今年、最も学んだことは、今までずっとあったものは、あるのが当たり前ではなく、次の瞬間には失われるかもしれないということ。
人の命も、人の持っている機能も、データも、環境も。
自分的、今年の漢字は「失」だわ。でもそれは多くのことを教えてくれた。
春には、伯母を失った。そのすぐ後に父が失語になった(でももうほとんど治った
)。夏には前から虫歯だった歯が折れた(笑)。秋にはメールアプリの不具合で2年3ヶ月分のすべてのメールとメールアプリに保存してあったメモなどが失われた(でもこれはまだ諦めてないんだけど今のところ復旧できてないからかなりダメな可能性ある覚悟はしてる)。冬には、仕事で今の現場を離れることになった。(まあでもそれは失うというよりは移るという感じだけど。)
一年のうちに、こんなにもたくさんの失う出来事があるということは滅多にないと思う。
でもどれも、伯母を失ったことに比べたらどうでもいいような小さなことだけど。父の失語はどうでも良くなかったけれど、だいたい治ったから。
今あるものは、すべて、いつ失われるか分からないから、今あることを噛み締めておかないといけないと思った一年だった。
何か、感謝の念を伝えておく必要があるときは、すぐに伝えないと間に合わないかもしれない。その人は明日、生きているか分からないから。自分も明日、生きているか分からないから。
今日、話ができた人と、明日の朝にはもう二度と同じように話ができなくなるかもしれない。その人が明日も喋れるかどうか分からないから。
今日、見れる月は、明日は見れなくなるかもしれない。月はずっとあり続けても、自分が明日も地球上にいられるか分からないから。(明日死んだとしても自分の身体はまだ地球上にあるだろうけれど自分の意識が地球上にいるかは分からないから。)
だから今日、月が綺麗だったら今日、その美しさを存分に味わう。雪が綺麗だったら、その景色はもう一生見れないと思って見る。風が心地よかったら、それは一生、味わえないものだと思って、その風の温度と速度と匂いを噛み締める。
今日、友達から連絡が来たり、こちらから連絡したりしたら、それはもう二度とできないかもしれないと思って、内容を噛み締める。
たとえ失われなくても、毎日、景色は変わるし、日の長さも変わるし、自分の状態も、他人の状態も変わる。だから、絶対に同じことが同じようには起こらない。
だから、今あるものは、今しかない。地球上にいる限り、そして自分が生物(なまもの)である限り、いつも、今しかないもののなかで生きているということを自覚していたい。
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