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2015年04月29日09:03

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正史にオマージュ 第83回

 ここまで読んでいただいてお疲れさま。これから始まる第12章が終わったところで、読者への挑戦がはさまる。つまり、被害者も手がかりも、この章で出そろう。その後、短い第13章をはさんで、謎解きが始まる。おおまかな目途でいうと、連休中に第12章をアップし終わる予定で、第13章は、3回くらいを一週間かけてアップするつもりだ。この間を考慮時間に、第14章のアップまでが回答期限ということにして、読者のみなさんへ挑戦することにする。坂口安吾にならって、最終回の原稿料を賞金としたいのはやまやまだが、そもそも原稿料がないので、まことに残念だ。




12 三組目の殺人



「等松(ひとまつ)の妙なことば言いよるけん、ちょっと調べて来(く)っ」
 母屋の玄関で鉢合わせした大叔父は、慌しくそう言った。濃紺の雨合羽に袖を通そうとしている。
「妙なこと?」
 私が言うと、大叔父は三日月形の眉を寄せて、囁くように言った。
「納屋で、松男のわしば呼びよる言うと」
「えっ!」
「おかしかろう。雙松(ふたまつ)や美松(みまつ)の言うなら、いたずらじゃ、冗談じゃですむとやが、等松の真面目か顔して言いよらすと」
「幽霊ですか?」
「まさか……ばってん、何かの企みのあっとかもしらん」
「等松が?」
「とは限らん。等松が騙されとるとかもしれんし」
「私も行きましょうか」
「そうじゃね。あ、待って。初音さんは、弟子待(でしまつ)にこんことば伝えて、そん足で神社に行ってくれんね。松男の死体の無事かどうか、一応、確かめた方が良かやろう」
 私は、抱きかかえるようにして連れ帰った由美子さんを、あがり框に座らせた。素直に言うことを聞いてくれるというよりは、自分の意志をなくしているかのようだった。彦島の奥さんも何事ならんと出てきたので、由美子さんを部屋で寝かせるよう頼み、出かけるとだけ言うと、傘もささずに歩き出した。樅の木の前を通り過ぎるとき、自然と速度が落ちて、その向こうのしんとした建物に目を奪われた。納屋を覗いてみようかと、ちらっと考えた。だが、立ち止ることなく、歩き続けた。坂へ出るために曲がるときに、母屋から大叔父が出てくるのが見えた。
 中の道に出たあたりで、雨粒を顔に感じるようになった。温かみのある風が背後から吹き降ろす。雲が急にかかってきているらしく、みるみる暗くなっていく。泥濘は長靴の足首あたりまでをくわえ込む。一歩一歩、足を引き抜くようにして歩いた。雨水が靴底で重みを増しているが、脱いで水を抜く時間は惜しかった。人っ子ひとり見えない村一番の通りは、凍りついたように静まりかえっている。歩いても歩いても進まないので、気が遠くなりそうになった。この調子では、弟子待の店に着くのに、どのくらいかかるか分かったものではない。気ばかりあせるが、やれることは、次の足を踏み出すことだけだった。左手の坂の中ほどに、渡邊さんの家が見えた。橙色の明かりが点っている。由美子さんと、あの家に駆け込んで、キリストばあさんが祈っていたのは、いったい、いつのことだったのだろう。もう何年も前のことのような気がした。

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