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2017年11月01日21:21

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内田百間作「東京日記」を読む(その十四)

「その十四」
植物園裏の小石川原町の通りを、夜の11時過ぎになると裸馬が走り回り、植物園の茂みに隠れ込むという話が、まことしやかに語られている。毎晩のことだと言うのでしまいにはこの界隈では夜間外出するものが誰もいなくなった。そのうちに昼間でも人通りが絶えると馬が出没すると言われるようになった。
電灯会社の集金人が生垣の前で殺されているのが見つかったのは、それから間もない日の午後で、棍棒のようなもので殴られたらしいという話である。800円あまり入った鞄を奪われ、付近の生垣が生々しく荒らされているので、そこを通るのはあまり気分の良いものではない。私の家の並びに老女と大学生の息子だけの家があって、2、3日後、その家から悲鳴が聞こえたので、近所の人が駆けつけると門は閉まっている。少し遅れて私も駆けつけると、まもなく悲鳴が止んで、内側から門を開ける音がした。老女が立っていて言うには、例の馬が飛び込んできて家の中を駆け抜けていった、姿を見なかったかと言う。
馬の奇談である。馬には牙も恐ろしい角もない。他の猛獣に比べてとりわけ恐ろしいものとも思われないが、この作における馬は、殺人事件も絡んでいるだけに、話が尋常に収まらない。夜ふけ不意に住宅街に現れる馬。あるいは昼日中人通りが絶えるとだしぬけに現れる馬。ほとんどの人は不意を突かれることに馴れておらず、それがどんなものであっても怖いものは怖い。それでも馬が人殺しに関わるわけもないし、ましてや金品を奪って逃げるなどあり得ない。とはいえ二つの出来事にまつわる百間の書きぶりは、明らかにこれらを関連付けていて、当時の東京の住宅街の事情に詳しくない読者にも、不思議な現実味を与えつつ読ませてしまう。文章の達人たる所以かもしれない。
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