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2016年01月14日07:49

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清書〝堀北真希の〈イノセント・ラヴ〉〟part 1

実はドラマ〈イノセント・ラヴ〉での堀北真希の演技は、かなり出来がいいのである。
この撮影のとき、彼女は二十歳の誕生日を迎えていますが、ここでの彼女は二十歳の自分にできるすべての要素を演技に盛り込んでいる、あたかもそう思えるほどの入れ込んだ熱演を披露しています。つまり、ほとんど抜いたところがない。
第一話。
ここは物語の導入部なので、彼女自身の演技も脚本の先が見越せていないため、すべて観た後で観てみると未消化の部分が多々あるが、殺人者の妹として後ろ指をさされ、村八分的扱いをされてきた少女の疎外感、孤独感を、手探りながら出来る限りの努力を演技に注ぎこんでいる様子が窺える。（このあたり、脚本及び演出の不備がある。彼女が村八分にされる過程は全く描かれていないし、境遇の描写も不足しており、リアリティが感じられない。そのため、どんなに堀北真希が不遇の環境に晒されているかを熱演しても、その演技がいたずらに空回りしている場面が随所に見受けられる）
ホーム・クリーニングの会社に勤めはじめてからの彼女の演技などを観ていると、やっと演出が軌道に乗りはじめた印象を感ずる。
仕事を終えてアパートでコンビニ弁当をひとり食する彼女の様子。この場面、なかなか秀逸で、秋山佳音という少女の育ちの良さ、どんな生い立ちを経て現在に至っているのかというその過程が、堀北真希の食べる時の姿勢の良さ、食べ方その他の演技で瞬時に察せられる。
人々の笑顔のフォトが大好きな佳音。あんまり好きなので、いけないとは思いながら盗撮してしまうという、あぶない一面も（けれども気持ちは分かるんだな）。たぶん彼女、心のふれあいを求めているし、そんなふれあいの場面を見ていたいのだろう。何故か。彼女は思春期に入ってすぐ肉親のいない生活をしてきたのだ。親戚中をたらいまわしにされ、肩身の狭い思いをして生きてきたのだ。いじめられもしたろうし、大人から陰口もきかれただろう。彼女は愛に飢えていたはずである。両親の愛。兄弟愛。友愛。愛ならば何でもよかったのだ。けれどもその愛は決して手に入らない。そんな時思いついたのが〈盗撮〉なのだろう。誰かが笑っている瞬間を撮ることで心のぬくもりを手に入れたい。もう飢えかわくように心のふれあいやぬくもりに焦がれていたのだろう。何と言ういじらしい娘だろうか。
それで客の一人である、長崎殉也のアルバムを覗き見する佳音。アルバムを観ているうちに彼の生い立ちを知りいつしか胸を打たれている自分に気づく（両親を亡くしたために笑顔まで失くしてしまった彼が、大学生になってピアノの前で笑っている。ああこの人の身に何か幸せが訪れたんだと佳音は気づくのだ）。このときすでに彼女の胸の内に殉也へのほのかな恋心の芽生えが感じられる。そしてその一枚の笑顔の写真を盗もうとして殉也に見つかってしまう。わけを話す佳音。ここ、ちょっとだけ長ゼリフだが、堀北真希らしい自然な台詞廻しが出来ている。
殉也はわけを聞くと、驚くべき反応を見せた。いっしょに写真を撮ろうというのだ。佳音はいきなり肩を抱かれて驚く暇もなくケータイでパシャリ。この衝撃的な体験は、佳音にとって忘れられない思い出となるのだが、あるオルゴールの店で殉也へのプレゼントの買物をすることを夢みる佳音。
しかしその翌日、佳音は同僚が客の家でお金をくすねる場面を見てしまう。さらに会社に雑誌記者池田次郎が訪問することで本名がばれてしまう。ＰＴＳＤを患っている佳音は池田の語調が詰問めいてくると、〈追いつめられ感〉が加速し、過呼吸の発作に陥る。
会社では同僚の窃盗事件が明るみに出、本名を隠していた佳音は犯人の疑いをかけられてしまう。佳音は退職を余儀なくされる。帰途、佳音は讃美歌を耳にし、ある教会に立ち寄る。そこでオルガンを弾いていたのは他ならぬ殉也だった。彼女は自分が恋に落ちたことを再確認する。
兄、耀司との面会の場面。「好きなひとができた」と兄に告白する場面は、自然な幸福感が表情に出ている。
その夜、佳音は殉也の家の玄関に、ピアノのオルゴールの贈りものをこっそり置いてゆく。この場面佳音のときめきの表情が実にうつくしい。（ただ少年刑務所内での乱闘シーンを佳音の幸せそうな笑顔と同時進行で描写して行く場面は、佳音の純粋な恋愛感情を描くのにはあまりに不向き。場面の整理が全くできていないため、視聴者には見苦しいだけの場面となってしまっているのは残念である）

第二話。
耀司をいさめる看守、藤堂さん役の役者さんの演技が実にいい。このドラマでもっともすぐれた演技と言ってもいいくらいである。ほんとうに上手い役者さんというのはこういう役者のことを言うのだ。彼の飾らないやさしさ、見守る看守の演技はしんじつ胸を打たれる。ぼくは彼の演技をもっと見たかったと、心から思う。
ゆずの北川くんの演技はときどき見るに堪えないひどさだが、ときどきプロの役者以上に自然で上手い。彼のようなひとは演出家の指導しだいで見事に生きるのではないだろうか。そう思わせる。下手をすれば、プロの役者以上にいい仕事をしてくれるはず。そんな確信を感じた。
駅の清掃の仕事に励む佳音。そんなある日、仕事の帰りに改札で殉也の姿を見かける。後を追う佳音。ピアノ・バーの入り口で、彼はハンカチを落としていった。殉也をいつも見守っていたい。ほとんどストーカーまがいの行動だが、彼女の行動の純粋さは通常の倫理観ではくくれそうもない。どこかゆがんだ心が引き起こす行動だが、彼女の、抑圧され虐げられつづけてきた生活をしっかり描いていれば、すんなり理解できた行動であるはずだと思う。そこが十分に描かれていないため、単なるエキセントリックな奇行にしか映らないのは、このドラマの描写の大いなる欠落点であるとしか言いようがない。この演出の不備というか、こういうドラマに必要不可欠に思われる細部の描写の欠落によって、視聴者のせっかくの感動をむざむざと殺いでしまうのだ。このドラマを大いなる失敗作にしてしまった元凶がこれだ。勿体ないことである。制作の方々、わかりますか。プロデューサー氏、脚本家氏はそこをしっかり自覚すべきだと思う。
火災で住宅が全焼したのにもかかわらず、殺害現場であり、発火元（ご存知のように火元は火災現場でもっとも燃え方が激しい場所である。しかもここには一面に灯油がまかれ、火をつけられているという作中のセリフあり）である住宅のキッチンは焼けてしまったにもかかわらず、警察の鑑識の調査可能だっただけでなく、そこで犯行に使われた血痕つきナイフが発見され、ナイフからは、耀司の指紋だけが検出。おまけに両親の遺体には灯油がかけられて焼かれたという、池田次郎のセリフがある。遺体は火元であるから、もっとも激しく燃えたはずである。このくだり、設定に決定的な説得力がない。現代の鑑識の進んだ調査力を説得力ある映像とセリフで表現するべきであったのではないのかとぼくは思う。鑑識の技術が向上し、これらの調査が可能になっているのなら、それを明らかにする〈何か〉を作中に提示すべきである。にもかかわらずそれらを何一つドラマで言及していないため、まったく意味不明のわけのわからない鑑識結果と視聴者に映ってしまったこと、ここもドラマの大いなる欠落点に掲げておこうと思う。
ある日、佳音は悪いと知りながら、殉也の家に忍び込み、家を掃除しはじめる。中途で帰ったホーム・クリーニング会社の代わりに清掃を行おうと言うのだ。違法行為。家宅侵入罪である。そこを殉也の友人昴と殉也自身に見つかってしまう。たまらず逃げ出す佳音（この行為は、佳音がエゴイスティックな女性だからではなく、彼女が永い間虐げられ続けてきた女性だからこそしてしまった、そんな行為のように思われてならないのです。それは彼女がひそかに贈ったオルゴールを殉也が大切にしているのを、たまたま目撃した佳音がたまらなく得意そうな表情を浮かべる、その場面と同じように。人間誰しも虐げられつづけていると、その人間性のどこかが歪んでくるものですから）。けれども、そのとき秘密の部屋でベッドの聖花は謎の笑みを浮かべていた。
一方、傷心の佳音はショックのあまりあの記念のフォトを破ってしまう。
長野の刑務所で耀司に面会拒否される佳音。その帰り道の橋の上で、いっそ死のうかと思う。そのときケータイの着信音。声の主は昴だった。電話の内容は殉也の家の清掃の依頼。耳を疑う佳音。
当日、殉也の笑顔に迎えられる佳音。不思議に思いながらも、黙々と仕事をこなす佳音の表情には幸福感がにじみ出ている。こういうところの堀北さんの演技、自然すぎて憎らしいほどである。
若い役者さんの中では成宮さんの演技（特にセリフ）がいちばん面白みを感ずる。いい感じであるが、ところどころ思わせぶりなのは演技そして演出の両方とも、作品の評価に於いて大いなる減点である。また、もっとも自然さが出ているのは殉也役の北川くんの演技である。彼、役者には決して出せない素直な演技ができている場面が随所にある。（でも、ところどころ信じがたいほど稚拙で下手であるが）素人には素人にしか出せない自然さがある。話は別になるが、あの鬼才監督佐々木昭一郎が素人を愛する点もまさにそこだと思う。
豊原功補さん、上手いと言うより老獪。こういう記者は実際いると思うし、そういうリアリティを感じさせるあたり、一筋縄では行かない。
殉也にもらったお返しのオルゴールを開けるたび、幸福感に浸ってしまう佳音。その気持ちが加速して、一念発起、殉也の家に向かうべく駈けだしてゆく。アパートで作った心づくしのサンドイッチの包みを手に。彼女にはいま、幸福な予感しか思えないでいるのだ。
そして殉也宅の前。ピアノの調べが聞こえてくる。窓越しに見えたのは殉也にもたれかかる女性の姿であった。

第三話。
堀北真希の演技に冴えが見られるようになるのは、このあたりから。
この聖花の担当医師、特に芝居がかっているが、ここも演出の意向だと思われる。大いに疑問である。
虚構にまみれた演出術のなかで、地道でストイックな演技に徹している内藤剛志さんのしぶい演じっぷりは素晴らしい。看守の藤堂さん役の役者さんの演技に匹敵する好演。
兄耀司の出所直後に必要な当座の生活費に充てるため、長野の生家のあった土地を売ろうと現地に行く佳音だが、そこにあったのは罵りの言葉が書かれた立て札と、異臭を放つごみの山ばかりであった。
だがこんな描写をいくら連ねたところで、彼女の、抑圧され虐げられた生い立ちをわかりやすくする手助けにはなっていないし、佳音自身の精神をゆがませるに至る理由づけにはなっていない。何かが欠けている。たとえば「出て行け親殺し」というアパートのドアの張り紙を見て、思わず嘔吐してしまう場面とか、何事もない夜にアパートの一室で、住民たちから出て行けと言われている悪夢を見るとか、そういう追い詰められ感が、何ら描かれていないために彼女の心をゆがませ押しつぶそうとするものの正体を、ドラマが明らかにできていないのは、明らかに脚本の不備であるし、演出の失策である。彼女を健康な人間として描こうとしていること自体が誤りなのだ。彼女はＰＴＳＤである。ＰＴＳＤはときに脳波に異常が表れるほどのれっきとした精神の病である。
思わせぶりな演技から距離を置いて、自分の中でバランスをとり、より自然な演技を貫こうとする堀北真希の役者としての佇まい。その自然さは特に表情に表れているのだが、これをご覧になった方はお気づきだろうか。
ある日突然、殉也から解雇を言い渡される佳音。この場面の堀北真希のセリフの吐き出し方、表情の変化にはいつも感心する。佳音の感じた衝撃、落胆が手に取るようにわかる秀逸な場面。思わせぶりな印象は微塵も感じられない。（経験を積んだ役者は、得てして愚劣な演出家に当たると、持って回ったようなセリフ廻しをしてみたり、大向こうを唸らせようとでもいうのか、大仰な演技に終始しようとしたりするが、そのような演技は名演技の対極にある醜悪極まりない〝大根の演技〟と言うほかない。大根で思い出した。関係ない話をするが、小津安二郎は撮影に遅れてきた鶴田浩二を見て言ったという。彼が車から降りるところを見て、「おい、松竹はいつから大根を車で運ぶようになったんだい」。小津の毒舌ではないが、べテラン役者でもときに大根同然の演技をすることがある。演出家が愚劣だと役者の演技も腐ってしまうことがある。）演出家に何を言われようと、自分の演技の基本線を守り、上に書いたような思わせぶりの演技から距離を置こうとする、堀北真希の役者としての姿勢は、いさぎよいと言えると思うし、見ていてすがすがしい。
その夜。アパート近くの踏切で、池田に逢う佳音。ショックなことが度重なり、彼女の心は限界に達している。そこへ彼女のアパートで佳音へ浴びせかける池田の言葉。これが次々佳音の心に突き刺さる。兄、耀司のことを訊く池田。
「そんなお兄さんの様子が変わってきたのは、いつごろからだったのかな？」この記者は私に何を言わせようとしているのだ。堀北真希の表情の演技に非常な冴えが見られるのはこの場面である。
「家庭内暴力があったって聞いているんだ」
「そんなものはありません！」この記者は何を言うのかと思えば。驚いて思わず小さく叫ぶ佳音。
「じゃあ、ご家族のことを訊いていい？」いちばん訊かれたくないことを訊いてくる池田。家族。この言葉にビクッと反応する佳音。クリスマスの笑い声の演技は過剰で不気味ですらあるが、これは実際の笑い声ではなく、演出上、佳音の心に聴こえている笑い声であることは誰にでもわかる。それを反芻するうち思わず視線がおよぐ佳音。
「どんなことした？」
「蝋燭に火をともして、それを、みんなで吹き消して」
「プレゼントなんかも、貰ったりした？」プレゼント。あの夜父親から思い返すのも忌まわしい性的虐待を行われている佳音（その記憶は喪失しているが拭い去れないトラウマになっている）には、プレゼントという言葉はショッキングに聴こえる。眼が、必死に衝撃に耐えているのが演技でわかる。
「憶えてません」彼女にはこう答えるのがやっと。
「クリスマスは、毎年祝ってました。毎年、プレゼントももらってました。だけど、あの晩は」
「ほら、あの、サンタクロースって」サンタクロース。また恐ろしい言葉。
「いつ頃まで信じてた？　クリスマス・プレゼントって親がこっそり枕元に置いてゆくだろ？」事が核心に及んで、佳音の心が臨界に達しているのが、堀北の演技で嫌というほど伝わってくる。過呼吸が激しさを増してくる。
「親は騙したつもりでも、こどもは案外、薄目開けて見ててさ」、あの衝撃の晩のことが佳音の脳裏に甦りかかる。
「気づかないふりしたりして、疲れるんだよな、あれ。お父さんは、そういうことしてくれた？」お父さんは、そういうこと、してくれた？　ショッキングな言葉の連打についに限界を超える佳音の心。心のメルトダウンである。フリーズ。
激しい過呼吸に苦悶していた佳音の動きが止まった。彼女の脳裏がまっしろになってしまったのだ。驚いて呆然とする池田記者。
「どうした？　おい！　おい！」
「すいません、ちょっと疲れてて」。やっと口にできた言葉。堀北真希の表情の演技は抑制されていながらも、内面で何が起きているのか、回想シーンと相まって、真に迫っている。あの晩ただならぬことが佳音の身に起きたことが察せられた秀逸なシーンで、ここでの堀北真希と豊原功補の演技には思わず息をのみました。
翌日、耀司に面会する佳音。ひきつづき堀北真希の演技に注目の場面。
「あのねお兄ちゃん、私、昔のことが、よく思い出せないんだよ。小さい頃のことはよく覚えてるよ。でも、あのクリスマスのことは、お父さんが、何をしてくれたのか。お母さんが、どんな風に笑ってたのか。（ガラスに映った福士誠治さんの表情が印象的。ここは演出も秀逸。ガラスに映った顔であるところがいい）」
「池田に逢ったのか」
「え？」、いつも思うが、どの作品でも堀北真希の「え？」の演技は天下一品である。
「あの池田って記者に」
「うん」
「あいつにはもう逢うな。ジャーナリストなんてな、自分に都合のいいことしか記事にしないんだよ」
「でも、あのひとはお兄ちゃんの罪を晴らしてくれるって言うんだよ」
「そんなことどうでもいいんだよ！　俺に罪がないってことがお前にわかっていれば、世間なんてどうでもいいんだよ！」福士誠治さんの熱演。言葉の迫力と相まって素晴らしいが、静寂の部分にもう少しぴーんと張りつめたものが欲しい気がする。これは福士さんと堀北さんの演技者としての資質に欠けている部分。だが、役者でいちばん難しいのは実を言うと、この、無言が生む張りつめた緊張感であり、それが作り出せるような役者は本物であると言える。
それを見て、〈目が点〉の佳音。我に返る耀司。
「好きなひとができたって言ってたよな、この前。そのひととは、どうなんだ」
「あれは、ダメになった」、突然恋の話を振られて、どう答えたらいいのか、おろおろする様子が佳音の表情に出ている。
「ていうか、最初からダメなんだよ、私なんて」
「そんなことないだろ。（首を振る堀北）お前の良さがわからないなんて、そいつがダメなんだよ」
永い沈黙の演技。この時の緊張感の生み方はいいと思う。思わず視聴者が息を詰める場面である。さっきまで緩んでいた糸がぴいんと張ってゆくのがわかる。堀北の、佳音の内面で何かが毀れた。
「違うよ」昨日の池田の詰問のダメージがぶりかえし、遂にこらえにこらえていた感情が堰を切ってあふれる。ガラスに映った佳音の顔が悲しみから激しい怒りの表情に変化し始めているのを、耀司はまだ気づかない。ガラスの反射を巧みに使った演出はいいと思う。
「あのひとが悪いんじゃない」
「佳音？」佳音の内面に冷たい怒りがこみ上げている。抑えに抑えた表情の微妙な変化。
「お兄ちゃんのせいだよ。ぜんぶお兄ちゃんのせいだよ！　お兄ちゃんのせいで！　私が何をやっても！　恋なんかしても！」こらえにこらえていたものが、八方破れ的に吹きだして、まだ自分が何を言ったのか把握できてない佳音。呆然自失の耀司。と、突然、自分の言ってしまったことに愕然。雷に打たれたような衝撃にうろたえる佳音。
「ごめんね。ごめんねお兄ちゃん、今の、全部嘘だから。気にしないで」衝撃で、身体を細かく痙攣させる耀司。
何てことを言ってしまったんだろう、私は。悔恨の想いに打ちひしがれる佳音。この場面、堀北真希の演技の爆発の前の耀司のセリフに何か佳音をキレさせる印象的なセリフがあれば、迫真の名場面となったはずだが、残念ながら脚本の不備のために、彼女の迫真の演技は空回りしてしまっている。ここはなかなかの好演だっただけに惜しまれてならない。
夜道を歩く、放心状態の佳音。
私は嫌われてしまったのかもしれない。でも、あのひとに逢いたい。その想いが佳音を教会に向かわせる。
けれどその夜オルガンを弾いていたのは義道神父（内藤）。殉也ではなかった。
殉也宅前。医師が家から出てくるのを目撃する佳音。昴もいる。
「容態が急変したら、私のケータイに連絡して下さい」容態が急変？　何のことだろう。たまらず家の前に行き、中の様子をうかがう。殉也がいない。家の中には哀しみの表情に暮れている昴の横顔だけがあった。
やがて例の秘密の部屋に忍び込む昴。その頃長距離バスに乗ろうとしていた殉也は、ケータイで聖花の異変に気づく。自宅の監視カメラが映らないのだ。
殉也宅の玄関前の佳音。奥から生命維持装置のピーという音が聞こえてくる。あれは生命維持装置が外されないとしない音だと言うのは誰でもわかる。思わず家の中に入る佳音。躊躇しながら秘密の部屋のドアノブに手をかける佳音。ドアを開けてみるとそこにいたのは、殉也に肩をもたせかけていた、あの女性だった。その女性がいま植物状態で、しかも生命維持装置が外されている。驚いて維持装置を再起動させようとする佳音。
「やめろ」、昴の声だ。
「出ていけ。何も見なかったことにして、消えるんだ」
「この人、誰ですか。殉也さんの大事な人でしょ。そうでしょ？」そのとき、生命維持装置のシグナルが鳴った。慌てて対処しようとする佳音。
「やめろ。やめろ！」それを突き飛ばす昴。と、その表情がにわかに変わった。戸口に立っていたのは殉也だった。と、生命維持装置からピーという音。呼吸と心拍が停止したのだ。昴が処置を行い、蘇生する聖花。維持装置が正常値に戻った。殉也は犯人が佳音だと思っている。いたたまれずそこを立ち去る佳音。追いかけようとする殉也。
「待てよ！　やったのは俺だよ」そう昴が言った。
「どうして？」
「お前のために決まってるじゃないか！　お前の人生がこの女のために食いつぶされてゆくのを見たくないんだ。お前には、お前の人生を生きてほしいんだ」。
街灯の下、うつむいている佳音。そこへ殉也が駈けてくる。逃げ出す佳音。
「ごめん！　疑ってごめん。前にも似たようなことが一度あって、その時も君じゃないかって。ほんとにごめん。彼女は、ぼくの婚約者なんだ。結婚式の日に事故に遭ってああなった。医者は見放してるけど、ぼくはまだ望みを持ってる。いつか目覚めるんじゃないかって。そう思えてしょうがない。毎日毎日、反応のない彼女に話しかけて、教会に行ってお祈りをして。何やってんだろ。バカみたいだなって思うこともあるよ。でも、でもね。彼女なしにぼくの人生はあり得ない。彼女のいない世界で、幸せになんかなれないんだ！」北川くんの長ゼリフ。けれどもドラマを代表する名場面であり、ここでの北川くんの演技はこのドラマでの彼のベスト演技であった。
こんな熱演を見て、堀北真希がほだされないわけはない。佳音は黙って、殉也の手を取り、語りかける。
「だったら私、祈ります。あなたに幸せになってほしいから。いつか、あの人の目がさめるように、私も祈ります」。じっと殉也を見つめる佳音。ここは本当に胸を打たれる場面。何故なら二人の演技は演技を超越さえしており、ドラマの迫真性に充ちているからだ。
翌日。佳音が殉也の家に行くと、聖花がおもての窓ぎわの背もたれ椅子に横になり、外を見ている。殉也が彼女の気分転換をさせてあげているのだ。カサブランカの花を飾ってあげる殉也。その笑顔を見て、佳音の表情にも笑みがこぼれる。ここでの堀北さんの笑顔が実に印象的だったことを、７年経った今でもぼくは憶えている。
ピアノ・バーのウェイトレスの仕事を紹介するよと佳音に言ってくれる殉也。
その夜。耀司の仮釈放が決まったと保護司の松下さんから連絡。つてを頼ったら耀司を引き受けてくれる鉄工所が見つかったというのだ。いいことは重なるものだ。
刑務所の前で、厳しい自戒の表情の佳音。先だってのことをまだ悔いているのだ。その佳音を慰めるように微笑む耀司。佳音もそれを見て安堵の笑顔を浮かべる。
耀司は駅の公衆電話から池田にコール。
「妹に近づくな。これ以上妹の周りを嗅ぎまわったら、お前を殺す」先日の佳音のことで、耀司には池田への激しい憎悪の感情が生まれてしまったのだ。
その夜、晩ご飯を作っている佳音。佳音を溺愛する耀司にはもうひとり、気になる人物がいる。殉也だ。
もし殉也が佳音の心をもてあそぶようなひどい男だったら、俺は決してこの男を許さない。そう思いながら壁に貼られたツーショット写真を見つめる耀司。この写真、一度破られた後をつなぎあわせている。つまり、二人の間に何らかのトラブルがあったことに気づいたのだ。
「散歩、行ってくる。一人でぶらぶらしたいんだ」。
教会。その夜、讃美歌の伴奏のオルガンを弾く殉也を、教会の最前列の席で冷たく凝視している耀司の姿があった。

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