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日記一覧

●林屋神道のことを考えてみますと、仏教はひとつの規範としてでき上がったものとして入ってきたのに反して、日本にはそういう体系だったものがなかった。結局、神の行動のあとをずっとつづり合わせたものが、あるかなしだった。神道は、いわば神の履歴書です

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●上田 能や歌舞伎では「橋掛(ハシガカリ)」というものが、非常に重要な舞台構成としてあるわけですが、これはやはり神の道の一変型ですか?●林屋役者の登場という点では似ているのですが、能の「橋掛」と歌舞伎の「花道」は別系統のものです。「花道」は、も

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●山田日本の芸能は、本来神への信仰とひとつのものとして出てきていますね。つまり仏道と芸道は、信仰の道として、もともと 切り離せない関係にある、と考えられます。これはヨーロッパの場合でもそうなっていると思うのですけれども、日本でも、政治の支配

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●林屋西行や芭蕉のような人たちは〈共同体〉、当時の言葉でいえば〈寄り合い〉に入りきれないで、極端にいうと疎外された。遁世(とんせ)です。●上田共同体からの脱出ですね。〈出世間〉ということになります。●林屋そういう人たちが、非常にユニークな〈

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●山田哲学で方法論というのがやかましくいわれますが、その方法、メソードの語源はギリシア語のメタオドスです。オドスは〈みち〉、メタは「ナニナニのあとに」という意味だから「〈みち〉のあとに」ということです。だれかが〈みち〉を切り開いて歩く、歩い

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『日本の「道」―その源流と展開』林屋辰三郎、上田正昭、山田宗睦=編(講談社 1972)よりhttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J9G268●上田 日本人が道を考える場合、おおざっぱにいって2つの考え方があると思います。ザインの〈みち〉とゾル

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最後に、神話的象徴の意味について述べておきたい。1人類学は元来、未開社会のシステムを研究するという関心から出発した研究であり、したがって「神話は、その社会構造を機能させる役割を果たす」という観点からとらえられる。この場合、神話的象徴は

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私の考えるところでは、衝撃神話の解釈には、文化人類学と深層心理学(つまり神話の社会的機能と神話の発生母胎)の接点を見い出すことが何よりも重要な理論的課題であると思われる。では、両者の視点が手を結ぶ可能性は、どのような形で見い出されるのであ

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3最後に心理主義的神話解釈への論点として、ユングの「元型論」に対する批判があげられる。http://mixi.jp/view_item.pl?id=23141レヴィ=ストロースは、ユングが集合的無意識の元型を遺伝によって説明しようとしたのに対して、厳しい批判を加えている

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では、構造人類学は、心理主義的神話解釈に対してどのような批判を加えているのか。私なりに整理すると、その批判の論点は、ほぼ次の3点にあるようである。1心理学的神話解釈は「象徴主義」であり、それは「内面的心理作用の世界にあらわれた象徴的イ

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先に述べたように、レヴィ=ストロースは唯物論医学の信奉者であり、心理療法には真の科学性としての権利を認めない。これと同様に彼の神話研究も、一切の心理学主義を否定する立場に立っている。レヴィ=ストロースのhttp://mixi.jp/view_item.pl?id=76880は

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レヴィ=ストロースの基本的思考体質は、「デカルトを否定するデカルト主義者=合理主義を否定する合理主義者」である。デカルトのコギトの哲学に対しては真正面から対決し、自我意識の自律性を否定したにもかかわらず、その方法論的思考態度においては、知的

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http://mixi.jp/view_item.pl?id=1163107最近100年の日本文学は内外両面で西洋の文学をモデルにして努力して来たものと思われるのです。つまりシェークスピアのような、あるいはゲーテのような、あるいはフローベルのような西洋文学の第一級品ふうなものを、

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http://mixi.jp/view_item.pl?id=1163107明治以降、最近100年間の日本文学はいつもモデルが西洋にあった。そしてその西洋にあったモデルをうまく真似れば歓迎された。いっさいの粉飾を払い去って、実相をそのまま語れば、そういうことになりはしないでしょう

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