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2015年05月14日13:51

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正史にオマージュ 第93回



13 雨がやむ(承前)



 四駆は、道幅ぎりぎりの土橋を渡り、道幅ぎりぎりの坂道を登った。
「雨が降り続いてたんですって?」
 運転しながら、快活に話しかけてきた。
「セバスティアンが、電子メールが来なくなったといって、心配していました。幸い、私が近くに来ていて、時間もとれたので、様子を見にきました。弟子待(でしまつ)さんから話を聞いて、コンピュータを扱えない環境にいたことが分かったので、心配は杞憂に終ったのですが、セバスティンには、そんなことは分かりませんからね」
「この人が店の前に車を止めた瞬間、雨が止んだんだ」
「ここに来る途中も、村に相当近づくまでは、雨には遭いませんでした。幾日も雨が続いていたと、彼に聞いて、驚きました」
 車は納屋の前にある車寄せに停め、離れの白い家の私の部屋に案内した。母屋には、あとで知らせることにする。
 男は予想通り、背が私よりも低く、しかも、痩せていた。コーデュロイのズボンに、スニーカーにしては薄手のやわらかそうな靴を履いていた。
「セバスティアンとは、どういうお知り合いですか? 職場の関係ですか」
「同級生ですよ。でも、似たような仕事についたので、つき合いが復活しました」
 そう言って。名刺をくれた。Euro non government commissioners for refugees略称ENGRのスタッフとなっている。名前には、ミドルネイムにイニシャルのXが入るらしい。
「NGOですか」
「そう。ここに入ってから、セバスティアンとも、連絡を取り合うようになりました。彼の調整の下で、実働部隊として働いたこともあります」
「では、セニョール・マキーナは……」
「ディオスでいいですよ」
「ディオスは、セバスティアンに頼まれて、私に会うためだけに、ここまで来たんですか」
「そう。だから、すぐにおいとまします。初音さんが無事なことが分かったので。私もたっぷり時間があるわけではありませんから」
「下の村までは、すぐに下りられるんですか。雨で道路の状態がどうなってるか分からないと言われたんだけど」
「大丈夫です。確かに、雨は降っていたみたいで、路面がぬかるんではいました。でも、全く大丈夫」
 事態が好転の気配を見せ始めた。弟子待もそれ感じているようだ。脇から口をはさんだ。
「あの車なら、何人か乗れるから、よかったら乗せて行ってもらえませんか。実は、ちょっと騒動があって、医者や警察に連絡しなければいけなかったのだけど、雨でうまく出来ないままになってるんです」
「騒動?」
 私と弟子待は、ふたりしてためらった。話すべきか、どこまで話すべきか。私は出来るだけ簡単に、連続殺人が起きたことを説明することにした。犯人の分かっている、キリストばあさんの狙撃事件と、犯人の分かっていない、それとは別個のものらしい三対の殺人事件が、数日のうちに起きたと話した。
「三対というのは、ふたりずつが三回ということですか?」
 ディオスは聞き流してくれなかった。私は連続殺人のことを、少し詳しく話した。
「それは不思議」
「でしょう。あ、そうだ、初音さん、ノートありがとう。面白かったな。面白いなんて言っちゃいけないんだろうけど、でも役に立ったし、これからも、きっと役に立つと思うよ」
 弟子待はそう言って、立ち上がると、防寒コートの大きなポケットから、昨日貸したノートを取り出した。背中のyahooBBの赤い文字が揺れる。
「事件の克明な記録なんです」
 弟子待は、ディオスにそう説明した。ディオスは興味深そうにノートを見ている。
「日本語で書いているのですか」
「そうですけど……」
「そうか」
 ディオスは少し考え込んだが、私の方を見て、真剣な面持ちで言った。
「初音さん、私にもそのノートを読ませてくれませんか。読むのは英語ほど自信がありませんが、それでも好奇心には勝てません」
「私はいいですけど、でも、時間は大丈夫ですか。けっこう分量あるから、読むのにも、時間がかかると思いますよ」
「書類を読むのは訓練されていますから。こんな事件の記録を放っておく人間はいませんよ」
 ディオスはそう言って、気持ちのいい微笑を浮かべた。

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