6月30日
いつになく体が重い。ザックは11〜2kgだろうか、そんなに重さは感じない。眠い。やたらと生あくびが出る。
北沢峠から仙水峠への道。それほど急ではないが、なかなか歩みが進まない。途中の仙水小屋で水を飲んで一息入れる。
しばらく登ってから後ろを振り向く。仙丈ヶ岳が優美な姿を見せている。ちょっと元気が出てくる。
仙水峠に着く。摩利支天を従えた甲斐駒が大きく立ちはだかっている。反対側には鳳凰三山の地蔵岳のオべりクスが見える。明日、あそこまで行けるだろうか。オべりクスは待っているよと言っているようだった。
まず、栗沢山に登る。
「わあっ!!」思わず声を上げた。
北岳が正面に大きくそびえている。
北岳の右には間ノ岳、塩見岳、そして、仙丈ヶ岳、甲斐駒。
南アルプス北部の重鎮に囲まれている。
甲斐駒に登ったら甲斐駒は見えないのだ。
行く手のアサヨ峰、早川尾根にはガスがかかり始めていた。 鳳凰三山はガスの中だった。
アサヨ峰に着く頃には北岳、甲斐駒にもガスがかかってきた。 仙丈ヶ岳だけはくっきりと見える。
早川尾根小屋まではアサヨ峰から2時間になっていた。ないようでいてアップダウンがある。相変わらず体は重たかった。こんなに調子が出ないのは珍しいなと思う。やはり久しぶりの長時間運転、寝不足のせいだろうか。
大きな岩があった。それはまるでベッドのような長四角をしていた。昼寝をするにはちょうどいいなと思った。
横になる。20分ほど寝た。目が覚めると少し楽になっていた。
やっと2時半過ぎに早川尾根小屋に着いた。小屋は営業前で無料開放していると聞いていたが、準備のために管理人の男性がいた。
「今日はここに泊まらせていただきます。」と言うと、
「今夜から雨になるようだ。明日も降るらしい。大雨になると林道が崩れて通れなくなる。まだ時間が早いから下りたほうがいいですよ。」と言われた。
私はびっくりした。疲れていてもう歩きたくない、早く横になりたいという気持ちだった。それに、北沢峠に戻るバスはもうない。下りたら広河原山荘に泊まるしかないのだ。やはりこの小屋に泊まることにする。
1時間ほど寝た。やっと元気が出てきた。簡単な夕飯を作って食べる。
5時半になると、管理人の人が「おやすみなさい。」と言った。随分早い就寝だ。
そのすぐ後から二人の登山者が来た。テントの予定だったが、小屋が無料開放と聞いて小屋泊まりにした。外で二人が夕飯を食べるのにお付き合いして、私はウィスキーを飲みながら山の話をした。単独行は好きだが、山で出会った人と話すのは好きだ。
1時間ほどして4人パーティーが来た。そのうちの一人がごろうさんのマイミクのまっちさんだった。夜叉神峠から1日でここまで来たのだ。14時間以上かかってきたのだ。
私はまた彼らと話をしてから休んだ。
アラームをかけようと思ったが、自然に目が開くと思ってかけないで寝た。 いつもの山の夜のようにあまり眠れない夜だった。寝たのか寝ないのかわからない。時々物音はするが、目を開ける気にはなれなかった。
7月1日
目を開けてみると薄明るかった。他の人たちはまだ寝ている。携帯を見ると、4時9分になっている。あわてて起き上がる。予定では、3時起床、4時出発だったのだ。
外に出てお湯を沸かしてコーヒーを入れる。ラーメンをほとんど噛まずに喉に流し込む。パッキングをする。
5時10分に小屋を出る。他の登山者はまだ眠っていた。管理人さんにお礼を言って歩きだす。
どうしようか迷っていた。曇り空だがまだ降りそうではない。ごろうさん情報だと9時頃少し降るようだ。雨の中を歩くのは気が進まない。最短なら広河原峠からの下山、小屋から3時間。もう少し先に行って白鳳峠からの下山、小屋から3時間50分。
歩いていると木の間越しにオベリスクが見えた。これはもう行くっしかないでしょ。オベリスクが呼んでいる。
白鳳峠で小さなサブザックに必要な物だけ入れて歩き出す。軽い。
まずは、高嶺への登りだ。途中からは岩場の道になる。岩場は苦手だ。人気のコースのように鎖やロープなんて付いていない。それでも、手がかり、足がかりがけっこうあるので、それほど緊張しない。
高嶺に着く。ガスがかかっているが、富士山の下のほうだけ見える。今日は山開きだな。ご来光は見えたんだろうか。
さあ、ここまで来たんだから地蔵岳に行かなくちゃ。
ガスの中からオベリクスの上だけ見える。まもなく全容が見えてくる。あともう一息だ。
観音岳との分岐の赤抜沢ノ頭に出る。これで夜叉神峠から北沢峠までの道がつながった。
地蔵岳でオベリスクを見上げる。2年前に夜叉神峠から往復したことを思い出す。あの時はオベリスクの途中まで登ったな。バスが通っていない6月半ばだったから夜叉神峠からの往復になった。あの時は梅雨時なのにいいお天気になったな。
そろそろ雨が降り出す時間になった。ゆっくりとはしていられない。高嶺の下りの岩場も雨だといやだし、白鳳峠からの下りも大雨だと大変そうだ。
下り始めて間もなく小雨が降ってくる。慎重に高嶺の岩場を下る。白鳳峠に戻る。置いておいたザックに荷物を入れる。背負うとだいぶ違う。でももう下るだけだ。バスまではたっぷり時間がある。あわてることはないのだ。一人だから誰にも気を遣わずマイペースでいいのだ。
午後1時頃広河原に着く。ほっとする。歩き通せた。
バス時間までは1時間半ほどある。トイレで上だけ着替える。たいした雨ではなかったが、汗もかいてシャツはびしょびしょだった。
やがて、広河原から北沢峠へ、そして、バスを乗り継いで戸台の仙流荘の駐車場へと戻る。
今回の山行、思ってもいないほどバテた。荷物は重く感じなかった。寝不足での登山は慣れているつもりだった。でも、何かが違った。ある意味修行だった。いろいろなことを考えさせてくれた。
今回もし地蔵岳まで行かないで下山していたら、これほどの達成感はなかっただろう。ただ尾根道を歩いただけになっていただろう。
ありがとう、オベリスク。あなたが呼んでくれたから歩けたんです。夜叉神峠から北沢峠までつながりました。
さあ、次は?私の中にはまた歩きたい道が頭をもたげていた。
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