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2012年03月17日13:56

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三題噺「たけのこ、すずめ、椅子」

今から思い返すといかにも青臭い議論で思い出すだに汗顔の至れり尽くせりなのだが、当時中学生だった俺たちは「聖書は史実かどうか」という議論でやりあっていた。
「No!No!No!全ては聖書にWritingされてる通り!このWorldがこうある事、それ自体が神のミラクルね!ゆえにこんなtalkは自明のナンセンス!」
ふた昔以上も前の大昔のギャグマンガみたいな中途半端な英語混じりで頭の悪い事を口角泡を飛ばす勢いで喋るコイツは、俺の友達でコレタカ。漢字で書くと読めなくなるのでカタカナで書いたが、純粋な日本のバカである。
近所の教会の外国人牧師と知り合いになって影響を受けたようだ。が、こんな影響の受け方をするヤツを、俺は他に知らない。おまけにほんの数ヶ月前まで宗教になんか興味なかったくせに、いきなり神がどうとか言い出すに至っては、もはや苦笑しか出ない。のだが、この日は何を間違ってか、「神は人が作った概念だ」みたいな事を口走ってしまい、不毛な議論に引っぱり込まれてしまった。
それからもう一人、キヨシというヤツが俺たちの議論する傍らで薄笑いを浮かべて立っていた。コイツは人が議論していても一切自分の意見を言わず、いつも人を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべているようなヤツで、俺達以外の友達がいないという実に寂しいヤツだ。
そのキヨシが相変わらずの薄笑いを浮かべながら、珍しく口を挟んできた。
「じゃあ、確かめに行ってみるか?」
「ホワッ?」
「は?何を?」
「聖書が史実かどうかを、だよ」
「どうやって」
「ホワッ?」
「What以外の言葉、ねえのかよ」
「ハウぅ……」
コレタカはまなじりを下げて自信なさげにつぶやいた。
「タイムマシン、みたいなのがあるんだよ。お前らがその気なら、いつの時代にでも連れて行ってやるぜ」
なんだよキヨシ、お前もか。
と思ったのが俺のうんざりした顔でキヨシにもわかったのだろう。
「いや、お前がそういう顔するのはわかるんだけどな」
とキヨシは言ったのだ。
「だがな、俺はお前らがこの時間、ここでこの話をする事を、あらかじめ知っていたんだぜ」
「そんな事はいくらでも言えるだろう。どうせ言うなら、もう少しはっきりした未来予知してくれないとな」
「まあいいさ。実際に行ってみたらわかる事だ」
「Great!!」
唐突にコレタカが叫んだ。
「タイムマシン! それは本当か! It's Trueか?! すばらしい! わんだほー! ぜひ行こう! いやタイムマシンがあるんなら、使わないハンドはない」
さすがコレタカ。何の疑問もなく食いついてきやがった。
「それだったらノアの洪水の所がいい! もちろん洪水のまっただ中じゃないぞ? 水が引き始めて、陸地が見えてきて、ノアたちが方舟から降りてくる辺りだ。ミーはあそこの部分が聖書の中で特に好きなんだ。神に反する者がみんな死に絶える所とか特にいい! 痛快!!」
興奮のあまり英語を使う事を忘れているようだ。これからは常に興奮状態でいるといい。正直あの中途半端な英語混じりを聞いているとイライラしてくるのだ。
「OK。じゃあそこに椅子を寄せて座ってくれるかな」
「は? まさか今から行くとか言わないよな」
「言うよ。実は用意はもうしてあるんだ。言っただろ? 俺はお前らがここでこの時間、この話をする事をあらかじめ知っていたってよ」
「いや展開が早すぎてついていけな――――」
「はい」パンっ!
俺が喋りかけるのを断ち切るように、キヨシは拍子をつけて一拍、柏手を打った。
血圧が急激に下がった時のような気持ちの悪い脱力感に襲われ、ぐらりと世界が揺れる。倒れる、と思ってハッとして持ち直すと、もうそこは海だった。
はるかな水平線で接する、海原と蒼穹。
さっきまでの教室の風景が幻影だったのか、それとも今目の前にひろがるこの広大な風景が夢なのか、どちらが虚でどちらが実か、一瞬わからなくなる。だが、空気の重さの違いが、今目の前に広がるこの海こそ実であると教えていた。ぐらぐらとする足場の悪さに手近の支えを探して、水を吸った黒い舟縁をつかむ。
「おいおい……」
信じられない事に、俺は本当に海のまっただ中にいたのだ。
「ファンタスティック!」
ああ、バカの声が聞こえる。と思って振り返ると、果たしてコレタカが両手を広げてそこにいた。この信じがたい状況を、素直に感激し感動しているようだ。キヨシはいない。キヨシはバカじゃないから自ら望んでこんな所に来たりはしないのだ。そしてもちろん、俺だってバカじゃないから自ら望んでこんな所に来たりはしない。全部このバカのとばっちりだ。
よく見ると俺達が乗っている舟は、俺が知っている舟とずいぶん形が違うものだった。舟にしてはかなり四角い。これが方舟というヤツか。ていうか真四角。……ていうかただの木の箱じゃん!
いやちょっと待て。どうやらまだ俺は動揺から復帰していないらしい。いつの間にかあの聖書の中のノアの方舟の話が史実であると前提して考えていた。これはあの方舟とは何の関係もない、ただの木の箱に過ぎない。
オーケー、わかった。まず深呼吸して、それから冷静に状況を整理してみよう。
つまりこういう事だ。コレタカと俺は、海に浮かぶ木の箱の中にいた……整理しても一緒だな。
おそらく液体を入れる為に作られたものなのだろう。木製とはいえかなり気密性が高いらしく、海に浮かべられながら全く海水が入り込む様子がない。それよりもバランスが崩れてひっくり返る方が危ない感じだ。
周囲を見渡すと、同じような木の箱がそこら中に浮かんでいて、箱ごと流されてきたらしい人の影もちらほら見えた。男子中学生が二人、余裕で乗れるくらいだから、かなり大きい箱と思ってもらったらいい。
それらの木箱の一つに乗っている年配の男が、こちらに向って何か叫んでいるようだった。だが当然のことながら日本語ではないから、何を言っているかわからない。よしきた俺に任せろとコレタカがその男に向かって返事を返す。
「Hey You!!  Do you ノア?」
“あなたはノアですか?”と言いたかったのだろうが、それではDo you know(あなたは知ってるか)の方がまだ近い。発音がアレだけど。
相手の箱がこちらに近づいてきているのは、相手の箱に乗っているもう一人の男が木の板を櫓にして漕いでいるからだろう。漕いでいる方の男は青年くらいの若い男だ。声が届くほど近づいてきたが、相変わらず何を言っているかがわからなかった。中東ゲリラ関係のニュースで時々みるような、彫りの深い造形をしている。
「My Name is コレタカ。I am ジャパン。この大量のfull waterは、ahー、神の、god ジャッジか? アハァ?」
ひどい。ブロークンにもほどがある。これでは英語圏どころか日本人にすら伝わるかどうか怪しい。
こんな調子で散々奮闘していたコレタカだが、さすがに限界を感じたらしい。仰々しく天を仰いで「ジーザス!と叫んだ。「なんて事だ! My Englishがほとんど通じない!」
ちょっと待て、”ほとんど“だと? ……いやまあ、もはやそれは言うまい。てゆーか、まず相手が英語圏の人間じゃない事くらいわかれよ。
いや。
いやいやいや、待て待て待て。もしかしてコイツ。
「あのなコレタカ。外人がみんな英語喋るわけじゃ、ないんだぞ?」
「ほう。豆知識か」
「豆知識じゃねえ!心底関心したような顔するな!」
「いやそれで得心した。Yes, I am. OK!こいつらは英語を喋らない外人なんだな? どうりで話がコネクトしないわけだ。危うくミーの英語力に自信をロストしかけてたぜ」
むしろなんで自信があるのかそっちの方が俺は不思議だけどな。
言葉は通じなかったが、俺にはこの年配の男が何を言わんとしているか、なんとなくわかった。
「たぶん、お前達はどこから来たんだ、みたいな事を言ってるんじゃないか?」
まあそれがわかっても、伝える方法はないけどな。
それから年配の男は、櫓を漕ぐ青年と顔を見合わせ、首を振って何か喋った。たぶん彼らも「言葉が通じないようだ」みたいな事を言っているのだろう。
年配の男は腰をかがめて、足下から鳥かごのようなものを持ち上げた。コレタカが、あっ、と声を上げる。
「ハトじゃないか? ハトをフライングさせて陸地をサーチさせようっていうんじゃないか?」
興奮気味でコレタカが俺の肩を掴み、鳥かごを指差す。
「なんでハトは英語で言わないんだ」
しばらく凝固した後、コレタカは「今はそんなスピーチをトークしてる場合じゃないだろう!」と俺の肩に置いた手に力を込めた。
「ここは大事なシーンなんだぞ。ほら、アレだ。聖書の有名なシーン。ノアにフライングされたハトが、オリーブの木をくわえてリターンしてくるヤツ」
「木じゃねえよ。葉っぱだろ? どんだけでっかいハトなんだよ」
だが、年配の男がその鳥かごから取り出したのは、ハトではなくてスズメだった。
「どうやらノアじゃないようだったな」
俺はニヤニヤして言った。
「ふっ、こ、これくらいは誤差の範囲だ」
そうか?
ハトとスズメが誤差の範囲かどうかはわからなかったが、その中年の男はスズメを空に放ったので、行動だけ見ると、まだノアの記述をなぞっているようには見える。
「これであのスズメがオリーブの葉っぱをくわえて戻ってくれば」
英語混じりで喋るのを忘れてコレタカが空に祈るようにつぶやく。
俺とコレタカは、そこらに漂っていた木の板を引っ張り上げ、櫓にして彼らの後を追ってついていけるように準備した。俺もこうなってくると、ちょっと気になるしな。
そのまま戻ってこなかった、という結果もあり得たわけだが、ほどなくして、スズメは無事戻ってきた。タケノコの皮をくわえて。
「違うだろう!」
とスズメにコレタカがツッコむ。
「いやあ、ちょっと誤差が広がってきたねえ、コレタカ博士」
俺は更にニヤニヤしてコレタカの肩をポンポンと叩いた。
しばらくすると、果たして遥か遠くに島らしきものが見えてきた。この奇妙な旅も、ようやく終盤にさしかかってきた感じがする。
「まあ、この人たちがノアかどうかはわかんなかったけどさ、過去に似たような事があったという事はわかったよ。たまたま偶然な」
「へい! お前のストーンヘッドにもあきれるぜ。“たまたま”? “偶然”だと? へっ。よく聞けこのサノバビッチ野郎! スズメだとかタケノコだとかそんなスモールな事はどうでもいいんだ。最もインポータントな事はこの洪水が神のジャッジで引き起こされたものだって事さ。いいか、あのランドに上陸したら、聖書によるとノア達は祭壇をビルディングして神にお祈りするはずだ。そうすると神が現れてノアたちを祝福し、もう洪水は起こさないって契約するんだ。これこそが神のミラクル! それこそゴッドの御技! 神の愛! 本物の神を見てびっくりするなよ?」
本物の神が出てきたらフツーにびっくりするけどな。てゆーか、中指たてて神の愛を語るとか、どーなんだそれ。
「いや、てゆーかさ。フツーにこれ、海で難破した人達なんじゃないの? 別に洪水ってわけじゃなくて」
「なに? いや違った、ホワッ?」
「言い直さなくていいから」
「これだけの大量なfull waterが、洪水じゃなくて、ただの海だと?」
「いやだってさ、世界中を没するほどの大洪水、とか考えるより、ただの海、って考える方が、自然じゃん」
言い合っている内に島にたどり着いた。砂浜があって、竹林があって、タケノコがそれこそ雨後のタケノコと言われる通りにズクズクと育っている。
それを見たコレタカが狂喜せんばかりに顔をゆがめて俺の服を掴み「ほらみろ!ルック!」と叫んだ。
「何が」
「タケノコだよタケノコ! あの異常な繁殖! あれは相当ロングなレインが降った証拠だぞ! 具体的に言うと40日くらい! あれこそ洪水の証拠じゃないかfuckin'!!」
方舟が流れ着いた所って、竹なんかあったかなあ? と俺は思ったが、ややこしくなりそうなので俺は黙っていた。
男達の後に続いて俺達の木箱も岸辺に流れ着き、波の勢いで砂浜に倒れ込む。他の木箱に乗っていた人々も次々に上陸してきた。乗ってきたのはどうやら全員、その最初に会った年配の男の家族のようだった。
何を喋っているのかわからないが、年配の男が采配して、彼らは木や竹をかき集め、器用に組み上げてキャンプファイヤーみたいなものを作り上げた。
「ほら、祭壇だ」
祭壇かあれ?
年配の男がその祭壇らしいものの一番近くに正座し、他の者達がその後ろに従うように座る。
そうして一斉に両手を前に合わせ、敬虔な面持ちで一礼した後、声を合わせて祈りの言葉を唱えはじめた。
「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経……」
「オイちょっと待て、ヘイ、ウェイト! 言うにことかいて仏教徒ったあどーゆーことだ!!」
思わず声を荒げて立ち上がったコレタカを、俺は慌てて後ろから羽交い締めして止めた。
「待てコレタカ! 信仰は自由だ!」
年配の男を始めとする男女が、驚いて祈りの言葉を中断させ、俺達を注目する。
「shit! 仏に魂を売った異教徒どもめ!」
不意に風景が揺らいだ。どうやらようやく元の時代に戻れるらしいと俺は直感し、「コレタカ」と呼びかけた。
コレタカはまだ何か言い足りないようで、そこにいる者達を指差し「fuck youね! お前ら全員fuck youね!」と意味のわからない罵倒を叫んでいる。それに対して彼らが何か答えているような気がしたが、あまりよくは聞こえなかった。ただ、shit とか fuck youとか、口汚い単語だけはやたらに発音いいなコイツ、と俺はまた襲ってきたあのイヤな脱力感を感じながら、なんとなくそう思ったのだった。あー倒れる倒れる……ハッと身体を起こすと、そこは元の教室だった。
「どうだ?」
とキヨシが小馬鹿にした笑みで俺の顔をのぞき見る。
「……あのさ、これってタイムマシンっていうか、ただの催眠術じゃないの?」
キヨシは口を歪めて言った。
「好きに解釈したらいいさ」
あれからもう何年も立っている。キヨシもコレタカも、一体どうしているのか、もう何年も付き合いはない。ただ、未だに気になるのは、最後にこちらに戻ってくる瞬間の事だ。
コレタカが「fuck youね!」と叫んでいた時、言われた方の彼らが何か答えているような気がしたのだが、後で思い返すと、それがなんだか「ハ、ハコブネ?」と聞き返していたような気がして仕方がないのだ。
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