朝からちょと曇天 たけのこ掘り あるにはあったがまだ小さい やはり4月の声を聞かんとダメかな その後茹でること一時間半 釜でグラグラ のち草むしり
昼になる もらったうどん700グラムと5等分にして 一食140グラムを茹でて220グラムになる 5分くらい茹でて 5分くらいつゆで煮込む 具はほうれん草をふた株とってきて入れた うまいね それに買ってきてあるたこ焼きひとつずつ ヨーグルト果実入り
午後はやはり草取り 人参のあるところに生えた草 肥料があるので大きくなって 草むしりのレベルでなく引っこ抜き 大相撲が千秋楽なので 早めに見る 2時半からお茶に相撲になる
夕飯は昨日持って井帰った惣菜を適宜選んでレンジで加熱 コロッケ小さいがやはり加熱して半分ずつ 母の炊いた煮物も小鉢に みんな半分ずつ ご飯97グラム 白湯 甘夏1/4ずつ
今宵一枚目の音楽は 〈タワレコ限定〉アンゲルブレシュト/ドビュッシー:歌劇“ペレアスとメリザンド”1963年ステレオ・ライヴ シャルラン録音(SACDハイブリッド)
土曜日に母の歯医者さんのついでに予約してあったので購入 ねだんもよく見んで注文したので 聞いてびっくり 三枚組 12100円 偶然一万円札を一枚持っていたのでよかった と云ふことで
クロード・ドビュッシー:歌劇《ペレアスとメリザンド》全曲 (3枚組)
【演奏】メリザンド:ミシュリーヌ・グランシェ
ペレアス:カミーユ・モラーヌ
ゴロー:ジャック・マルス
アルケル:アンドレ・ヴェシエール
ジェヌヴィエーヴ:マリー=ルース・ベラリー
イニョルド:フランソワーズ・オジュア
医者:マルセル・ヴィニュロン
フランス国立放送合唱団(合唱指揮:ジャンヌ・ボードリー=ゴダール)
フランス国立放送管弦楽団
デジレ=エミール・アンゲルブレシュト(指揮)
【録音】1963年3月12日/シャンゼリゼ劇場(ライヴ)(ステレオ録音)
タワーレコードから拝借します
アンゲルブレシュトが1965年に亡くなった後、追悼盤として200部限定でLP化され関係者に配布されたのち、世に出ることなく眠っていた、名録音技師シャルランの手による1963年の《ペレアスとメリザンド》。その貴重なアナログマスターを用い、ALTUSがマスタリングを施してSACD化。アンゲルブレシュトは《ペレアス》を特別な音楽として生涯大事に演奏し、フランス国立放送管とは8回もの放送録音を行っていますが、当録音はその最後のもの。ドビュッシーの音楽精神に深く没入した、どこまでも崇高な演奏が刻まれています。今回、記念企画として新規序文解説、作品解説と歌詞対訳が付いた78ページの解説書を収録。特別価格、限定数でのリリースとなります。
フランスの指揮者、デジレ=エミール・アンゲルブレシュト(1880年9月17日〜1965年2月14日)は、大作曲家ドビュッシーの数少ない親しい友人として知られています。二人の本格的な交友は1912年、アンゲルブレシュトが《聖セバスティアンの殉教》のオラトリオ版の初演指揮を行ったときに始まります。演奏会は大成功を収め、ドビュッシーとの往復書簡が始まりました。"Mon cher Inghelbrecht"(親愛なるアンゲルブレシュト)という敬語で始まった文通は、やがて "Mon cher ami"(親愛なる友人へ)と変わり、二人の友情は、互いの才能に対する尊敬だけでなく、感情や秘密の共有にまで至りました。1918年にドビュッシーが亡くなると、アンゲルブレシュトはドビュッシー作品紹介に尽くしてゆくようになります。なかでも極めつけ、と言われたのは歌劇《ペレアスとメリザンド》の指揮でした。アンゲルブレシュトは22歳の時に、この歌劇の初演に接しており、その時の感動を次のように記しています。
「私は一生、この冒頭を初めて聴いたときのことを忘れないだろう。音楽を聴いて以来初めて、それが何でできているのかがわからなかった。あの不思議な感覚をもう一度味わうためなら、私は何だってする。この最初の4小節の完璧なバランスにおいて、メサジェ(初演の指揮者)は、理論とは何の関係もない、感性のみに依存する『多すぎず、少なすぎず』という稀有な直感のおかげで、この問題を解決した」。
そして、《ペレアス》を演奏する要諦を次のように語ります。
「最もよくある間違いは、まるでサン=サーンスやベートーヴェンの交響曲のように楽器を登場させることだ」。
オペラ以上にオペラ的な・・・
さて久しぶりに次の音楽でなく 朗読の時間を久しぶりに聞くとしよう
新日曜名作座「星落ちて、なお」(5)一昨日のバス旅で 寅さんのお店近くに昔懐かしいものが売られ プロマイドも売られており 初めて買ってみた 一番綺麗だった竹下景子 それに南沙織 初めてプロマイドなんぞを買ってみた しかしもうどこに置いたか不明
書物をしばしば適当に本棚に並べることは 難しい仕事である 本の内容に従って並べると 大概だらしのない本棚になってしまふ 本の大きさや色合いによって並べるとすると 見栄えのする棚にはなるが’自分の望む本を見失う恐れがある
To have a reading knowledge of a language is one thing: to have a speaking knowledge of it is a different thing altogether.
民主主義は 歴史的にいへば 極めて最近できたものである 民主主義はまず第一にここの人間の人間が最も大切なもの——国家よりも 国富の総量よりも そのほかのどんなものよりも大切なものであると云ふ信念である 第二に民主主義は人間は平等であると云ふ信念であるが 平等と言っても各人が同じであるとか あなじ才能を持っていると云ふ意味ではなくて そんなことは明らかであるゆゑ すべての人が ある種の基本的な機会を与えられるべきであると云ふ意味である
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