１４ 責めを負うべき者（承前）
疑問がひとつ私の口をついて出た。
「ワニブチがその時間に落ちたのは分かるけれど、雙松（ふたまつ）は、もっとずっと前やずっと後に殺されたのかもしれないじゃない」
「いいえ、早い時間はありえません。彦島の奥さんが葬列に先行して松浦��（まつらごう）家を出るときに、雙松を目撃しています。遅い時間もありえません。もしも偽装が見つかった場合、その後に、その場所で雙松を川に落とすのは、あまりに危険です。擬装発覚後に、犯行が難しくなるという点では、被害者がワニブチであろうが雙松であろうが同じこと、いや、雙松の場合は、まず不可能になってしまいます」
ディオスは分かりましたかというように、私の顔を見た。教壇に立つ教師のようだった。
「そうすると、雙松が神社の裏から川に落ちたのは、夕方早い時間、葬列の人々や先行した女性たちが神社に着く前だったと思われます。遅くても、五時半まで。拝殿に人がいる間は、犯行は不可能だと、初音さんたち三人は判断しているし、その判断はきわめて妥当であると思われます。葬列が神社に着いたときには、雙松は滝壷の底だったのです。そして、同時にか相前後してか、ワニブチも川に落ちているのです。ワニブチが最後に小郡家で目撃された直後、おそらく、ワニブチはまっすぐ神社へ向かったのでしょう。どこかで時間を潰す必要はない。そんな時間はありません。
「もうひとつ、注意を喚起しておきたいことがあります。ワニブチと雙松は相次いで殺されたにもかかわらず、発見の時間には差がありました。雙松の死体は次の殺人が露見するころまで、見つからなかったし、それは計画的なことでした。川に落とすだけで、まず確実に命を奪える状況なのに、重石がわりのリュックを雙松に背負わせたのは、発見を遅らせる意味もあったと思われます。正確には、複数の理由があって、そのうちのひとつです。そして、おそらく計画通りに、ふたりの死体は時間をおいて見つかった。ここまでは、よろしいですか？」
私は祖父を見た。祖父はまばたきもせずディオスを見つめている。私はディオスの顔をみて、目で先をうながした。
「次に二番目の殺人、毒殺事件に話をうつしましょう。この殺人には、奇妙な矛盾点があります。池添は母屋の広間で捜索隊の報告を待っていなければならないはずでした。ところが、実際は、離れの白い家の二階で毒を盛られていました。雙松の捜索に人間がかりだされているときで、居場所の分からなくなった池添を探すのに、時間がかかりました。雙松に重石を背負わせて、発見を遅らせた理由のひとつは、おそらく、連続した殺人事件が始まったことに気づかれるのを遅らせるためだったでしょう。池添と美松（みまつ）に毒を飲ませるまで、犯人は殺人事件として警戒されるのを避けたかったはずです。池添が、事実そうであったように、即死に到らず、死ぬまでに時間がかかる可能性があったからです。池添は見つかったときに、意識が混濁していましたが、一瞬でも意識が戻れば、犯人の名を告げるかもしれません。事件の発覚は遅れれば遅れるほど、よかったでしょう。そのためには、池添が本来いるべきだった母屋の広間で、毒を飲ませるわけにはいきません。血を吐いた跡などの状況から、毒を飲ませてから動かしたとは考えられません。また、そんなやり方は、いたずらに犯行を難しくします。池添と美松は、離れの二階に連れて行かれたのちに、毒を飲まされたと見ていいでしょう。推測ですが、池添が母屋にいたなら離れで、離れにいたなら母屋のどこかで、殺人は決行されていたのではないかと思います。
「とにかく、池添は離れの二階で毒を盛られました。ところが、ここに矛盾があります。離れの電気は一階も二階も点いたままでした。國松さんは、離れに行ってみて、電気が点いていたので二階に上がってみたと言っています。発見を遅らせたいなら、当然、電気は消しておくでしょう。離れの電気を、初音さんはまめに消しています。来客の初音さんが始終点けたり消したりしているのですから、スィッチが分かりづらいとも思えません。点けているのだから、消せるはずです。犯人のミスでしょうか。確かに、人間は完璧ではありません。しかし、こんな大切なところで、こんな大きなミスを犯すでしょうか？ ふたりの雨合羽や靴を玄関に放置せず、二階に持って上がって、玄関をちらっと見ただけでは、そこに池添がいると分からないよう工夫した犯人がですよ。しかも、もうひとつ、奇妙なことがあります。犯行現場には、毒の入ったであろう一升瓶が残っていました。松浦��家の濁り酒が入ったものです。ふたりの被害者の目の前の杯にも、同じ酒が残っていましたから、そこに毒が入っていたのでしょう。これは薬学的な検査で確認できるはずです。この濁り酒は、もともと素焼きのとっくりに入れて配られていました。とっくりはそう大きくないものですから、普通は移し替えないでしょう。しかし、このとっくりは数が限られていて、どこに贈られているか、捕捉が可能なものでした。つまり、犯行現場にとっくりが残っていれば、それは致命的な手がかりになってしまう。だから、毒入りの酒は一升瓶に詰め替えて、持ち込まれた。……このことから、推理できる重大な事実があります」
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