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2016年10月22日06:30

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私見 鳥取中部地震

昨日鳥取中部で地震が起こった時、私の住んでいるところでも結構揺れを感じ、また余震も少しありました。 地震が起こっている時、私は夜勤のため寝ていたのでびっくりしました。
この地震で20人が重軽傷を負い、3000人が避難生活を強いられましたが、しかし幸いなのが死者が一人も出なかったことです。また自衛隊も迅速に震源地である鳥取中部に移動、政府が官邸対策室を設置し、安倍総理が早急な被害状況把握など指示するなど迅速に動きました。
またこの地震で原発ガーと喚いているものが出てきていますが、現地からのお話ですが、隣に島根原発ありますが、残念ながら津波が起きる条件の海底ではないので津波は起きません。地震で原子炉は壊れませんよ、人災だけが事故を起こすという話原発事故の心配は無用であると感じました。
なお鳥取県西部地震が2000年に起きましたが、その時でも死者が出なかったのが幸いでした。
今は余震だけでなく、流言飛語で住民が不安を感じることや震災時のどさぐさに紛れて窃盗や強盗、暴行が起こることを警戒しなければならないと感じました。。。


■鳥取地震「揺れる船にいるようだった」 続く余震に不安
(朝日新聞デジタル - 10月21日 17:35)
21日午後、激しい揺れが鳥取県を襲った。倒壊したり屋根瓦が落ちたりした家もあり、県内は一時、広範囲で停電した。住民らは「揺れる船にいるようだった」「経験のない揺れ」と口々に語り、続く余震に不安を漏らす人もいた。

 震度6弱を観測した鳥取県倉吉市。上井町2丁目でビジネス旅館を経営している女性(61)は「ドーンという横揺れ」を感じて旅館からすぐに外の空き地に逃げだした。地震直後、空き地には住民ら約10人が避難した。一時は近くの信号機も消えていたという。

 ホテル内は食器棚などが倒れ、壁には亀裂が入った。周りの数棟で屋根瓦が落下していたという。女性自身も余震の度に「あー、怖い」という叫び声をあげた。「余震が続いているからみんな怖くて家に帰れない」と話した。

 JR倉吉駅近くの居酒屋「季の」店主福田伸一さん(43)は料理の仕込みを始めるときに地震が起きた。「経験したことのない激しい横揺れだった」と興奮気味に振り返った。

 福田さんによると、棚から酒瓶や器が床に落ちて粉々に割れ、トイレのタイルがはがれ落ちて壁と床に隙間ができたという。店外に出ると、道路に多くの市民が避難していた。この日は週末のかき入れどきで団体客の予約があったが、「いつ営業再開できるのか不安でいっぱい」と話した。

 同市魚町に住む中本倫子さん(81)は地震発生時、鳥取市西部の国道9号を倉吉方面に向かって走行中だったが、「揺れて揺れて。まるで船に乗っているようだった」と言う。自宅に着くと、あちこちの家屋で屋根瓦が崩れたり、ガラス窓が割れたりしていた。

 屋根から瓦が落ちて壁はひび割れ、網戸も外れていた。「ずっと余震が続くから怖い。家の中になかなか入れません」と話した。

 市内の美容室スタッフの女性(32)は地震発生時、「大きなトラックが通り過ぎるような、ごうっという地響きを感じた」という。屋根の一部が落下するなどの被害が出て、店内にいた客もシャンプー中で髪がぬれていたが、そのまま店外に出てもらったという。

 白壁土蔵群近くにある「米澤たいやき店」の米澤ひかりさん(34)は「横揺れが数十秒続き、何かにつかまっていないと立っていられないほどだった」。1948年から営業する老舗。この日は水道が出にくくなり、地震発生直後から店を閉じた。電気は復旧したが、テレビがテレビ台から落ち、食器が散乱。外壁にひびが入り、タイルが落ちた。「余震があるので、まだ心配です」と話した。

 同じく、震度6弱を観測した鳥取県湯梨浜町の東郷温泉にある、中国庭園のテーマパーク「燕趙園(えんちょうえん)」。事務職員によると、壁の装飾の瓦や塀が崩れたという。事務職員は園内の事務所におり、揺れの大きさに驚いて机の下に隠れた。園内には約10人の観光客がおり、園外に避難してもらったという。

 同じく震度6弱を観測した北栄町にある梅津酒造では、午後2時過ぎの地震で酒瓶数百本が倒れた。慶応元年創業の老舗。経営者の女性は「床が水浸し。まだよく被害が確認できていない」と不安そうに話した。

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