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2022年01月01日12:49

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【創作】迅雷のゲイルフォーミュラ【01】

【創作まとめ】 
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【Episode01:相剋Dreamer】

目次

序 章:夢の始まり
第一章:疾風の世界へ
第二章:白銀の閃光
第三章:姉として
第四章:バディ
第五章:応援と心配と……
第六章:EVOL
第七章:グロリアスロード
第八章:灼熱の鮫
第九章:幸運狂走曲
終 章:夢の続き

 ◇◆◇◆◇◆

【序章:夢の始まり】

 熱風が吹きつける。
 暦上は秋に切り替わったものの残暑厳しい10月の太陽の下、少年の相眸が見開かれる。
 身を乗り出すようにフェンスにしがみつき、遠くをじっと見つめる。
 揺らめく陽炎のヴェールを突き破って姿を現した鉄の獣を、一瞬でも見失わないように必死に目を凝らす。
 風よりも迅く疾駆するその獣が通り過ぎるたびに、空気を切り裂く高周波と咆哮じみた爆音が轟き、臓腑と魂を鷲掴みにして揺さぶっていく。
 そして沸き上がる歓声。
 高鳴る鼓動、昂る興奮を抑えることが出来ず、少年は叫んだ。
「父ちゃん。オレ、将来F1レーサーになるよ!」
 2044年。
 小学六年の秋。
 鈴鹿サーキットにて人生初のF1レースを観戦をした風切修(かざきり・おさむ)の瞳は、秋空の太陽に照らされ夢見る光に輝いていた。


第一章:疾風の世界へ

 2045年、4月。
「いってきます!」
 春の麗らかな陽射しの中、学年を一つ上げて黒一色の学帽と学ランに身を包んだ風切修が通学路へ踏み出す。
 照り返す陽光が眩しく、手を翳して遮る。
 少し大きめのサイズの学ランだが、全てのボタンを閉めればさすがに息苦しい。
 詰め襟のホックと第一ボタンを外して空気を吸い込むと、春の暖かな陽気が肺と心を満たしていった。
 人生の半分を過ごした小学校を卒業し、中学へと進級した。
 卒業して僅か数日で内面的に何かが変わったわけではないが、新しい制服に袖を通すとなんとなく大人の階段を昇ったような気がする。
 中学校へと続く並木道では、満開の桜がオサムの入学を祝福するようにアーチを描いている。
 これから三年間通う天馬橋中等学校には、オサムが通っていた東天馬橋小学校と、 隣接学区の第二天迅小学校の卒業生が通うことになる。
 私立中学へ進学した者とは別々になるが、一学年の人数は単純計算で二倍。
 半分は同じ小学校出身の顔馴染み、残りの半分は知らない生徒だ。
 いつだって新しい出会いは期待と、少しの不安が伴う。
 だけど不安を畏れていては先に進めない。
 学帽の位置を正し、桜吹雪で彩られた並木道を進もうとした時、背後から声がかけられた。
「なに一人でぼーっとしてんの?」
 振り向いた先にいたのは、隣の家に住む同級生で幼馴染みの紅川奈瑞菜(べにかわ・なずな)だった。
「今日から中学なんだなーと思って」
「なにそれ、ジジくさっ」
「てか何でナズナがいるんだよ」
「ほぼ同じ場所から同じ時間に同じ学校に行くんだから、家を出る時間も被るっての」
 言われてみれば納得の理由だった。
 5月生まれのナズナと6月生まれのオサム。ずっと一緒に成長してきた幼馴染みも今日から中学生になる。
 濃紺のセーラー服に身を包み、サイドアップに留めたツインテールが風に靡く。手で髪を押さえるその姿は、先日までランドセルを背負っていたとは思えないほど大人びて見えた。
「どしたの?」
 オサムの視線に気づいて、睫毛の長いくりっとした人懐っこい目を、上目遣い気味にして見上げてきた。
「いや、馬子にも衣装だなあって」
「はあ? ケンカ売ってんの?」
「ちげえよ、制服似合ってるって言ってんだよ」
「そうは聞こえないんだけど!」
 ほんの少しだけ頬を上気させ、ナズナはそっぽを向く。
 自分でも何を言っているんだと思う。
 今のを同級生に聞かれでもしていたら、どんな噂を流されることか。
 家が隣同士ということもあり、小学生の頃から散々からかわれてきた。
 断っておくが、オサムとナズナはいわゆる男女の仲ではない。
 共働きで両親の帰りが遅いオサムは、幼い頃からよく紅川家に預けられた。一緒に夕食を食べさせてもらっていたのだ
。というかつい先日まで小学生だったということもあり、親が一人で自炊することを禁止していたので、今でもほぼ毎日夕飯をよばれている。
 それだけ一緒に過ごせば、友達や恋人と言うよりも兄妹の感覚に近い。
 オサムにとってナズナはお転婆で生意気な妹のようなものだ。
 もっとも、ナズナからすれば一ヶ月早く生まれたこともあり、オサムこそ手のかかる弟だと思っているのだろうが。
 お返しと言わんばかりに、今度はナズナがジロジロとニヤついた目つきでなめ回すように見てきた。
「ムッくんは戦後の学生写真から出てきた感じだね」
「今時学ランに学帽とか時代遅れもいいとこだよ」
 ナズナはカメラマンのようにオサムの姿を指で作ったフレームで囲う。
「だよねー」
「あと解ってると思うけど、学校ではムッくんって呼ぶなよ」
「わかってるよ、風切くん」
 幼稚園くらいまでナズナには『オサム』という発音が難しかったようで、その頃からずっと『ムッくん』と呼ばれてきた。
 さすがに学校でそう呼ばれるのは気恥ずかしいというか、周りが面白半分にからかってきて面倒なのでやめさせている。
「なんならムッくんも昔みたいに『ナッちゃん』って呼んでもいいんだよ?」
「呼ばねえって。それより急ぐぞ、入学式で遅刻とかシャレになんねえし」
「そだね」
 互いの制服姿に新鮮味を感じたとはいえ、少し足を停めて話しすぎた。
 二人は他愛もない談笑を交わしながら、同じ目的地に向かって歩き出した。

 ◇◆◇◆◇◆

 校門を通り抜けると最初に目に入ったのは桜の木に囲まれた前庭と、そこに立てられた大きな掲示板だった。
 テレビで見た高校や大学の合格発表みたいだと思った。
 掲示板のそばには教師と思われる女性が、登校したばかりの生徒にプリント用紙を配りながら声をかけていた。
「自分のクラスを確認して、各教室に向かってくださいね」
 オサムとナズナも受け取った。
「ああ、クラス分けね」
 受け取ったプリントには教室への行き方が簡単に記されていた。
 掲示板を見上げるとクラスごとにずらりと名前が並んでいる。
 1クラス34人、合計5クラス分のクラス分けが張り出されていた。
 オサムとナズナは端から順番に自分の名前を探していく。
「あった。オレはB組みたいだな」
「ウチもB組。これから一年よろしくね、風切くん」
「はいはい、紅川さん」
 学校では近過ぎず遠過ぎず。それがオサムとナズナのルールである。
 どんな世代にも噂好きの人間はいるものである。やれ誰と誰がつき合っているとか、あのカップルがどこまで進んでいるとか、必要以上に詮索され、面白おかしく茶化されることも珍しくない。
 ある事無い事を好き勝手に噂され、仲のよかった男女が疎遠になったケースも数知れず。
 自分達の平穏を守るためにも、ほどよい距離感というものが大事なのだ。
 二人はB組のメンバーを確認していく。
「天迅と半々ってとこだな」
 つまり半分は知らない生徒だということだ。
「友達出来るか心配?」
「んな心配してねえよ」
「じゃあカノジョは?」
「ピンとこねーよ」
 この手の話は苦手なので、オサムはプリントの案内に従って教室へ足早に歩き出す。ナズナもそれに続いた。
 ナズナとの関係を噂されたことなど一度や二度ではない。
 彼女の見た目は可愛らしい部類に入ると思う。
 162センチのオサムより頭一つ分小さく、健康的な肉付きがスタイルの良さを引き立てている。胸の膨らみこそまだ微々たるものだが、中学一年生という年齢を考えれば伸び代は未知数と言える。どこか犬っぽさを彷彿させるくりっとした瞳は、無条件で人当たりの良さを感じさせる。サイドアップにしたツインテールと相まって小型犬のような明るくて元気な印象を与えていた。
 好きかと訊かれれば好きだけど、恋人にしたいかと訊かれれば否だ。
 ナズナに対する好意は、恋人としてのそれではなく家族のそれに近い。
「カノジョってそんなに欲しいもんかねえ」
「お子ちゃまな風切くんにはまだ早いか」
「そうだな」
 周りの同級生と比較して、そういった感情に疎い自分はまだまだお子様なのかもしれない。
 なんせ今はそんな事よりも気になって仕方ないものがあるのだから。
「男は恋よりも夢に生きないとな」
「夢、ねえ。まだ諦めてないんだ」
 小さく溜め息を吐いたナズナは、胡乱げな瞳で見上げてきた。
「ぶっちゃけ無理めじゃない?」
「こういうのは壁が高い方が燃えるんだよ」
「ま、どーでもいいけど」
 目的の教室が近づいてきたのでナズナは軽いステップを踏んで離れ、入り口をくぐっていった。
「おっはよー!」
 教室からは挨拶を返す女子の声が聞こえてくる。
 続いてオサムも教室に入る。
 中では生徒達が雑談で盛り上がっていた。
 パッと見た感じでは各小学校の出身者同士で固まっているようだ。
 その中の一角、顔馴染みの男子グループの一人が教室全体に聞こえる声量で声をかけてきた。
「なんだよ、入学式から夫婦で出勤とかアツいねえ!」
「バカ言ってんじゃねーよ」
 散れと言わんばかりにしっしっと手であしらう。
 男子からのやっかみも含んだからかいには慣れっこだ。東天馬橋小学校の連中には家が隣同士なのはバレているのだから。
 だが第二天迅小学校から来た生徒は別だ。
 知らない生徒からの好奇の視線がまとわりつく。
 いつもの事だと無視して黒板に視線を向けると、教室の座席表が描かれていた。
 どうやら席順が既に決まっているらしい。
 一列あたりの席数は六席、それが四列。五席の列が二列。男女が隣り合わせになるように配置されているようだ。
 そして席順は出席番号順になっている。風切の『か』は前半だ。教壇から見て左端の列、廊下側の前から四番目がオサムの席のようだ。
 さっそく席に着いて、鞄を机の横にあるフックにかける。
 すると前の席に座っていた見知らぬ男子が、振り返って話しかけてきた。
「なあ、さっき言ってた夫婦って何だよ」
「まずは名を名乗れ」
「人に名を訊く時は、まず自分から名乗るもんだぜ?」
「お前から話しかけてきたんだから、お前が先に名乗れよ」
 妙に馴れ馴れしいヤツだ。
「それもそうか。俺は江夏、よろしくな」
「知ってる。黒板に書いてあるからな」
「なら訊くなよっ!」
 ビシッと手の甲で鋭いツッコミを入れてくる。
 なかなかノリのいいヤツのようだ。 
「で、お前は?」
「黒板に書いてあるだろ」
「塩対応かよっ!」
 指先までピンと伸ばした、なかなかキレのあるツッコミだ。
 そして江夏は律儀に黒板を確認する。
「えーと……カザキリでいいんだよな?」
「ああ」
「ムダにカッコイイ名前だなっ!」
「ムダって言うな」
 細かく入れてくる小気味いいツッコミが妙に気持ちいい。こちらも釣られてツッコミを返してしまった。
「で?」
 江夏が顔をずずいと寄せてきた。
「でって?」
 ナズナとの関係を訊かれるのは珍しくないし、過去に何度も説明してきたから慣れている。
 だからと言って素直にペラペラ喋るのもなんだかみっともない。
 だからわざと焦らしてやることにした。
「決まってるだろ? さっきのアレだよ」
「アレじゃわかんねーな」
「名前だよ。下の名前に決まってるだろ! 黒板には名字しか書いてないんだから!」
「そっちかよっ!」
 この江夏という男、ツッコミだけでなくボケも行けるらしい。侮れん。
「ちなみに俺はヴィクトリーだ」
「……は?」
「勝利と書いてヴィクトリー。江夏勝利(えなつ・ヴィクトリー)が俺の輝かしいフルネームだ!」
 コメントに困るキラキラネームだった。
 褒めればいいのか、それとも笑った方がいいのか。いやいや自分の名前を笑われて、いい気になるヤツなどいないだろう。
 とりあえず笑わないように顔に力を入れて感想を述べた。
「いい名前だな」
「顔引き攣ってるしっ! でも俺の名前を聞いて笑わなかったのはお前が初めてだ。これからよろしくな!」
 差し出された右手。固く握手する。
「オサムだ。風切修」
「下の名前は普通かよっ!」
「ヴィクトリーに勝てるインパクトなんて早々ねえよ」
 とりあえず力一杯手を握ってやった。
 江夏も負けじと力を入れてきた。
「俺の事はヴィックと呼んでくれ。仲のいいヤツはみんなそう呼んでるから」
「わかった。よろしくな、江夏」
「ヴィックって呼べよっ!」
「だって知り合ったばかりで、まだ仲良くないし」
「やっぱり塩対応っ!」
 からかってて飽きない男だ。
 江夏がいれば別の小学校から来た連中とも仲良くできそうだと安心する。
「で、さっきの夫婦って何だ?」
「覚えてたのかよ」
 仕方ないのでナズナとの関係を簡単に伝えていたら、担任の女教師が入ってきてホームルームが始まった。

 ◇◆◇◆◇◆

 入学式もつつがなく終わり、無事教室に帰還。校長の話というとのは、どうしてあんなに長いのだろうか。
 あとは今後の流れと簡単な説明で終わるだろうと油断していたら、担任の女教師が全体を見回しながらこう告げた。
「これから皆さんに自己紹介をしてもらいます」
 考えてみればクラスの半分は別の小学校から進学してきた連中で、お互いに顔と名前が一致していない。
 これからクラスメイトとして一緒に過ごしていく上で、自己紹介は大事だ。
 人間は第一印象が強く意識に残ると言われている。
 ここでどんな自己紹介をするかで、クラス内でのヒエラルキーがある程度決まってくる。
 地味な自己紹介では暗い印象を与えてしまうし、逆に笑いを取りに行った内容ではお調子者に思われてしまうかもしれない。しかも後者はスベった場合、〈面白くないヤツ〉という不名誉な烙印を押されてしまう。
 ここは慎重に考えねばならない。
「名前と、趣味とか特技とか将来の夢なんかを一緒に発表してください。では出席番号順で男女交互に」
 オサムの出席番号は男子の中では4番。男女交互に回ったとしても七番手だ。熟考している暇は無い。こういう時、出席番号の若い番号は不利だ。
 紅川の『ハ行』が羨ましい。などと馬鹿な事を考えていたら、あっという間に江夏の番になっていた。
「俺は江夏ヴィクトリー。勝利と書いてヴィクトリーと読みます。仲のいい友達はヴィックと呼んでます。夢は……これといったものはありませんが、家業が自動車修理工場なので機械いじりとか得意です」
 あのキラキラネームを堂々と言える胆力は見事なものだと舌を巻く。
 ならば自分も堂々と、本気で目指している夢を語ろうと思った。恥じる事など何も無いのだから。
 女子を一人挟んで、オサムの番が回ってきた。
 席から立ち上がり周りを見渡すと、視線が集まり少し緊張が増す。
 ともすれば上擦りそうな声を抑えて、平然なフリをしながら話し出す。
「風切修です。えと、将来の夢はF1レーサーになる事です。よろしくお願いします」
 奇をてらうこともなく、無難にまとめた。そのはずだった。
 だけど一瞬の沈黙の後、教室は笑いに包まれた。
「F1ってマジで言ってんの?」
「中学にもなって、まだそんな子供みたいなこと言ってんのかよ」
「ウケ狙いとか寒いわ」
「どうせボケるなら、もっと面白いこと言えよな」
 面白がって茶化す声が教室を縦横無尽に行き交う。
 離れた席に座るナズナも、あちゃーといった感じで手で顔を覆っている。
 F1レーサーになる。
 それは去年の秋に決意した、オサムにとって本気の夢だ。
 だけどあまりに遠い道程の夢を、誰も本気だと思わない。
 兄妹同然に育ったナズナでさえ、本気にしていない。
 笑い者にされる事など解っていた。
 解っていたけど、自分の夢に嘘は吐きたくなかった。
 もし本気の夢を自分で濁してしまったら、手が届かなくなるような気がしたから。
 だけど現実は違う。
 本気の夢を笑われて平然としていられる中学一年生なんていない。
 同じ小学校から進学してきた者も、今日初めて会った者も、人の夢を馬鹿にして笑っている。将来の夢を言えと言っていた担任の女教師でさえも冗談だと思っているのか、一緒になって笑っている。
 侮蔑に近い嗤いに、言うんじゃなかったと後悔してしまう。
 誰も本気だとは思わない。誰にも信じてもらえない。
 夢を語ることがこんなに惨めな気分になるとは思わなかった。
 こみ上げる悔しさに拳を握り、唇を噛む。
 せめて涙は見せまいと耐えていると、ガタンッと大きな音が鳴った。
 見ると隣の席の女子が立ち上がっていた。
 腰まで伸びた漆黒のポニーテールが陽炎のようにゆらりと揺らめく。猛禽を想起させる切れ長の目には強い意志と、嫌悪が灯っていた。
「もういいだろ。次、アタシの番だよな」
 担任に指名もされていないのに突然立ち上がった彼女の行動に、教室がしんと静まり返った。
「アタシは瀬名逢琉(せな・あいる)。将来の夢はプロゲーマーになること。笑いたければ笑えば? 人の本気の夢を笑う下衆になりたいヤツは」
 鎮まった教室に鈴のような凛と透き通った声が通った。
 その凛々しい横顔と声音に、オサムはしばし我を忘れ見とれてしまう。
 振り向いた瞳と目が合った。
「ま、本気の夢を笑われて何も言い返せないヤツもダセェと思うけどな」
 獲物を狙うようなギラついた視線に射竦められた。
 その瞳に秘められた感情は嘲笑。
 だけどその嘲笑は夢を笑ったものではなく、本気の夢を笑われて何も言い返せなかった男への嘲笑だった。
 心の奥にある夢に挑むことへの畏れ。F1レーサーになる道筋が険し過ぎて、叶える方法も見出だせないもどかしさ。全てを見透かされたような気がして、思わず言葉が衝いて出た。
「べ、別に周りにどう思われようと気にしねえよ。そんな事にいちいち腹立ててなんかいられねえっての」
「お前さ、馬鹿にされて怒れない夢なんて、それって本気って言えるのか?」
 頭を殴られたような衝撃を受けた。
 オサムは夢を笑われて何も言い返せなかった。
 怒るかどうかはともかく、せめて本気の夢だと主張することは出来たはずなのに。
 突拍子もない夢をいきなり信じろと言われても無理がある。誰もが冗談だと思うだろう。
 だけどその誤解を正さなければ、いつまで経ってもそれが本気だと伝わるわけがない。
 信じてもらうための努力をしなかったのはオサムだ。
 だから本気の夢に胸を張って向き合うためにも、今からでも訂正しなければならない。
「そうだな。瀬名の言う通り、本気の夢はちゃんと主張しないといけないよな」
 オサムは教室内を見渡す。一人一人の目を見るように。
「F1レーサーになるのはオレの本気の夢だ。さっき笑ったヤツ、全員見返してやるから覚えとけよ!」
 またしても教室は笑い声に埋め尽くされた。
「おう、やってみろよ」
「本気なら本気って言えよ」
「本当になったら応援に行ってやるよ」
 周りが本気と理解してくれたのかは判らない。
 だけど少なくとも、一方的に笑うことは失礼だと気づいたようだ。
 今教室に満ちている笑いは、先程までの嘲笑ではない。ほんの少しだけ、暖かみを感じる笑いになっていた。
「はいはーい、ウチは紅川奈瑞菜。将来は世界一の動画投稿者になることでーす。紅菜(クレナ)って名前で動画投稿してるから、よかったら皆見てねー!」
 笑われていたオサムのフォローができなかったことへの償いなのか、順番で言えばもっと先になる『ハ行』のナズナがちゃっかり自分の動画を紹介していた。
 オサムは改めてアイルを見る。
「その、さっきはありがとな」
「ふんっ、やれば出来るじゃないか」
 瀬名逢琉。
 プロゲーマーを目指すと言い、オサムをフォローしてくれた不思議な少女。
 切れ長の鋭い目付きに信念めいた自信を感じさせる、少しおっかなそうだが芯の通ったカッコイイ女子。
 これがオサムの人生を変える少女との出会いだった。

 ◇◆◇◆◇◆

次回↓
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