少し前から、小説家の西木正明さんの作品が好きになっています。
最初に読んだのが、挿絵画家の辻まことを描いた「夢幻の山旅」だったと思います。
その後、「冬のアザレア」、「水色の娼婦」を読んでいます。
綿密な取材に基づいて、ドキュメンタリーのような作品が多いようで、
実在の人物を客観的に描いているのが良いと思っています。
先日、図書館から「孫文の女」を借りて来て読みました。
「アイアイの眼」、「ブラキストン殺人事件」、「オーロラ宮異聞」と
表題作「孫文の女」の4編を収める短編集です。
それぞれ女性を主人公にした作品で、基本的に史実を踏まえています。
「孫文の女」を今日の午前中読みました。
この中では、
孫文を、興味があるのは「革命、読書、女」と語る人物として描いています。
孫文は、日本に亡命していた時期があり、日本を拠点にして活動していて、
犬養毅や宮崎滔天など多くの人が支援しています。
孫文は、18歳の時、同郷出身の盧慕貞(ろぼてい)と結婚しています。
盧慕貞はハワイに住んでいたようで、後に離婚しています。
その後、孫文は38歳の時に日本で16歳の女学生大月薫と結婚し、
最後の結婚の相手が有名な宋慶齢です。
大月薫と出会う前に、浅田ハルという身の回りの世話をする愛人もいたようで、
「孫文の女」では、この浅田ハルと大月薫の2人を描いています。
大月薫と孫文の間には、女の子がいて、里子に出されています。
孫文は娘の出生前に日本を離れ、大月薫とは縁が切れたようです。
大月薫は、その後銀行家の一族と結婚して静岡県に住みますが、再び離婚し、
栃木県足利市の寺院の住職と結婚して、1970年、足利で生涯を閉じました。
長くなりましたが、ここまでが前段です。
西木さんの「孫文の女」の最後に掲げられた参考文献のリストの中に、
1984年8月18日付下野新聞「県内にいた孫文の愛人」があるのに気が付きました。
それで、昼食に出た時に県立図書館に行って、この記事のコピーを取って来ました。
この記事は、これまでの関係が、
孫文の研究者の日本女子大の久保田文次教授によって明らかになり、
その遺児の宮川富美子の存在も判明したとの内容でした。
記事のサブタイトルには、「ロマン秘め再婚、14年前に死去」とありました。
この記事によると、大月薫と静岡県の銀行家との離婚の理由は、
行李の中に隠してあった孫文の手紙が見付かったからとの事です。
孫文は、ハワイやベトナムのハノイなど転々としていましたが、
「中山樵」や「高野長雄」などの偽名で手紙を送って来たとの事でした。
宮川富美子は足利市を訪ね、大月薫と会っています。
この記事が書かれた時には存命で、取材に対し、
母親を恨んだこともありましたが、
青春時代の恋のため数奇な人生を歩んだ母の立場も理解できますと語っていました。
今日は孫文の女性関係で楽しめた一日でした。
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