ブラウザでは、簡単に戻れる。
ぺこぱは言った。時を戻そう、と。
時間は進む一方であるはずなのに、僕らは戻ることが許される時がある。
その時が近づいては遠くなり、また、その遠くなり方は、
不思議なことに同じ感覚にはならない。
僕らには、何か戻るというよりかは、こうありたいと思う、
潜在的な意識があり、そこに、何回到達できるかで戻ると言うことを実感しているだけなのかもしれない。
そしてまた不思議なもので、到達は常に点であり、
そこに佇むことが、なぜかできないようになっていて、
どこか違うところにまた、立たされる。
面にはなっていないのが、到達というものが持つ、不思議な性質だ。
そんなわけで、小生は、6月末に、東京単身赴任が解かれて、
神戸に、戻ることになる。
いつの間にか、子供たちは成長し、ひと昔に相当するdecadeの期間が過ぎていることにも気付いた。
走ってきた。戻るという感覚はなかった。進み続けた。
そのつもりだった。
しかし久々に感じるこの、戻る感覚は、
何か、今回に限り、とても新鮮なものである気がしてならないのである。
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