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2019年09月20日18:03

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原発事故、なぜ責任問えぬ 東電元トップ無罪判決に怒り

■原発事故、なぜ責任問えぬ 東電元トップ無罪判決に怒り
(朝日新聞デジタル - 09月19日 23:24)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5795054

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未曽有の原発事故をめぐり、東京電力の旧経営陣3人の刑事責任が問われた裁判で19日、東京地裁は無罪判決を言い渡した。「不当な判決」「市民常識とかけ離れている」。福島で被災した人や支援者からは怒りや失望の声が上がった。


 午後1時15分すぎ。福島原発刑事訴訟支援団のメンバーが「全員無罪」と書かれた紙を持って東京地裁前に出てくると、待っていた人たちからは「ふざけるな」「不当判決だ」との怒号が飛んだ。


 事故後に福島県大熊町から水戸市に移り住んだ菅野正克さん(75)は、傍聴席で判決を聞いた。「一般市民との常識の乖離(かいり)がやっぱりあった」と怒りを抑えながら話した。


 父の健蔵さんは2011年3月の事故当時、大熊町の双葉病院に入院していた。病院内で数日間の待機を余儀なくされ、その後は県内の避難所や病院を転々とした。移動距離は計250キロ。3カ月後の6月、99歳で亡くなった。


 菅野さんは「多くの人が避難を強いられ、いまだに帰還のめどが立たない状況に置かれている。企業のトップが責任を取らなくていいのか」と訴えた。


 避難先からこの春、原発から40キロの福島県飯舘村に戻った大久保美江子さん(66)は、自宅のテレビで判決を聞いた。「事故を繰り返さないため、トップの責任をはっきりして欲しかった」と話した。


 事故の1カ月後、村に避難指示が出ることが伝わると、同居する義父の文雄さん(当時102)は「避難したくない。長生きし過ぎたな」と言い残して自宅で首をつった。大久保さんらは悔しさから東電を提訴。裁判所は事故との因果関係を認め、判決は確定した。


 しかし、今回は無罪判決。「刑事裁判はハードルが高いが、無罪判決では亡くなった人が浮かばれず、遺族は心にポカンと穴が開いたままだろう」と思いやった。
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責任の所在という場合には、ふたつのものがある。それは事象の原因と、結果の罰則である。前者の場合、そのものの不注意、判断、決断、ミス、誤解、運などが考えられる。小さな事象であるならば、それが唯一の個人に帰結する場合もある。

例えば皿を割った場合、その理由は幾らでも挙げられるが、少なくとも該当者は少ない。これはアクターが少ないという事もできる。故に、判断は極めて単純になる、そもそも、数人のうちから、関係なさそうな人を除外してゆけば、だいたい残った人が当事者だからだ。

所が、これが巨大な事業とその結果おきた事故、事件となると、足尾銅山であれ、敗戦であれ、水俣病であれ、薬害エイズであれ、その責任者をほんの数人に絞れることは珍しくなる。

安部英など無能の極致と認められる一人であるが、それでも、紆余曲折があり、どのような判断を辿ったのか、履歴でもなければ把握できない。ある時点で、舵を切ったのが、極めてまずかった、つまり、勘が悪い、という場合、その原因をどこに求めるのか、お金を受け取ったのか、偽情報に飛びついたのか、老化による劣化なのか、なんとも言えない。

いずれにしろ、地震の発生も津波の発生も、誰もが警戒していたのは確かであって、すると、問題は、何時と規模が争点になるのは明らかだ。この場合、何時かは起きる、くらいはその辺の幼稚園児でも語れるし、それが確かであることを否定する者はいないはずだ。

何時かは分からないとは、明日かもしれず、100年後かも知れない。規模にしても5mかもしれない、15mかも知れない、25mかも知れない。チクシュルーブ級の隕石が衝突すれば300mである、どの高さが対象なのか。この程度の話ならだれにでも言えた。

言うだけならタダである。その点でマスコミは指摘していたという言い訳を用意しているだろうが、国であれ、研究者であれ、官僚であれ、マスコミであれ、少なくとも2011年が危ないと言っていた人は一人もいない。もちろん、1億人もいれば、そう言っていた人もいるのだが、それを積極的に採用するには、少々頭のねじを外す必要がある。

そういう訳で、予見性について語る場合も、期間と規模についての妥当性が必要である。もちろん、問答無用で、最初の指摘の時にすぐに着手しておけば、対応できていた可能性がある。だが、何に対してもそれをするならば、コストの問題があって、例えば電気代を10倍、20倍にしても構わない、という許可さえあるなら、誰がトップになっても構わない。

彼らが、様々な指摘対して何と相談していたかは明らかである。それに必要な事業費と電気代の関係だけである。安価で安定した電気供給というのが絶対にゆるれない部分であったから、安全性は、もちろん、重要である。ちょっとやそっとの地震如きで電気供給を止める気はない。

だから、津波なら何mのが来るかを教えてくれという、過去には10mがあった、15mがあった、どうも20m以上もあるらしい。さて、それはいつ頃くるんだろうか。

もちろん、あらゆる点において、なにひとつ瑕疵がないなとあり得ない。事故の内容を詳細に見れば、全ては起きる前に決定していたように思われる。なぜ発電装置は、地下に置かれたのか、水が下から上に溜まるのは誰でも知っている。なぜ、ディーゼル発電を監視していた人は居眠りをしたのか。彼がネタおかげで燃料が空になって発電装置は停止した。

すべてのやり方が最小コストによる最大効率という生物伝統のやり方でやった。バックアップも、緊急の方法も、足りなかった。そういう意味では彼らの欠点は、どこまでは耐えられ、どの時点以上は、絶えられないかの検証と、絶対防衛圏を突破されて以降の計画であった。だが、通常は、それを超えたらやりようがないというのが現実であって、そういう意味では事故後の対応は、ほとんど奇跡であって、運がよかっただけとさえいえる。

そういう事象において、彼らには判断する権限があった。そして、結果論でいえば、彼らはそれに失敗した。間違った決断をしていたと言える。では間違った決断が有罪というなら、間違った決断のどこで有罪と無罪を切り分けるのか、その絶対的な基準線はどこだ。それを誰も語っていないはずである。批判するのは簡単だ。だが、この基準線がないなら、それは難しい。

新聞社やテレビ局が誤報を出すことはよくある。なんなら必要な報道さえしない事もある。NHKでは公共放送としては更にひどい。公共放送が国営放送のように振る舞っても、なんら自らを律する事はない。だが、それでも彼らが防止策を策定するまで発行を中断したなど聞いたことはない。なぜ原子力発電だけを停止できるだろうか、平時と戦時を同じ判断でやれるなど考えられない。

だが、これだけの結果を生じた限り、誰かが罰せられなければならない。これは当然なのである。自ら罰する人が東京電力にはひとりもいなかった。だから、他人が罰するしかない。これも当然である。その3人に選ばれたわけだから、無罪など信じられない、というのも自然な感情であろう。司法という制度としてみれば無罪が妥当なのだ、彼らを罰するだけの基準が確定していない。だが、正義という観点でみるなら、無罪はありえない。この3人ではないにしても誰かが罰を受けるべきだ、という感情から、羊が探されなければならない。これは生贄を求める声である。

もし社会的な意義があるとしたら、なめた真似したら社会的に抹殺するぞ、という共通認識を社会は必要とする。群れ、集団を形成する動物は、この考えで集団をまとめる必要がある場合を経験する。だから群れからはぐれたり、村八分にするというものが効果をもつ、集団からはぐれると生存率が下がる、というのは自然な話だ。

だから、我々は進化できたともいえるし、大きな変化をするためには、集団から追い出される必要がある。我々の祖先が戦いに負け、森から追い出され、アダムとイブがエデンを追放され、スサノオが神逐されたから我々は人間になれたのだ。

そういう考えは何前年も前からあって、だからブルータスはカエサルを討ったのだし、江戸時代の武士たちは、自らを刀で切ったのである。ムッソリーニは吊るされた。ヒットラーでさえ自殺した。ただ東条英機だけは自殺にさえ失敗したのである。実際に日本人はあだれだけの敗戦を経験しながら自らの手では誰一人として縛り首にできなかった。それを代理になってやったのは勝者の側であった。

そんな我々に彼らを罰するだけの思想も理念も正義も持っているようには思えない。これだけの大事故の原因がたった3人のはずがなく、電力会社だけの問題のはずもない。だれがも逃げおおせたとこの判決で思っているはずである。

たしかに、地震の発生も津波の到来も彼らの責任ではない。それへの対策を怠ったのか、それとも時間をかけただけなのかも決定的ではない。だからといって、なんら瑕疵がないとも思えない。まったく非の打ちどころのない完璧なものだったはずもない。では、こういうものをどう考えるべきなのか、どう後世につたえてゆくべきなのか。

もし社会的に批判できないとしても、歴史的に誰の名を残すべきなのか、誰を愚者として、誰を無能として名を刻むべきなのか。これさえも難しい。そしてそういう判断を最終的に諦めたものは、ただ歴史として自分の思いを記すしかないのである。司馬遷の思いもそういうものではなかったか。

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