１２ 三組目の殺人（承前）
母屋には顔だけ出して、隠居所に伝えたことを報告し、白い家の私の部屋にこもって、ノートの続きを一心不乱に書きつけた。この記録だけが、私の気力と正気を支えてくれているのだと、自分に言い聞かせながら書いた。通夜と葬式の準備を手伝わなければならない。それは分かっていたが、このノート以外のことをやろうとする意欲は、身体や頭のどこを探しても、見つからなかった。私は時間を忘れて、ただ、書き続けた。
等松（ひとまつ）と大叔父の死体を見つけたところまで書いたとき、ノックの音がした。大きな音ではなかったが、私は現実に引き戻された。顔をあげると、開いたドアの向こう側に弟子待（でしまつ）が立っていた。
「ああ、ここだったのか」
そう言うと、弟子待は向かいの椅子に座った。
「なにを書いてるの？」
私は記録をつけているのだと言った。弟子待は驚いたようだった。使っているノートはずいぶん厚い。私の字は人より小さく、ノートは終わりに近かった。
「よく、そんなに書くほど、憶えてるね」
「そうじゃなくて、憶えていることを、みんな書いていってるだけよ」
「同じことじゃない。どのあたりまで書いたの？」
「今日の午後」
「えっ、じゃあ完成？」
「完成っていうの？ これからのことも書くんだから」
「出来れば、一度、読ませてほしいな。事件のことを考え直すのに、かなり役にたつと思うよ」
「いいけど……ねえ、いま何時ごろ？」
「九時半に近いんじゃないかな。八時半すぎに松浦��（まつらごう）に戻って、初音さんを探すのに、けっこう手間取ったから」
「やだ。もうそんな時間なの。お葬式は？」
「とりあえず、今日はやらないみたい。夕方、鬼吉が、棺桶がひとつ間にあわないと詫びに来たら、國松さんが死んだことを知らされて、びっくりしてた。由美子さんは、一応起きてはいるけど、無理はさせられない。判断の必要なことは、実質的には、彦島さんとか飯�爐気鵑箸�、松浦��に近い人たちが、話し合って決めてるね。初音さん、母屋に顔出した方がいいよ。初音さんが部外者で、自分でもそう思っていることは、みんな分かってるけど、それでも、何か決めるときに、一言初音さんに話を通しとかないと、彼らの方がやりにくいから」
弟子待の言うことは、もっともだと思った。この部屋にこもったときには、思いつめていたし、余裕がなかったが、ノートをつけることで、私自身も落ち着きを取り戻していた。いまなら、通夜の手伝いも出来るだろう。私は立ち上がろうとした。だが、弟子待は手をあげて制した。
「まあ、ちょっと待ってよ。通夜だけと決まったし、準備はだいたい終ったから、少しくらいサボってても、大丈夫だよ」
そう言って、懐から、小型の魔法瓶を取り出した。外蓋と内蓋がカップになる。中はエスプレッソだった。
「ボニータが淹れたから、おいしいよ」
よい香りがした。顔が自然にほころんだ。そういえばお腹もすいている。私は礼を言って、口をつけた。
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