あくまで第三者の目線で事件を見る私の主観でしかない感想だが、
心神が喪失した状態だろうと耗弱とされる状態だったとしても、
我がの手が子供を殺したその手であったなら、
弁護士が無罪を主張できるとしても、それを求めてゆくのに賛同は元より、
沈黙で流されるなど出来はしない、
犬猫好きの人たちに感覚で訴えるなら、
自分の就寝中に意識も無くネコを殺していたならば、
犬を殺していたならば、
悲しい事として次のネコ、犬を飼うなど出来るだろうか?
周りが”いいよ”と言っても自分自身がそう認めない、
飼えない、飼ってはいけないと考え、犬猫から遠い生き方をしようとする、
私がどう考えても理解出来ないのは、
子供を殺した自分を社会から、
子供から遠ざけねばならない、と言う思考視点を欠いている事だ、
無罪が確定したなら、その後、医療機関に身を委ねる事にもなるだろうが、
何年後、十何年後だとしても、子供に家族に、縁のない他人だとしても、
いつ接する機会が得られるだろう?
自分がまた”殺すかも知れない誰かに”
その嫌悪、いや恐怖と言った方がよいだろうか、
利己的な考えで言えば”自己保身”の思考だとしても、
我がを社会に戻すのを”是”可”とする思考が理解出来ない、
自分と自分に関わるものを、どう小さくまとめ折り畳んでゆこうか、
それだけを考えてしまうような気がしてならない、
出来る事なら押し畳んで見えなくなれるほどに、
その思考からすれば、地裁ではあるが無罪を勝ち得たこの母親、
子を殺した自分に対する恐怖はないのか?
子供が居る社会に解き放たれる自身に、
また母となってしまうかも知れない自分に、
また殺めてしまうかも知れない自分の生に、
それが何よりの不信感だ。
■2男児殺害の母に無罪=心神喪失を認定―那覇地裁
(時事通信社 - 02月24日 20:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6863286
沖縄県宮古島市の自宅で昨年、
3歳と5歳だった息子2人の首を絞め殺害したとして、
殺人罪に問われた母親(40)の裁判員裁判の判決が24日、那覇地裁であった。
小野裕信裁判長は事件当時、
心神喪失状態だったとして無罪(求刑懲役8年)を言い渡した。
検察側は、刑事責任能力が限定的な心神耗弱にとどまると主張したが、
小野裁判長は「抑うつ障害により行動制御能力を失い、
心神喪失の状態にあった合理的な疑いが残る」と判断した。
母親は、昨年2月に自衛隊官舎の自宅で長男=当時(5)=と
次男=同(3)=の首をベルトや洗濯ロープで絞め、
殺害したとして起訴されていた。判決によると、2人には発達の遅れがあった。
中村功一那覇地検次席検事の話 判決内容を精査し、適切に対応したい。
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