mixiユーザー(id:18006698)

2015年10月11日23:21

210 view

ブーバーへの想い。

前提として、他者に対して「距離をとること」。
それによって他者との「関わりの中に入ること」が可能になる。
「他者と共に生きる」ような「人間と共にある人間」という構造。
「何か」という問いは意味を失い「誰か」という問いが始まる。
「出会い」を成立させる、「関係能力もしくは応答能力」。

能力は動態的な状況に属するのであって、人間の能力のみに属するのではない。

確かにいい線いってる。ハリー・スタック・サリヴァンの「関与しながらの観察」を想わせる。でも残酷だ。状況が共生を許すかどうかは一種の運命ではないか。私はそういう恩恵を少なくとも3回は持ちえたと信じているけれど、そうでない人は?個的な能力をいくら上げても、報いの得られない人は?
2 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する