺マジでお前が突然入院でもしちゃったと思ってた。
俺は大きな溜め息をついた。
とりあえず、部屋入ろう、それから話そう。
俺はうなだれてる柳を押して部屋へ入れた。そしてタオルを渡して言った。
お前、俺がなんでお前からの連絡を無視してたか、全然分かってないな。
無視してたんだな、やっぱ。
そうだよ!俺は暫くお前と関わりたくなかった、だからなんだ。
俺が、お前を好きだって言ったから?
柳は濡れ飽きた瞳を俺の方へ向けた。
そうだよ!それ以外何の理由があるんだ?俺はお前と違ってノーマルなの!ずっと女が好きで生きてきたの!それを急に男から好きだと言われても困惑する。
だから気持ちを整理するためにあえてお前からの連絡を無視した。
で、気持ちの整理は出来たの?
柳はまた泣きそうな顔になっていた、全く女々し過ぎるぜ。
まだなってない。なりそうなところにお前が現れた。
そうだったんだ。悪かったよ、急に来て。
全然悪そうな顔してないけどお前。
とにかく、Nが無事だって分かって良かったよ。うん。ごめんな。
いやいや、だからさ謝れてももうどうしようもないから。またいちからだから。
いちからでもいいよ、お前が無事だったから。
柳は弱い笑い顔になった。そして言った。
俺、お前が気持ち整理するの待ってるから。
その前に一つ、やらなきゃならないことを教える。
俺は振り絞るように言った。
お前の名ばかりの彼女、mikiだっけ?にちゃんとお前の気持ちを正直に伝えること。
それからにする、俺が気持ち整理するのは。
柳は俺を真っすぐに見つめて、分かった、と返事した。
本当に分かってるんだか、あいつ。どうも信用ならない。
でも俺があんなに真摯に言ったんだから、あいつも真摯に返すべきだ。
しかし、予想に反して、俺に連絡してきたのは、柳の彼女、mikiだった。
はじめまして、mikiと申します。
柳さんから聞きました。
私、でも諦めたくないんです。
私、真剣に柳さんのこと好きなんです。
柳さんでは拉致が明かないので、直接Nさんとお話しをしようと思って、不躾とは思ったのですが、貴方のメールアドレスを柳さんから聞いて、こうしてメールを打っています。
○日6時半に○○で会えませんか?
宜しくお願いします。
おいおい全然真摯な対応じゃないぞ!
なんで俺がmikiって女と会わなくちゃならねぇの!?
しかし、俺はその指定された場所に行くしかなかった。
俺って案外気が小さいのかも知れない。
初めて会ったmikiは、本当清純そうな可愛らしい女だった。
こんな娘がなんであんな柳なんかと!世の中絶対間違っている!
mikiは丁寧に俺に挨拶して、それからは彼女の独壇場だった。
とにかく、自分は諦めたくないと。
柳がゲイでも我慢する。必ず自分に振り向かせてみせる、と。
だから、俺は、俺が柳を何とも思ってないのなら、それをちゃんと柳に伝えて欲しいと。
本当女って自分勝手な生き物!
俺は、そうだよ俺は柳に恋愛感情はない。
それを柳に伝えて、俺は一足先にこの理不尽な修羅場から逃れよう。
数日後、俺は柳を行きつけの居酒屋に呼び出して、mikiが俺に言ったことと、俺が柳をどう思っているかを伝えた。これで友人が一人減るが仕方がない。
ところが柳はまるでmikiの亡霊にでもなったかのように俺にこう言った。
それでも俺はお前を諦められない。
mikiとのことははっきりさせる。
だから俺に時間をくれ。クリーンになってお前の元へ戻ってくるから。
はぁーーーーーー。
柳もmikiも暑さでアタマがいかれたとしか思えない!
もう勝手にしろ!俺はもうこんな馬鹿馬鹿しい茶番劇に付き合えない!
だったはずなんだけど。
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