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2015年05月20日12:28

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正史にオマージュ 第106回



終章 事件が解決したあとで(承前)



 私たちは母屋に集められ、そこで一夜を過ごした。おもに、私と弟子待とディオスが、村の近況について、訊問を受けた。ディオスは私の通訳兼アドヴァイザーとなった。小郡の家にあったキリストばあさんのバスケットを調べ、パスポートを見つけると、名前が中倉昭子だと分かった。どうして、もっと早く調べなかったのか、不思議に思ったが、村人でバスケットのことを知っていた人が、ほとんどいなかったらしい。ロドリゲス中尉は、求める人間の名前とは微妙に異なるので、頭を抱えたようだった。訊問は夜半過ぎまで続いたが、やり方は紳士的だった。終わると、白い家の自分に与えられた部屋で、私は床についた。なかなか寝つかれず、何度も窓を開けては、南十字星を見上げた。翌早朝、ロドリゲス中尉の一隊――全部で十数名が二台のジープと数台のオートバイで来ていた――は、チャベスを連行して村を去った。ディオスの四駆は徴用された。ロドリゲス中尉が、エスメラルダ人民解放統一行動戦線の名のもとに徴用し、後日必ず返却する旨の紙切れを、署名入りで手渡した。ディオスはしぶしぶ受け取り、その後、苦笑した。「私に返す必要はない。レンタカー屋に戻しておいてくれ」と言うのが、精一杯だった。中尉は持っていたリストの人間とは誰一人話が出来なかったことになる。
 私と弟子待とディオスの三人は、弟子待のバールでボニータの淹れたエスプレッソを飲みながら、N村に下る軽トラックの出発を待った。峰の渡邊さんに便乗させてもらうのだ。朝からディオスは口をきかなかった。エスプレッソが二杯目になるころ、私は気になっていたことを口にした。
「結局、ワニブチとキリストばあさんや、ワニブチとアニータって、どういう関係だったんだろう」
 ディオスは私の顔をじっと見た。そして、肩をすくめてみせた。
「初音さんは、もしかしたら、大事なことにひとつ気がついてないんじゃない? ワニブチは日本語が出来ないんだよ。彼が喋っているのは、みんなスペイン語が出来る人ばかりだ。だから、國松さんとの話し合いに、チャベスさんの同行を頼んだんだ。キリストばあさんとの関係は分からないけれど、アニータとはスペイン語が母国語同士の会話がしたかったんだと思うな」
「初音さん、ほんとに気づいてなかったの。ノート読んでても、ぼくはてっきり分かってるもんだとばかり……」
 弟子待があんぐりと口をあけている。私は少し混乱した。ワニブチが、日本語を、話せない。しかし、そう言えば、話をしているのを聞いたことはなかった。だが、そのとき、恐ろしいことに気がついた。
「じゃあ、もし、そうなら、変よ。雙松は、どうやって、ワニブチを誘き出したの? イサクさんに合わせるって。だって、雙松はスペイン語なんて出来ないでしょ? アルファベットもろくに言えないのに……。あの解決は根本から崩れてしまうじゃない!」
「初音さんには、もうひとつ、教えてあげなきゃいけないことがあるんだ」
 ディオスはエスプレッソのカップを振って、おかわりをボニータに頼みながら言った。表情が明るく、微笑が浮かんでいるので、悪い話にはならないようだった。

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