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2019年03月28日14:03

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【創作】竜喰いのリド  episode2:竜殺しの英雄【その20-1】

【創作まとめ】 
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【前回】
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seen33

 竜という存在の詳細は明らかにされていない。あまりに強くて、生態の調査が困難なためである。何処から来て、何を目的として行動し、何処へ去るのか、その全てが謎とされてきた。謎多き暴君を人は畏れ、怯え、去ってくれることを祈る事しか出来なかった。
 しかし、オロビア村に降り立った竜を相手に戦う者達がいた。
 聖音術で士気を鼓舞し、恐怖に耐えて勇気を振り絞る者達が。
「フィオーナ隊は陣形を崩すな。四方の距離を保て!」
 リューネの号令にフィオーナ率いる騎馬隊は瞬時に散開し、竜の右前方、左前方、右後方、左後方へと位置取る。
「駆け抜けること風の如しだっ!」
 フィオーナ隊は一人減ったにも関わらず、それを感じさせないくらい統制の取れた動きで竜を翻弄する。
 彼女達の役目は騎馬兵の機動力による竜の撹乱。一定の距離を保ち、目立つように竜の視界を横切り駆け抜ける。その際、決して竜の射程には入らない。
「グルァ……」
 視線の端でちょこまかと駆ける騎兵が気になるのか、竜は視線を泳がせ隙が生まれる。
「今だ、レヴェネラ隊は突撃しろ!」
 竜の意識が散漫になったところにレヴェネラ率いる近接部隊が押し寄せる。
「クラッシュ・インパクトッ!」
 視線が逸れた隙を見逃さずレヴェネラの戦鎚(ウォーハンマー)が竜の頭部に必殺の一撃が叩き込まれる。
 衝撃に頭をふらつかせる竜に対し残りの隊員も次々と攻撃を仕掛ける。剣が鱗を裂き、槍が貫き、斧が叩き付けられる。
 その度に竜は苦悶の悲鳴を上げ、黒い霧状の血を吹き出させる。
 レヴェネラ隊の役目は一撃離脱。フィオーナ隊が作った隙を逃さず、強烈な攻撃を仕掛け、そして離脱する。その際、欲を出して二撃三撃と追撃しないこと。
「カッツェ隊は弓と魔法で援護だ!」
 矢と火球が降り注ぎ、竜の動きを制限し、レヴェネラ隊の離脱を促す。
 だけど攻撃を受けて暴れる竜から、簡単に逃げ切れるものではない。
「こっちだ!」
 逃げ遅れそうな隊員に対し、カッツェがワイヤーを使って離脱の手助けをする。
 その際、援護攻撃で竜を仕留めようという欲を出してはいけない。
 各隊の行動を制限する事で役目を明確にし、作戦行動への確実性を高めさせる。
 そして高められた集中力で、何度も何度も攻撃を繰り返すことで、徐々に、そして確実に、竜の命を削っていった。
 強大な敵に対し人数で一気に押し切るのではなく、長引いてでも確実に、そして安全に倒すことを優先する。
 それがリューネの考えた作戦である。
 竜を倒すために派遣された部隊は国に忠誠を誓った軍隊ではない。
 金と誇りのために戦う冒険者は、生きて帰らなければ報酬も受け取れないし、評価もされない。
 だけど、どんなに小さな依頼でも、生きて帰れば必ず評価される。
 国の後ろ楯も無く、何の保証も無い中で、生きて帰るという才能は冒険者にとっての必須条件なのである。
 だからリューネは焦らず、時間をかけてでも、確実に竜を倒す作戦を選んだのだ。
 それが部隊を預かる総隊長として、全員を守る戦いだと信じて。
「グルルァ」
 詰め将棋のような連携攻撃に苛立ちを覚えたのか、竜は翼を大きく広げ空に飛び立とうとした。
「トッティ!」
「任せろです!」
 何度もパーティーを組んだエルフの少女は、名前を呼ばれただけでリューネの意図を汲み取った。
 超魔導攻城弩(ちょうまどうバリスタ)から極太の矢が放たれ、風を切り裂き竜の翼を貫く。その瞬間、矢じりに使われた魔晶石が衝撃を受けて砕け散り、中に封じ込められた炎熱魔法が炸裂する。
 轟音と爆音を上げて竜の右腕と、そこから張られていた翼が弾け飛ぶ。傷口から決壊したダムのように黒い血が吹き出し、辺り一面を血風で包み込む。
「グァ」
 飛べなくなった竜は地響きのような音とともに地面へ力無く倒れ込んだ。
「やったか!?」
「油断はまだ出来ません」
 リューネの言葉に、カノンが注意を促す。
 二人は先の戦いによるダメージが大きく、立ち上がることは出来で戦える状態ではなかった。
 リューネは部隊の指揮に徹し、カノンも距離を取って聖音術を演奏していた。
「ガルァ」
 倒れた竜は弱々しく鳴き、それでも薄く開けた眼光には怨嗟の光が残っていた。
「どんなに弱っても、戦う意思は消えないのね」
 残された左腕で、這いずるようにもがく姿に、リューネは何か悲しい存在を見るような感情にとらわれる。
「何故そこまでして暴れようとするの? あなたを突き動かすものは何?」
 竜に言葉が通じるわけでもなく、ただ呻くばかりで問いには答えてくれない。
 その間も休むことなく攻撃は続けられ、 見るからに竜は弱っていった。
「キュイ……」
 大木のように太かった後ろ足も超魔導攻城弩によってもがれ、喉も潰され、まともに動くことも鳴くことも出来なくなった竜だが、憎しみを宿す金色の目だけは決して揺るがなかった。
「もう終わらせてあげる。セリア、最大魔法を頼める?」
「おっけー、待ってましたー!」
 超魔導攻城弩の矢に魔力を籠め終わった彼女は、連携攻撃に加わらず待機していた。
 何故ならセリアは、今回派遣された冒険者部隊の中で唯一最大魔法を使える魔法師だからだ。
 竜が暴れ部隊の連携が乱れた時のための切り札として、魔力を温存していたのだ。
「大気に宿る精霊よ、大地を育む大いなる恵みよ……」
 セリアは厳かに最大魔法の詠唱を開始する。
 マギアルクストにおいて、魔法は大きく分けて三種類存在する。
 大気に宿るエーテルを利用し、炎や風といった自然現象を再現する顕現魔法(ソーサラー・マジック)。魔法師全般が得意とし、攻撃に特化したものが多く、最もメジャーな魔法である。
 次にメジャーなのが、生命に宿るアニマを利用した法術(ヒーリング・マジック)である。対象者のアニマを活性化させて傷を癒したり、筋力や耐久力を強化する力に特化している。
 音に自身のアニマを乗せ広く共鳴させるカノンの聖音術と似ているが、法術は直接アニマを分け与えて、対象者のアニマを刺激するというロジックのため、少し志向が異なっている。
 そして最も珍しいものが、大地に宿るプラーナを物質に封じ込めて様々な力を与える付与魔法(エンチャント・マジック)。簡単に言うと、魔剣などのマジックアイテムを作り出す魔法である。ただし、無から有を作るわけではないため、魔剣を造るなら付与魔法だけでなく相応の鍛冶技術も要求される。付与魔法使いは加工技術も同様に求められるため、ドワーフ族が最も得意としている。
 セリアが使用する最大魔法は顕現魔法に分類され、その中でも上位に当たる魔法である。
 セリアの詠唱に空気中のエーテルが反応し、彼女の周囲で風が渦を巻く。風はマントをはためかせると、その中から黒いハイレグスーツに包まれた魅惑的な四肢が姿を現した。
 身体にぴったりとフィットするスーツは肩紐が無くともしっかりと固定され、豊満な胸元と艶っぽい肩を露出させ、そこから延びるしなやかな腕が杖を握る。
 大地をしっかりと踏みしめる脚は、きわどいハイレグラインから適度な肉感と柔らかさを感じさせる太ももが延び、ふくらはぎを越えて足首に到達するとキュッと細まり、小さな足は赤く可愛らしいローファーに包まれる。
 そんな魅惑的な肉体を惜し気もなく見せつけるように杖を掲げる。
「……風を束ね生命を刻みし刃となりて我が敵を討て、テンペスト・ハリケーンッ!」
 杖は五芒星を描くと、その中央に風が集約され光の球体へと姿を変える。
 光は竜に向かって放たれ、冒険者部隊の仲間は入れ替わるように後退し、かなりの距離を取る。
 光はそのまま直進し、竜に触れた瞬間、ごうっ! と大気を震わせる低い音とともに弾け、爆発的に風が吹き荒れた。
 爆心地から世界を引き裂くように発せられる烈風は周囲の空気を巻き込み、大きな竜巻となって竜の巨体を呑み込む。
 風巻く破壊の中心は真空となり、存在する者を容赦なく斬り刻み、削がれた竜の肉片が暴風に巻き上げられて黒く霧散する。
 まさに生命の存在を赦さぬ絶対領域。そんな呼吸さえ断ぜられる真空の中で、竜の猛々しい咆哮が響き渡った。
 それは断末魔の叫びではなく、まるで反撃に打ち震える雄叫びのような咆哮だった。
「何か……何か様子が変じゃないかしら……」
 絶体絶命の窮地に追い込まれているにも関わらず、強い意思の籠った竜の叫びにカノンは異変を敏感に感じとった。
「何かって何よ?」
 隣に立つリューネが聴き返す。
「わからません。でも……竜って、こんなに容易い相手なんでしょうか?」
「どういう意よ?」
「今まで各国の軍をもってしても倒せなかった竜が、こんなにも簡単に倒せるものなのでしょうか」
 竜の生態は謎に包まれている。それは竜が強過ぎて近づけないため、調査が難航しているから。そう言われてきた。
 だけど、いくら連携が取れていたとはいえ、たった二十人の冒険者で倒せるものなのだろうか。いかに手練れの冒険者二十人といえど、軍でも倒せなかった竜を、こんなにも易々と倒せていいのだろうか。
 そんな考えがカノンの脳裏によぎった。
「大丈夫です。現に圧倒しているのは私達なのだから」
 その時、より一層大きな竜の咆哮が周囲の空気を震わせた。
「グルグワオオオオオオンッ!」
 音さえ通さぬ真空のただ中に居るはずの竜の咆哮が、空間を包み込んだ。
 最初に反応したのは、フィオーナ達の操る騎馬だった。竜の叫びに脅えたのか、激しく暴れだす。フィオーナ達の手綱さばきでも落ち着くことはなく、馬は恐慌状態になって彼女達を背から振り落とす。
 ガチンッ、ガチンッ!
 竜巻の中で竜は大きな口を開き、勢いよく閉じると、牙が打ち合わされ大きな音を響かせた。
 その動作に比例するように、竜を覆い斬り刻んでいた竜巻の威力が弱まっていく。
 ガチンッ、ガチンッ!
 十回ほど打ち鳴らし終えた頃には、竜巻は収まり無風状態となっていた。
「うそ…………どゆこと?」
 信じられないものを見たという表情でセリアは一歩後退る。
「まさか…………私の魔法、食べちゃった?」
「そんな事あるわけ無いだろ!」
 セリアの言葉を否定したリューネも、実はそう直感していた。
「常識では考えられません。魔法が発動する前に邪魔するならともかく、発動後にどうこうするなんて不可能ですから」
 リューネ達を治療していたアスティが呟いた。
 しかし拒絶の言葉を否定するようにカノンは言う。
「その不可能を可能とするから…………軍隊さえ勝てないと言われる理由なのでしょうか」
「何を言ってるの。魔法は何故か消えたけど、竜が満身創痍なのには違いないわ」
 竜巻が消え、不気味な存在感を出している竜だが、右翼を失い、両足を撃ち抜かれ、全身傷だらけな姿なのは確かな現実である。
「グワオオオオオオオンッ!」
 先程よりも鋭い光を宿す眼光は冒険者達を見据え、怨嗟の咆哮とともに大きな顎門が開かれる。
 すると今までの攻撃で辺りを覆い尽くしていた黒い霧が、竜の傷から吹き出た血煙が、まるで意思をもって移動するように竜の口内へと吸い込まれていく。
 変化はすぐに起きた。冒険者達の必死の攻撃で与えた傷が、超魔導攻城弩によって穿たれもがれた両足が、弾けとんで失われた右前足と翼が…………。
「再生……されていくだと…………?」
 周囲を見渡しても竜に法術をかけている者は居ない。もちろんリューネの隣に立つカノンも聖音術による回復は行っていない。
 しかし竜の傷は癒え、今では綺麗に元通りに回復したように見える。
「グルルアガアアアアアッ!」
 竜が再度吼えると、今度は更なる異変が起きた。
「なんだ…………なんなんだ……この黒い霧はッ!?」
 リューネをはじめ、冒険者達は口々に戸惑いを漏らす。
 彼女達の身体から、竜の血煙に似た黒い霧が沸き出しているのだ。
 鼻から、口から、眼孔から、毛穴から、全身から黒い霧がとめどなく沸き出す光景に恐怖を感じる。
 「グルルァッ!」
 竜はその光景に御満悦なのか、翼を広げ空へ舞い上がる。
 天高く飛び立ち空中で一回転すると、再び下降してきて彼女達の頭上でホバリングしながら見下ろす。まるで虫けらを見るような目で。
 そして再び顎門を開けると、今度は彼女達から出た黒い霧を吸い込んでいく。
「何なんだ……一体何が起きてるのよ…………」
 声を張り上げる余裕もなく、リューネは異様な光景に恐怖の声を漏らす。
 自分達の身体から出た何かが、竜の口に吸い込まれていく。黒い霧の正体は何なのか。
 謎が謎を呼び、身体の隅々まで恐怖が駆け巡る。
「グルァ」
 さらに竜の身体に異変が起きる。
 黒い霧を吸った竜の身体は一回り大きく膨れ上がり、全身を覆っていた硬い鱗が消滅して深緑の肌が露出する。そしてその肌からライトグリーンの体毛が伸び、全身を包み込む。
 ほんの僅かな時間で、角と翼を生やした蜥蜴から、全身明るい緑の、柔らかくも暖かそうな体毛に覆われた獣じみた姿に変貌した。その見た目の違いから、心なしか知性も感じるような気さえする。
「成長……? …………それとも進化……したの?」
 外見が変わり、何が変わったのかは不明だが、リューネは直感する。
 今までよりも危険度が数倍に跳ね上がったと。
 だけど黄金に輝く憎悪の瞳に射ぬかれ、リューネは周りに指示も出せないくらいの恐怖を感じていた。
 人は絶対的強者の前に立った時、恐怖に震えて動けなくなるのだと実感する。
「グアッ」
 竜はくぐもった声を洩らすと、大きく空気を吸い込み、胸部が大きく肥大する。そして肥大部は胸部から喉へ、そして口へと逆流し……。
「グアガアッ!」
 圧縮された空気弾を撃ち出した。
 空気弾は恐怖で足を竦ませた冒険者達を襲い、木の葉のように軽々と吹き飛ばす。
 その一撃を皮切りに始まったのは、竜の逆襲。いや、虐殺劇だった。
 人間の手の届かぬ空から嘲笑うかのように空気弾を撃ち出し、成す術なく吹き飛ばされた者を急降下して噛み砕く。そして呑み込むことなく吐き捨て地面に叩き付ける。
 その光景を目の当たりにした冒険者から、さらに一層黒い霧が涌き出て、それを竜が吸い込み力を得る。
 何が起きているのかも把握出来ず、手練れ揃いの冒険者部隊は何も出来ずに壊滅させられていく。
「逃げろっ! もう戦わなくていいから逃げるんだっ!」
 無惨な光景に我に返ったリューネが、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「うわああああっ」
「キャァァァッッ」
 しかし部隊の仲間は恐怖に言葉を発することも出来ず、次々に倒れていく。
「調子に…………乗るな……です」
 天に居座る暴君に唯一届く武器である超魔導攻城弩を、竜に向けて照準を絞るトッティだが、混乱と恐慌状態の中でその瞳は潤み、なかなか引き金を引くことが出来ないようだった。
「ボクにも冒険会社一の弓師としての意地があるです」
 涙を拭い、竜を見据え、震える声で己を鼓舞する。
「当たるっちゃよ!」
 エルフの方言で気合いを籠めた矢は勢いよく射出され、風を切って竜に迫る。
 狙うは翼、もう一度地上へ叩き落とせば勝機が訪れるかもしれない。
 竜は唸りを上げて肉迫する巨大矢を一瞥すると、翼をより一層大きく羽ばたかせた。
「グワオオオオオオオンッ!」
 羽ばたきによって生み出された風は怨嗟の刃を纏って、何度も我が身を傷付けた矢に逆襲する。
 矢は風に煽られ失速し、くるくると蜻蛉を切るように縦回転する。そこにもう一度、竜が羽ばたいて風が叩き込まれた。
 風を受けた矢は再び推力を得て、今度はトッティの乗る超魔導攻城弩目掛けて疾駆する。
「危ないっ!」
 超魔導攻城弩を乗せた台車を押していたキスティアが、咄嗟にトッティの襟首を掴んで後方へと引っこ抜く。
 一瞬遅れて矢は超魔導攻城弩を襲い、そこに搭載されていた矢の魔晶石に引火して大爆発を引き起こした。
 轟音渦巻く炎の柱は、最後の希望と一緒に天を焦がす。
「無理だ…………こんなのに勝てるわけがない…………」
 リューネは爆煙で絶望の色に化粧された顔で戦慄いた。
 そして理解する。何故軍隊でさえ勝てなかったのか。
 本気になった竜は空から一方的な攻撃で蹂躙する。
 そして後悔する。軍隊さえ勝てないと言われている竜について、何故もっと深く考えなかったのか。
 その浅はかな考えが仲間を危険に晒し、命を失わせる。
「う……あああああ…………ああああああッ!」
 涙と一緒に慟哭が洩れる。
「何が守る戦いだ。何が誰も死なせないだ。これじゃ……何も出来ないのと同じじゃない」
 地面に膝を付き、嗚咽混じりに掠れた声で叫ぶ。無力さが胸を掻き毟り、全てが徒労に終わろうとする現実に心がぐしゃぐしゃに潰れていく。
「私は…………わたしは…………何のために……」
 何も出来ない。何も守れない。
 自分の存在意義さえ見失うほど、リューネは絶望する。
「こんなことなら…………ここに来るんじゃ…………守る戦いなど考えなければよかった…………」
 その時、竜の攻撃とは別の、渇いた音と衝撃がリューネの身体を打った。
 顔を上げると、そこにはカノンの姿があり、右手を振り抜いたように掲げていた。
 遅れてくる左頬の痛みに、自分が彼女に平手打ちされたことに気付く。
「立ちなさいッ、リューネ・ハーディ」
 カノンはリューネの襟元を掴み、そのまま力任せに引き上げる。
「あなた、今何と言いましたか?」
 カノンの怒りに似た視線が、真正面からリューネを射ぬく。
「守る戦いなんて考えるんじゃなかったって……」
「その前です」
「こんなことならここに来るんじゃなかったって」
 言い終わった瞬間、再びカノンの右手が振り抜かれ、リューネの左頬を叩く。
「な、何をするの!」
「見損ないました。ここに来るんじゃなかった? あなたが居なかったら、さっき助けた子供達は死んでいたかもしれないんですよ」
「あ……」
 竜が村に襲って来た時、リューネはカノンと二人で足止めするべく戦いを挑んだ。
 その中でカノンは強烈な一撃を喰らい、気を失わせた。武器さえ持たぬリューネは一人で竜に挑んだが、その強さに心が折れそうになった。
 そんな時、赤ん坊の声が聴こえ、竜は声の主を探し出した。赤ん坊を抱いた少年が瓦礫に取り残され、恐怖に震えていた。
 それを守るためにリューネは再度竜に挑み、少年と赤ん坊を助けたのだ。 
「あの時は無我夢中だったのよ。それに、直接助けたのはフィオーナ達よ」
「その仲間が駆けつけるまで、捨て身で戦ったのはあなたです。あなたが居なければ……気を失っていた私だけではあの少年と赤ん坊は助けられなかったのですよ」
 カノンはリューネを優しく抱きしめる。
「だから…………来なかった方がよかったなどと言わないでください」
 剣を、拳を、言葉を何度もぶつけ合った相手を、いつしか認めるようになっていた。
「だから…………この世に生まれてきた意味さえ無かったなどと悲観しないでください」
「いや、そこまで言ってないわよ!」
 自身を抱きしめるカノンをがばりと引き離し、訂正する。
 そこにはそっと微笑む姿があった。
「やっと、いつもの調子に戻ってくれましたね」
「いつもって言うほどの付き合いでもないでしょ」
 二人は昨日出会ったばかりの関係である。だけど何度も考えをぶつけ合う度に、相手を理解し、信頼するようになっていた。
「いいですか。ここで私達が何も出来ずに負けると、竜はきっとあの少年達が避難した場所へ向かうでしょう。そうなると、あなたの存在価値が全て失われます」
「ついさっき、それ否定してたじゃん!」
「だから…………私達は竜を引き付けつつ、逆方向に撤退します」
 避難した村人から竜を引き離しつつ、自分達もその脅威から逃れる。滅茶苦茶な考えではあるが、自分達だけ助かりたいなら、二人とも最初からここへは来ていなかっただろう。
 竜を倒して、困ってる人を守りたい。
 竜の脅威に巻き込まれぬように人々を避難させ、安全に助けたい。
 守る戦いと助ける戦い。二人が描いた戦いの形は違うが、そこに籠められた想いの根っこは同じである。
 既に竜の猛攻によって部隊は壊滅同然で、守る戦いどころではない惨状である。
 それでも、二人は最初に抱いた想いと誇りを胸に立ち上がる。
「お互い生き残ったら、お酒でも飲み交わしたいものね」
「はぁ……残念な人です。私、アルコールは飲まないんですよ」
 リューネの言葉にカノンは素っ気なく返す。
「でも、ゆっくりランチくらいは付き合ってあげるわ」
「うわ、すげー上から目線だな」
 左目をウインクして答えるカノンに、リューネも負けじと皮肉を返す。
 リューネは槍と盾を、カノンは星奏剣スターライトと幻響器ヴァイオリニオンを、それぞれ構える。
「私は倒れた皆さんを回り、戦えるように治療します。その間にまだ戦える人を集めて立て直してください」
「相変わらずさらりと無茶言うわね」
「この状況、無茶でどうにかなるなら安いものでしょ?」
「違いないわね」
 カノンが勇気の溢れる熱い曲を引き始めると、リューネは走り出す。
 全身創だらけで骨も折れている。痛みにうずくまりたくなるが、それでも足を前に出す。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁッ!」
 

その20-2へ続く↓
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