mixiユーザー(id:1037907)

2018年12月13日15:42

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にる?

山岳信仰で思うニャ。
まず滝は、天と地を繋ぐ光の道にも準えられたのかもしれないニャ。
陰陽では水は天を白は霊会をそれぞれ象徴するニャ。
更に白は清さや光の象徴ニャ。
滝に打たれるとは、水と清めの白と霊的な光による世俗の罪状払拭祈願なのかもニャ。
神に合うには、絶対的な清さが求められるからニャ。

山の典型的な形の三角は、陰陽では人を表すニャ。
緑に覆われた山が多いが、緑は常若の象徴なので緑の山は常若の神を表すニャ。
稜線は天からの光の象徴ニャ。
霊的な光に包まれた神に合うには、霊的な光で清められた人でなければならないニャ。
だからこそ、霊峰とされた山は軽々しく登ってはならなかったのニャ。

光に守られて光に包まれた神に会いに行くニャ。
これは、神に認められたモーセが光に守られて神に会いに行く聖書の記述に似ているニャ。
更に、地上に現れた常若の光の神は、地上に来臨した永遠の神の幼子イエスに通じるニャ。
やはり神道は、聖書の教えに似ているニャ。
似ているのは神社と古代イスラエルの神殿もニャ。

山岳信仰の山伏は装束も鳴らす笛も、ユダヤ人と似ているニャ。
神社は建物ばかりか、神職の衣装も祈りに使うものもユダヤ教とそっくりニャ。
その日本に、古代中東の遺伝子があり、ユダヤと共通の文化や単語が数多く残るニャ。
家族性地中海熱も、日本とユダヤに共通な遺伝病ニャ。
ユダヤ人渡来なんてもんじゃないニャ。
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