【創作まとめ】
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【前回】
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◇◆◇◆◇◆
その後、特にトラブルも無くホームルームは終了し、入学初日は解散となった。
早くも仲良くなった友達同士で喋る者、特にやることもなく家路へ着く者、興味がてらに校内探索に勤しむ者、それぞれが放課後を満喫している。
そんな中、オサムはある目的で職員室を訪れていた。
「風切君、中学生でアルバイトなんて許可出来るわけないでしょ」
業務椅子に座った担任の女教師が、困った様子で息を吐く。
「でもお金が必要なんですよ」
「キミの家はご両親が共働きだったよね。別に生活に困るほどお金に困っているようには見えないけど?」
入学前の手続きで提出した書類の一つ、生徒の生活環境を簡単にまとめた資料に目を通しながら担任が見上げてきた。
「生活のためじゃなくて、その…………」
「小遣い欲しさ? それなら尚更認めることなんては出来ないわよ」
「そんなんじゃないって」
担任は椅子ごと向き直ってオサムの目を正面から見据える。
「無断で勝手にしないで、ちゃんと許可を取りに来たのは偉いと思うわ。でもね、頭ごなしにダメって言ってるわけじゃないの。お金を稼ぐのってその金額に合った責任も伴うし、中学生になりたてのキミにはまだ早いと思う。本当にアルバイトが必要なら、ちゃんと説明してくれないと先生も納得できないわ」
言い淀んでいる理由は解っている。
先程のホームルームで、この担任も生徒と一緒にオサムの夢を笑っていたからだ。
また馬鹿にされるかもしれない。
そう考えた時、瀬名アイルの声が聴こえたような気がした。
『それって本気って言えるの?』
夢を否定されるのは辛い。
本気であればあるほど。
だけど自分の夢に、自分で蓋をする事だけはしたくないと思った。
「夢のためです」
「夢って……、例のF1レーサーになるっていうアレ?」
怪訝そうに眉をひそめる担任。
「はい。レーサーになるには下積みが必要なんです」
「下積みって言っても、中学生は自動車の免許は取れないわよ?」
「解っています」
公道を走る自動車の運転免許と、フォーミュラレースを走るためのライセンスは別物だ。
「F1レーサーになるには、まずは下位のフォーミュラチームに所属して実績を残す必要があるんです。その下位チームがレーサーを選ぶ際、カートレースでの実績を元にしています。中学生ではフォーミュラレース用のライセンスはまだ取得出来ませんが、カートでの実績を積むことはできます。っていうか中学にもなってカート経験も無い現状は、既に大きく出遅れている状態なんです」
「ちょ、ちょっと待って」
早口に捲し立てられ、情報の多さに担任は戸惑っているようだ。
「その……、先生はそういった事情に疎いんだけど、カートレースで実績が必要ってのは何となくわかりました。でもそれがアルバイトとどう繋がるの?」
「カート代やレースの遠征費用とかでお金がかかるんです。うちは生活に困るほど貧乏じゃないけど、レースに出られるほど裕福ってわけでもないので。せめて自分の夢に必要な費用くらいは自分で稼ごうかと」
夢を追いかけるのは自分の都合だ。
親の協力は必要だが、自分でも動かないと本気だと思ってもらえない。
だから必要な費用くらいは自分で稼ぎたいのだ。
「それでアルバイトね。気持ち的には応援してあげたいけど、そのレースに必要な費用ってどれくらいになるの?」
「カート本体が約60万で、予備機も必要になるからもう一台。タイヤもレースごとに交換が必要になるので…………初期費用で約160万円ほど」
オサムが指折り話している金額を聞いて、担任の顔がみるみる青くなっていく。
「他にもメンテナンス用のパーツや機材も必要だし、レースの登録料や機材の運搬費、遠征先での宿泊代とか考えると…………、ざっと計算して毎月約100万円くらいは必要になります」
「フルタイムで働いてる先生のお給料より高いわっ!」
思わずといった感じで叫んだ担任の剣幕に、オサムは鳩が豆鉄砲を食らったように目をぱちくりさせてしまう。
「でも先生って高給取りの公務員ですよね?」
「いくら公務員でも、毎月そんなに貰えないわよ」
「そうなんですか?」
担任は深く長い溜め息を吐いた。
「むしろ教師は拘束時間の割にはお給料は少ない方…………って何言わすのよ。ていうかその金額、中学生がアルバイトで稼げる範囲を越えてるわよ」
「えっ? 何個かかけ持ちすればいけるんじゃないですか?」
担任はまたも溜め息を吐いて首を振った。
「まだ若くて世間知らずなのは仕方ないけど、さすがに無理があるわ。だいたい放課後に数時間働いた程度で何とかなる話じゃないでしょ」
アルバイトなどしたことがないので給料の相場もまるで解らないが、大人の担任が言うのなら、おそらくそうなのだろう。
だけど難しいからといって諦めることなどできない。
「でも……」
「さすがに許可できないわ」
追いすがるオサムだがピシャリとシャットアウトされてしまう。
「なあ、頼むよ」
「ダメなものはダメです」
話は終わったと言わんばかりに、担任はデスクに向き直った。
突破口が見出だせずおろおろしていると、職員室の入り口から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「しつれーしまーす。って風切くん、何してんの?」
「ちょっとな」
入ってきたのはナズナだった。
ナズナにアルバイトをしたがっていると知られると、両親に伝わる可能性が高い。
両親にお金の面で心配をかけたくないオサムは、思わず返事を濁した。
そんなオサムの考えなど露知らず、ナズナは担任に持参した書類を手渡した。
「はい、先生。言われていた申請書ね」
「ありがとう。うん、問題無いわね」
受け取った書類に目を通して頷く担任。
その様子が気になり、ナズナに訊いてみた。
「申請書って何の?」
「動画投稿の」
ナズナは小学三年生の頃から、毎週月曜日の夕方に動画を投稿している。
土日で撮影、編集をして月曜日に投稿という流れだ。
かくいうオサムも撮影スタッフとして何度か付き合わされたことがある。出演だけは断固として断ったが。
紅川奈瑞菜という本名をもじった『紅菜(クレナ)』というハンドルネームで、先週まで『JSが○○に挑戦してみた』というシリーズを投稿していた。
女子小学生が様々な事に挑戦する様子は父親世代にウケがいいらしく、チャンネル登録者数もそこそこあるらしい。
普段は動画など観ないオサムも、強制的に登録させられている。
特に人気なのは自転車競技用のロードバイクに乗って他府県まで走る旅動画だ。再生数が3万を越えたと自慢されたのを覚えている。もっとも、ママチャリで並走して、彼女が走る樣を撮影させられた地獄の記憶の方が色濃いのだが。
ナズナが進学したことで、次回からは『JCが○○に挑戦してみた』シリーズに変わるらしい。
「動画投稿って再生数に応じて収入が入るでしょ。だから学校側の許可が必要なんだって」
携帯端末で誰でも簡単に動画を撮れるようになったことと、手軽に収入が得られるということもあり、動画投稿者は年々増加していた。
それに伴って社会常識から逸脱した、迷惑動画を投稿する者も後を絶たない。
学校側も無理に押さえつけて影で暴走されるよりも、許可を出して監視下に置くことで生徒を管理しようという考えなのだろう。
「ふーん、動画投稿も大変なんだな」
「まあねー」
わざわざネットに素顔を晒してまで有名になりたいとは思わないが、自分で考えて行動するバイタリティは凄いと思っている。
「ちなみに動画投稿でいくらくらい儲かってるんだ?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
口元に人差し指を添えて、ナズナは可愛らしく微笑んだ。
金額を伏せるということは、どうせたいした額でもないのだろう。
とてもじゃないが、オサムの求める額には到達できないはずだ。
◇◆◇◆◇◆
学校から帰って着替えたオサムは、街のゲームセンターに来ていた。
アルバイトを申請していながら、一方ではゲームセンターで散財する矛盾。
一見すると計画性の無い、愚かしい行動に見えるだろう。
だけどゲームセンターでのレースゲームは、カートレースに出場できないオサムにとって大事なイメージトレーニングの場なのだ。
特に今日はアルバイトの申請を却下されたこともあり、ストレスが溜まっている。
自然と運転が荒っぽくなっていた。
指先一つで回転させられる軽いハンドル。エンジンの脈動も感じないスカスカのアクセル。何の抵抗感も無く踏み抜けるやわやわのブレーキ。ライバルと激しくぶつかっても傷一つ付かない頑丈過ぎる車体。シートに設置されたスピーカーから大音量で流れるノリのいいユーロビート。五感に伝わってくる全てが嘘っぱちの空虚な虚実だと言っている。
本当は解っている。こんなイメージトレーニングをどれだけ積み上げてみたところで、何の足しにもならないことを。
むしろ本物のレースに出るのなら、変な癖が付きかねない馬鹿げた行動だと。
それでも何の進展も無い現実から目を背けたくて、ハンドルを握らずにはいられなかった。
これではクラスメイトに笑われても仕方ない。
オサムのような中流家庭の生まれでは、F1レーサーになると言った瞬間、無理だと笑われてしまうくらい現実味が無い。
日本に於いてF1は、毎年鈴鹿サーキットでレースが開催されているにもかかわらず、人々にとって馴染みの薄いスポーツなのだ。
業績や予算の都合で参入と撤退を繰り返す日本企業。そのせいでスポンサーも減り、地上波で放送されなくなって久しい。一般人が目にする機会は極端に減ったのだ。
開催国の一つであるにもかかわらず、拭うことの出来ないアウェイ感。
モータースポーツの花形であるF1でさえこうなのだから、他のカテゴリーレースはもっと厳しい状態だと言える。
世界最高水準のテクノロジーが結集している最先端スポーツであるものの、日本では皮肉にも時代に取り残されたマイナースポーツでしかないのだ。
「クソッ、日本はもっとモータースポーツの門戸を解放するべきなんだよっ!」
溜まる鬱憤をぶちまけるように、先行車に車体をぶつけて強引に抜こうとする。現実のレースでは言うまでもなく危険行為で、レース界から追放されかねないダーティな走りだ。だけどゲームの中では誰もがやっている当たり前の行為でもある。
先行車も対抗して車体をぶつけてくる。激しくぶつかり合う両車は反発し合い、オサムの操るマシンがコース外に弾き出されてタイヤバリアに突っ込んでいった。だけどタイヤバリアにもマシンは跳ね返され、勢いが衰えぬ車体は体操選手のロンダートのように宙を舞って…………コースに着地した。車体は破損どころか傷一つ無く、そのまま何事も無かったかのように軽快に走り出していた。
現実のレースではあり得ない光景だが、オサムにとってはこれが日常だ。
憧れる世界との絶対的な隔絶を突きつけられ、苛立ちは画面上のマシンよりも加速していく。
日本は世界でも有数の自動車大国だ。
国民は自動車を愛し、誇りをもってモータースポーツに力を入れるべきなのだ。
世界に目を向ければ、国を挙げての一大イベントとしてF1を盛り上げている国もある。
モナコでは市街地をレースコースとして解放し、国民と一体になって盛り上げているくらいだ。一般道をコースに利用していることもあり、道路幅が狭くカーブの多い複雑なコースは、世界屈指のテクニカルコースとして有名で、レーサーとファンから愛されている。
日本と世界の差に怒りがこみ上げ、理不尽にもそれをゲームにぶつける。
「あークソッ、もっと速く走れよ」
筐体のアクセルを床に接触するくらい踏み込む。現実を置き去りにして、理想に届けと言わんばかりに。
「なかなか荒れてるじゃないか。そんな走りじゃ世界なんて獲れないぞ?」
「なに?」
不意に投げかけられた言葉。反射的に振り向こうとしたら、叱責が飛んできた。
「レース中によそ見するんじゃない。もっと集中しろ。あと操作はレディを扱うように丁寧に、だ」
肩越しに指示を出してくる、鈴のような凛とした声音に何故か思考がクリアになった。
「言われなくてもわかってるよ!」
「わかってるなら、ちゃんとしろ!」
両手でハンドルをしっかりと握り直す。
アクセルを踏んでマシンを加速させていくと、先行車がぐんぐん近づいてくる。
「この手のゲームではNPCは無敵仕様だ。どんなに勢いをつけてぶつけても、必ず当たり負けして吹き飛ばされる。だからギリギリではなく、車間を開けて余裕をもって追い抜け」
「お、おう」
的確な指示を出してくる鈴声に呼応させ、ハンドルを細かく操作していく。先行車に接触しないように、敢えて外側から追い抜く。
「その調子だ。絶対にアクセルを弛めるなよ」
「あたぼうよ!」
鈴声の指示は耳にするりと入ってきて、不思議な説得力と安心感を与えてくれた。
まるで荒野を走るオフロードレースのドライバーと、それを補佐するナビゲーターの関係のようだ。
阿吽の呼吸で指示通りにマシンを走らせ、次々と先行車をパスしていく。
やがて制限時間がゼロになりレースが終了すると、今まで出したことのないハイスコアが表示されていた。
「やればできるじゃないか」
このハイスコアは一人では出せなかった。
鈴声のナビゲーターに礼を言うべく、シートから立ち上がって振り返ると、そこに居たのはキャップを目深にかぶった黒髪のボーイッシュな少女だった。
髪色と同じ黒のTシャツは、豊満な胸元からキュッと搾られたウエストラインのシルエットが強調され、プロポーションの良さを引き立てていた。そして草色のカーゴパンツは少女には不釣り合いな男っぽさを感じさせる。動きやすさ優先の地味な服装だが、それでも見る人を惹き付ける存在感を発していた。
「アドバイスありがとう。おかげでハイスコアが出せたよ」
「別に気にしなくていい。あまりの下手さについ口を挟んでしまっただけだし」
礼はいらんと手をひらひらとさせ、切れ長の目を弓なりにしてニカッと笑う少女。
その快活な笑顔に心が吸い込まれそうになる。
「下手は余計だ。後半はなかなかのものだったろ?」
鈴声の少女の的確な指示のおかげとはいえ、自分でも驚くほど上手く操作できたと思う。
しかし返ってきた少女の評価は辛口だった。
「まだまだだね。アタシならもっとスコアを伸ばせた」
「さいですか」
外部から指示を出すだけでスコアが上がったくらいだ。本人が操作すればどれだけのスコアが叩き出されるのか予想もつかない。
「でもお前、あんな走りで本当にF1レーサーになれるのか?」
「えっ?」
F1レーサーになることはオサムの夢だが、あちこちで公言しているわけではない。なぜ初対面の少女が知っているのか、警戒心を強めて眉をひそめる。
「どうしてそれを?」
「ん、何がだ?」
「いや、だから何でオレがF1レーサーを目指してるのを知ってるんだ?」
「何でって……お前が自分で言ってたじゃないか」
「オレが?」
ますます困惑が深まる。
アルバイトを却下され、F1への道筋が見えずに苛ついていたこともあり、愚痴っぽいことを口にはしたが、ゲームセンターで具体的な夢まで語った覚えは無い。
では別の場所で耳にしたのだろうか?
だけど記憶のどこを探っても、目の前の少女と会った記憶が無かった。
「オレ、どこかでキミに会ったっけ?」
「はぁ?」
今度は少女が困惑の表情を見せた。
そして深く長い溜め息を吐くと、指でピストルを作ってこめかみに当てた。
「オマエ、記憶力ダイジョウブカ?」
「なぜカタコトになる!」
「今朝会っただろ」
「今朝? 嘘吐くな、今朝は中学の入学式だったんだ。お前みたいな女………………ん?」
記憶に何かが引っかかる。
鈴のような凛とした声。
男勝りな口調。
何かを思い出そうとするが、ギリギリ出てこない。
もどかしさに首を捻り、まじまじと少女の顔を見つめる。
「ちょっ……、見過ぎだっつーの」
照れたのか少し頬を染め、火照った顔を冷ますようにキャップを脱いで、団扇代わりに扇いだ。
瞬間、キャップの中に纏められていた長い黒髪がはらりとほどけ、形のいい臀部まで伸びた。
欠けていた最後のピースがカチリと填まり、少女の名前を思い出した。
「あーっ、瀬名アイルっ!」
「公衆の面前で大声でフルネームを呼ぶな、このF1野郎が!」
見つめられたせいか、あるいはフルネームを大声で呼ばれたせいか、顔を真っ赤にした少女は、今朝知り合ったばかりのクラスメイトで隣の席の女子だった。
◇◆◇◆◇◆
次回↓
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