先日は横浜市の路面電車跡の踏破に挑戦しました。
元は鉄道が走っていた所を遊歩道にする場合には線路がわずかに残っている場合もありますが以下のサイトにありますように横浜市の路面電車にはそのような所はないそうです。
http://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=986
横浜市の路面電車がどのように走っていたかの地図は以下を参照してください。
http://home.k02.itscom.net/brc/yokohama/all_map.html
最盛期には51.79キロという路線ですので1度には無理ですが踏破した路線跡を紹介していきます。
まず上記地図で左下の杉田から根岸駅前、元町、馬車道、雪見橋、平沼橋と行き浅間下まで歩きました。
当然鉄道の跡は全くない普通の道路でした。
風景は以下のような感じです。
始発点 京浜急行杉田駅
国道16号線を歩きます
磯子駅前
根岸駅前
麦田トンネル 上記サイトにもあります
桜木町駅前
花咲橋
高島町
平沼橋
浅間下
この路線は4回歩いて20900歩で踏破しました。
次は上記サイトで六角橋から東神奈川、青木橋、浅間下、洪福寺、浜松町、久保山、浦舟町と行く路線です。
また枝線という事で青木橋から青木通も行きました。
風景は以下のような感じです。
始発点 六角橋
東神奈川駅前
青木橋
青木通
横浜駅西口 路面電車は繁華街を走るので夜でも明るいです
浅間下
洪福寺
浜松町
久保山
黄金町駅前
阪東橋
浦舟町
この六角橋から浦舟町ですが2回で11216歩で踏破しました。
青木橋から青木通は187歩なので合計11403歩です。
余談ですが洪福寺のすぐ近くに松原商店街があります。
活気のある商店街という事でテレビにも出ているそうです。
以下も参照してください
http://hamarepo.com/story.php?story_id=221
さて、横浜市の路面電車ですが自動車なら何のことはないですが鉄道ならかなり勾配がきついだろうという所もありました。
例えば平沼橋や黄金町(初音町)から浜松町に行く所などです。
昭和も50年代以降の車両なら性能が良いので何の問題にもならない事でしょうが明治や大正や昭和初期に作られた車両でよくもあんな急勾配を登り降りできたと思い感心します。
以下にありますように横浜市の路面電車は明治37年から昭和47年まで運行していました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E9%9B%BB
また、私は「京浜東北線」が桜木町までしかなかった時代に路面電車を使って東京に通勤していた人の話を聞きました。
京浜東北線がない時代は横浜市路面電車も活躍できたでしょうが京浜東北線ができてしまったら経営的に苦しくなると容易に想像できます。
しかし、現在の観点で考えると横浜市営バスの路線を減らして路面電車を廃止せず共存すればエコにもなるし良かったのではないかと思います。
もちろんどうにもならない話ではあります。
横浜市路面電車は51.79キロですので何回かに分けないと踏破できません。またいずれ踏破して続きを書きたいです。
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