三月十日 和泉 鮎子
暁(あかとき)を唸りつつ水を飲むといふ
井戸のほとりの楠大樹(くすのきだいじゆ)
三月十日夜明けの東京の空爛(たゞ)れ
お家(うち)燃えてるの?燃えてないよね
池の亀を案じて泣きゐる弟を
江戸弁でぴしりたしなめし母
知りびとのひとりなき地に移り来て
疎林に沈みゆく太陽(ひ)見てゐる
暁(あかとき)の闇に香を放つ一隅の
ありておびかれし弟ならずや
人を呪ふことから始まる小説でも
書かうか無住寺に雨を聴きゐる
神経の束のやうなる折線グラフ
何を示ししものとも分かず
ひとり啼くほかなき一羽か無住寺に
昨日と同じこゑのしてゐて
雑十首A4に拡大コピイする
どうも気になる古墳訪ふとて
空襲に枯れ枯れ残れる井戸の辺(へ)の
大楠(おほくす)つひに伐られ畢(をは)んぬ
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