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2018年09月28日04:57

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夏の一日  番外編 柳くんの憂鬱  3

大学の二年の夏休み前。手話サークルで福祉施設への訪問を実施した。
大学と懇意にしている施設で、主に十代の聴覚障害者が利用しているアットホームな施設だ。
二人一組で手話の発表をすることになっていて、僕は瀬川さやかと組むことになった。それがきっかけでさやかと徐々に話すようになった。
さやかは日に焼けた素肌が健康的な女の子だった。
柳くんて、なんかこう不思議な感じだね。
えっ?
内に何か秘めてる感じ。ちょっとミステリアス。
そう言って彼女は笑った。
なんでも別の大学に高校からの彼氏がいるらしい。
親友の従兄弟なんだ。一目惚れだったの。
彼女から気に入られた僕は、聞いてもいない親密なことまで教えられた。
仁科が口を尖らせて言う。
なんか最近あの瀬川って女の子と親しいじゃん。
そう?そんなこともないけど?
僕は仁科がそんなふうに言うのがおかしかった。

夏休み。
突然、さやかからメールが届いた。
毎日暑いね。ちょっと合コンぽいこと企画したいんだ。柳と仁科くん、それと出来たらもう一人フリーな男子に声かけてほしい。○日どうかな?
断っても良かったんだけど、仁科に話したら、珍しく乗り気で、仕方なく快諾した。もう一人は同じサークルの本木を誘った。
でも、瀬川は彼氏いるだろ?
うん。ごめん、私は対象外でさ。私の親友とその友達のためになの。

そして当日。
待ち合わせの場所に現れたのは、さやかと、その親友小田美樹と、美樹の友達加奈と、そして何故かさやかの彼氏黒田敬吾だった。
ごめーん!どうしても来たいって言ってついてきちゃったの。あ、私の彼です。
黒田敬吾は、ちょっと人をすかしているような、飄々とした男だった。なんでも一つ年上で、小田美樹の従兄弟らしい。
僕たちは、ボーリングのあとカラオケに行った。

さっきから、僕は、背中に、黒田敬吾の視線を感じていた。
カラオケの部屋はただっびろく、10人以上OKな感じだった。他の5人がそこそこ酔いがまわっているのに、僕と敬吾はしらふだった。
不意に黒田が僕に耳打ちした。
きみ、もしかしてゲイなの?
僕は咄嗟に耳まで真っ赤になった。
やっぱり。
黒田は厭味な笑みを浮かべていた。
だってきみ、さっきからあの青のストライプのシャツの男の子のことばかり見てるものね。
それは当然仁科だった。
あ、大丈夫、誰にも言わないから。
でも片思いっぽいね。可哀相。
それにさ、生きづらくない?

うるさい、うるさい、うるさい
お前に何が分かる?!
ずっと僕が抱えてきたこの悩みを
ノーマルなお前に何が分かる?!

気がつくと僕はマイクを握りしめ、瀬川さやかの前に仁王立ちしてた。
ごめん、瀬川。これ歌ったら帰るわ!急用思い出した!
そして僕は、マイウェイを熱唱した。
驚いてる瀬川を前に

悪いけど清算してあとで請求してくれる?
とだけ伝えた。
ひとり荷物を持って出て行く僕の背中を仁科が追う。
あ、俺も出るよ!

僕たちは夜の地下鉄に揺られていた。
互いに長いこと無言だった。

次の駅で僕は降りなければならない。仁科が口を開いた。
柳、本当はああいう集まり嫌いなんじゃない?
僕は黙って頷いた、仁科はふっと笑った。
その笑みは百万倍も暖かかった。
俺もだよ。
僕は彼の凛々しい横顔をずっと見つめていた。
やがて駅に着いた。
僕は軽く手を振った。
じゃまたな。今日はありがとう。
仁科は、うん、と言って微笑んだ。

その笑顔が眩しくて。
ホームに降りてから、暫く動けなかった。

仁科、ありがとう。
僕は自分を可哀相だなんて思わないことにする。
だって、こんなに素敵なきみに出会えたんだもの。

夏の夜は、暑さが肌に痛く、少し残酷だった。

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