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開催終了2009年度第3回BD研究会

詳細

2009年04月16日 09:33 更新

2009年度第3回目のBD研究会を以下の日程で行ないます。

●開催日時:4月26日(日) 13時30分〜16時30分
●場所:新宿区・東京日仏学院
●所在地:新宿区市谷船河原町15
●交通:JR総武線飯田橋駅西口より徒歩7分
     東京メトロ有楽町線・南北線・東西線・都営地下鉄大江戸線B3出口より徒歩7分

* 地図はこちらです↓
http://www.institut.jp/apropos/acces.php

会場費はかかりません。使用する教室は301号室です(日仏学院を手前の入り口から入って坂を上ると、向かって左側に Rive Gauche[リヴ・ゴーシュ]という本屋さんがあって、右側が受け付け及びメインの校舎になります。その左手の本屋さんの手前に透明のドアがついた白い建物があって、その建物の3階です。上の写真に写っているのが建物の入り口です)。

今回のテーマは当然のようにメビウスです! 不肖ショードヴァルがメビウスってどんな人なのかザクっとお話しする予定です。メビウスともなると、僕なんかより知ってるという人がたくさんいるはずなので、ぜひ皆さんのお話もお聞かせください。メビウスのこんな本持ってるという方、お持ちよりいただけると助かります。

英語やフランス語の知識は特に必要ありません。アメコミやBDに関心を持っている方は気楽にご参加ください。終会後は有志で飲みという流れにします。  

コメント(68)

  • [29] mixiユーザー

    2009年04月27日 15:39

    >犬コさん
    ドンマイです。また次の機会にぜひ!

    >韓リフさん
    僕はまだ全然調べることができてなくて、とりあえず『ヘンゼルとグレーテル』の中に収められた短編にArzachの影響が顕著であることぐらいしか知りません。『ヘンゼルとグレーテル』はハードカバーのアルバムみたいな装丁になっていて、その辺からもメビウスに対する目配せが感じられるということは昨日も少し話題に挙がりました。ウィキペディアの項目を読むと、『ぱふ』1979年7月号「特集 大友克洋の世界」(雑草社)というものがあるようで、もしかしたら得るところがあるのかもしれません。メビウス以前と以後で大友はかなり変わるという話もあるようで、すごく気になっています。ウィキペディアの項目を見る限りでは当時それほど多くの作品を発表していませんし、初出誌に当たれる環境にあれば、ここを押さえるのはそれほど難しくないのかなという気がしています。
  • [30] mixiユーザー

    2009年04月27日 17:43

    ショードヴァルさん、ありがとうございます。

    同時代的に大友の作品をやや粘着ぎみに追っていた経験が79年頃からあるのですが、ともかく従来のマンガとは違う斬新さをもっていました。まさか30年ほどたってこんな仮想空間上でw 大友の作品について調べることになるとは思いも至りませんでしたが、たとえばいま手元には『ショート・ピース』があります(再販のもの)。これは巻末にご存じのように著作目録がついているのでかなり便利です。

    この本がはじめに刊行されたときの印象は、特に学園物二部作の新鮮さです。あの当時の印象では、「副部長」に萌え(そんな言葉なかったですがw)ました。いま読むと「School boy」の副部長はおさるさんみたいですが、「任侠」の方は彼女がカツカツあるく姿など斬新でやはりいまでも萌えます。

    独断ですが、前者は76年、後者は78年です。絵がかなり違うようです。そして
    大友といえば当時は後者のような斬新な絵とストーリーを書く人ということで僕は熱狂しました。ほかの作品をみてみると(悲しいかな表現手法の名称に疎いのですが)、78年には大友らしさがほぼ完成していて、77年の作品は端境期でもう少しほかの作品をみないとなんともいえない、76年の作品はメビウス的なにおいが感じられません。76年に読んでそれが創作に77年から出始めたという説も可能ですが、作品そのものからみると77年に何かあった重要な契機があったような気がします。

    『ぱふ 特集大友克洋の世界 Vol5-6』ですが、昨日の真夜中にネット古書店でみつけて買いました。まだ手元には来ませんが何か興味深いものがありましたら、どこかに書きこませていただきます。
  • [31] mixiユーザー

    2009年04月27日 19:46

    菫子です。いつも大変お世話になっております。
    この度は途中で帰ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。
    私はメビウスのこと、殆ど知識がありませんでしたので、
    とても参考になりました。

    京都での成功お祈り申し上げます。
    9日に明治大学でお会いできるといいですね。

    またまたこれからも研究会に参加するつもりでおりますので、
    よろしくお願い致します。
  • [32] mixiユーザー

    2009年04月28日 21:44

    >echoさん。植草甚一の本はさきほど確認しました。植草はお書きになったように『Hara-kiri」についてふれていますが、メビウス、ジローともに名前もそれに類した存在も出てきません。ほかのところも読みましたが、メビウスもジローもでてきませんでした。ただ植草の現行の本では『ユリイカ』連載時点のものから二回分削除されているようです。植草はかなりフランスのマンガに章を割いて言及していますのでそこでとりあげている可能性は否定できません。

    あと『ユリイカ』の一九八八年の大友克洋の臨時増刊号もみてみたのですが、そこには研究会で言及された「ヘンゼルとグレーテル」におけるメビウスの影響について簡単に米沢嘉博が非手塚的文脈でふれていますが、それは米沢の指摘というよりも過去にすでに言及されていたものとして記述されているという感じです。

    あと同号では、巻頭で手塚が以下のような言及をしています。

    「メビウスが日本へ来たのは4,5年前だが、あの頃はマンガ家志望者の間では一種のメビウスタッチブームで、SFアートコンテストでもメビウスまがいが一席とったりしていた。大友さんはといえば何冊かの短編集の上梓はしていたが、「童夢」以前であり、それらのメビウスタッチの模倣たちの中に埋もれたような存在で(もちろん当時も礼賛者はいたが)正直いって損な立場にいた。おもしろいことにメビウスも大友さんも結局それ以後映画の世界にとびこんでいったが、ああいいう動的な乾いたファンタジーを描く人は自ら動かしたい欲望が人一倍知強いのであろうか」。

    この後に手塚のいまから思うとすざまじいほどの大友の「可能性」への洞察というか予見が展開されるのですが、それは省略ということで。
  • [33] mixiユーザー

    2009年04月28日 23:08

    >韓リフさま

    わざわざ購入してご確認なさったとのことで大変恐縮です。
    そしてご報告ありがとうございます。
    「ユリイカ」連載から省かれた二回というのが内容的に書籍に収録するほどではないと判断されたものなら、紹介されていた可能性はかなり低いんじゃないかという気がしてきました…。
    やはり素人推測では底が浅すぎましたか…。

    大友克洋の臨時増刊号についてもありがとうございます。
  • [34] mixiユーザー

    2009年04月29日 21:56

    しつこく同じ話題ですみません。

    大友克洋の『彼女の想いで…』のあとがきに

    「●FLOWER―――――――――― ちょうどこれを描く直前に、確か、黒丸さんの紹介でメビウスを初めて知って。それでもう影響受けちゃって、オールカラーでこういうの描きたかったのかな。」

    とありました。
    おそらくSF翻訳家の黒丸尚さんのことだと思われますが、この文章からは雑誌記事で知ったというよりは直接のお知り合いとして教えてもらったように読めます。
    またこの短編の『FROWER』の初出が「SF宝石」1979年10月号となっていました。

    少なくとも大友克洋は、米澤さんが見られたという雑誌経由でメビウスを知ったわけではなさそうです。


    >ショードヴァルさん
    当日の話に出た「Little Boy」の5号と6号(復刊1号)を確認しましたが、残念ながらどちらもアスカ蘭さんの連載もほかの方による海外漫画の紹介も一切なく、記事らしいもの自体、5号に映画『ロジャー・ラビット』の時代考証への疑問点をあげた森卓也の記事が載っているだけでした。
    あまり資料にならなそうですが、必要であれば、次回参加時か別の機会に持っていきます。いかがいたしましょう?
  • [35] mixiユーザー

    2009年04月29日 23:39

    echoさん、どうも勉強になりました。となると僕や竹熊氏の説は完全にリジェクトですね。そもそも原典に速攻であたるべきでしたね。ありがとうございます。

    あとついでですので「メビウスと日本」についていろんな方々の情報や自分で調べたものをまとめたものを下にコピペしておきます。調べたほうがよさそうなものがいっぱいありそうです。ただ少なくともメビウスの特集が70年代前半に特集されていたというのはありえなさそうに思えます(どんなにおおまけしてもせいぜい短い言及程度ではないか?)。10年ずれているんじゃないでしょうか?

    ーーー
    メビウスと日本:書誌(予備調査段階)

    ここ4、5年のうちに出た田中は所有したり読んだものは省略。たとえば「Pen」や京都精華大の編集したムックとかいろんな書籍とか。

    ソース元
    田中…T
    小田切…O
    伊藤…I
    原…H
    echo
    ウィキペディアとかそのほかの常識…C

    調査事実上済は●、半分くらい済は△、無印は未調査(あくまで田中の実物確認を基準としている)


    ●『スターログ』ほぼ終了…T
    http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20090425#p3
    http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20090426#p1

    △『SFマガジン』小野「SFコミックスの世界」が71年1月号から →71年から73年までの連載分(約75%収録『バットマンになりたい』にはメビウス/ジロー関係はなし。フランス関係は少しだけ)…O、T

    ●植草甚一『僕の大好きな外国の漫画家たち』(『ユリイカ』連載から二回分、初版から削除。これにはHara-kiriなどフランス関係の記述多いが、メビウス/ジローの記述なし)…O、T、echo


    『POPEYE』 メビウス/ジローの紹介?(創刊)76年…O

    『みづゑ』ギガー特集→美術系の総当たり…T

    74年の第一期奇想天外(ドゥルイエと永井豪の影響関係について黒丸尚がチラッと触れてた)、それ以降の調査…O

    COMの連載 (「海外まんが紹介」68年4月から。69年9月号の「フランスのコミック界」)…O

    △キネ旬の連載(小野)…O ←検索かけたがほとんどフランスの話題なし(T)

    朝日ソノラマの『宇宙船』…O,I

    『漫画ホットミルク』(白夜書房)のおしぐちたかし氏の紹介コラムの連載…O

    サターンマガジンかファミ通でメビウスのインタビューの可能性…O

    『マンガ少年』も時折海外マンガやアニメーションの記事…O、I

    1988年アスカ蘭が『Little boy』の第2号に寄せた「メビウスの世界」…H、C

    1990年の『STUDIO VOICE』(通号179)の世界マンガ特集…O、H

    1992年の『デザインの現場』(通号58)のBD特集のインタビュー…H,C

    『コミッカーズ』2000年夏号のメビウス/谷口ジロー/寺田克也/堤泰光の対談…H、O

    『ぱふ』1979年7月号「特集 大友克洋の世界」(雑草社)…C、T、H

    ●『ユリイカ』1988臨時増刊「大友克洋」(手塚のメビウスと大友に関する発言、米沢の発言あり)…T

    「別冊●奇想天外NO.11 SFアニメ大全」(1980年5月10日発行,奇想天外社) 小野耕世さんが「評論 ファンタジイ・アニメーションの地図を飛ぶ」(小野メビウスとの会食72年の記事)…I(I確認済)

    ●『フランスコミックアート展図録』(メビウスのコラム、小野エッセイでのメビウス証言80年に会ったなど)…T

    ほかにイエナ書店などでの洋書、美術書店での立ち読み文化の存在はキーだが関係者が何ものこしてないとまったくそんなの把握できるわけもなしw

    谷口ジローなどの実作家の作品も現在フォロー中。

    (追記)echoさんより、大友『彼女の想いで…」にメビウスを黒丸尚氏から「Flower」(SF宝石1979年10月号)の直前に聞き影響をうけて書いたとある。
  • [36] mixiユーザー

    2009年04月29日 23:49

    大友の発言からすると上記の書誌(候補)の中では『奇想天外』を集中的にまずは調べたほうがよさそうですね。
  • [37] mixiユーザー

    2009年04月30日 00:18

    ≻大友
    原文には黒丸氏としかありません。前後に黒丸尚氏と推察できる文章もないので「黒丸尚氏から聞いた」は不正確でしょう。
    あの記述からでは媒体が何であったかは推察が難しく(「その雑誌」だったのかもしれませんし)別の文献による補足が必要と思われます。
    画集関係『Akira club』,『KABA』,『アキラ・アーカイヴ』,『キャラクターオブ幻魔大戦』には特にメビウスや海外コミックスに関する記述はありませんでした。
  • [38] mixiユーザー

    2009年04月30日 00:35

    でも「黒丸」でほかに海外コミックに目配りしている「黒丸」がいれば問題になるけれども、とりあえず黒丸尚としてもいいんじゃないでしょうか? そのうえで『奇想天外』を追ったほうが効率的なように思えます。

    僕はちょうどその大友の作品を注文中で、まだ手元に来てないんですよね。たぶん明日か明後日にはつくと思いますが(注文したのが月曜の夜中なんですが)、そのときによく読んでみますね。ただ「Flower」の直前に、黒丸某から「聞いたか」「読んだか」「見たか」したというのは確定なわけですよね?
  • [39] mixiユーザー

    2009年04月30日 01:45

    「Flower」を描く前に出会ったというのは確定です。

    大友とは関係なく『奇想天外』を追っておくのは重要と思います。
  • [40] mixiユーザー

    2009年04月30日 08:33

    個人的には大友問題はだいぶかたがついた感じなので(もちろん作品論的な観点からの分析はあるんでしょうけど)、大友と関係なく『奇想天外』を追うのは賛成ですね。

    これまた顰蹙を買うかもしれませんが、こんな基本的な調査もしてないで、なんでこんな大規模な(しかも税金使って=お金に色はつけられないので私大一般の研究費は補助金で運営)イベントをはれるのか、理解ができません。

    あと管理人さんにも疑問があってこのBD研究会は私的な人たちの楽しみとしての集まりでしたよね? でもあなたはそれを今回のメビウスシンポにおいて公的な肩書(BD[ベーデー]研究会主宰者)として利用している。これは僕には非常に不誠実な行為のように思えます。僕もこの研究会に参加したことがありますが、ひとつの組織として公的な援助をうけているイベント(将来的には文科省などの業績判定の基準にもなるでしょう)に、この「BDについてもっと知りたい」の単なるオフ会(原さんのmixi日記でのご自身の説明と同時に、このコミュののりでもあったはず)を、事情を知りえない第三者的には、なんらかの学会に準ずる「研究会」というものの主宰者ろ錯誤されかねないことだと思います。もしそういうことをおやりになるのならご本名とこの研究会と関係ない肩書でおやりになるのがすじではないでしょうか? あるいは正式にこのコミュのオフ会というわけではなく、参加者相互の意思を確認したうえで、こういった公的な行事に「主宰者」を送るという決定を募るべきではなかったでしょうか?
  • [41] mixiユーザー

    2009年04月30日 09:33

    LEO、白川星紀、黒丸尚は同一人物のペンネームですので、スターログの線もあり得ますかね。
  • [42] mixiユーザー

    2009年04月30日 09:37

    スターログについてはすでにまとめました。上の方をご覧いただければと。
  • [43] mixiユーザー

    2009年04月30日 23:33

    以下に傍証をあげますが、70年代前半にはほぼ完全に日本の雑誌の特集はないですね。ただし70年代前半のフランスの雑誌のマンガ特集で、ジローの絵から決定的な影響をうけた日本のマンガ家がいますー谷口ジロー。藤原カムイについても調べがほぼついたのですが、その前にこの谷口ジローのケースが70年代におけるメビウスの日本での受容パターンや実作(80年代にまたぐ)に与えた影響を考える上で貴重な実例です。

    以下に谷口ジローの「可愛い死神」(85年、「ハウンティング・ドッグ」82年の再版)のあとがきを全文掲載します。なおこのあとがきには以下にでてくるブルーベリーの絵も収録されています。また作品は、メビウスの『Long Tommrow』からの援用が豊かです。軍曹ものもそしてブルーベリーの影響も多くみられます。まさにメビウスと日本を考えるときに欠かせないマンガですね。なお以下にでてくるフランスの雑誌も購入しましたのでそのうち届くでしょう。この雑誌はうろ覚えですが小野先生が紹介したことがあるように思えます。

    「1974年ごろ、グラフィックデザイナー志望の友人より“GRAPHIS=159”というフランスの雑誌を借りた(実はいまでも僕の本棚にあるのだが…)
     雑誌の内容は、世界のマンガ(主にフランス)の過去から現在までの発展と、先人達の影響やマンガのヴァリエーションを紹介したものだった。
     その中に、もっとも興味を惹かれたものに、ジャン・ジロオの「ブルーベリー中尉」があった。たった1ページの絵が掲載されていただけだったが、強烈なインパクトで僕に迫ってきた。
     絵だけについていえば、圧倒的なデッサン力、そしてひとコマの構成の中に無理のない自然のうまさが閃っていた。
     ぼくはそのときから、ジャン・ジロオの作品に魅了され、それらの作品をテキスト用に入手しようと決意し、実行にうつす。フランスの出版社へ注文する。
     それ以来、すっかりヨーロッパ・コミックスの虜となった。P.ジロン、E.ビラル、パラシオス、M.クレスピンなどなどの作品群、今日まで多大な影響を受けてきた。模写もしたし、ちゃっかりキャラクターもいただいたこともあった。
     それから数年、1977年の冬、某雑誌の編集者よりメビウスの“L'HOMME EST IL BON?”を譲り受けた。もういまでは一部のマニアの間ではすっかり有名になったメビウスである。その後、メビウスとジャン・ジロオが同一人物であることもわかった。
     僕が本書の“ハンティング・ドッグ”を描くきっかけとなったのは、メビウスの単行本の中のSFハードボイルド「ロングトゥモロウ」であった。
     バツグンのデッサン力に裏打ちされたシャープな絵柄は、デカダンスの呼吸が漂うここちよい作品だった。
     つまり“ハンティング・ドッグ”は、まるでメビウスの刺激を受けてできあがったマンガである。しかも、ぼくにとって初めてのSFマンガへの挑戦8チャレンジ)でもあった。
     当時、フランスのマンガから背景、小道具、コスティュウムなどをあれこれコラージュしたり、デザインしたりしながら楽しんで描いていたことを覚えている。
     また、この作品を発表したこと、リドリー・スコット監督の「ブレード・ランナー」が公開され、頻繁に映画館へ足を運んだことも思い出す。
     今後、ぼくがSFというジャンルの作品を創造するうえで“ハンティング・ドッグ”は大きなステップとなったことは確かである。
     この作品の掲載誌“エロトピアデラクス”の伊藤氏とともに、作画スタッフに感謝。
     本書は一度単行本化されているが、今再びこうして日の目を見ることは嬉しいことである。“ハンティング・ドッグ”の蘇りに、多大な努力と、献身的なまでの働きをしていただいた編集者、石本種雄氏に感謝したい

    1985.4(未来都市(メタルポリス)より)
    谷口ジロー」

  • [44] mixiユーザー

    2009年05月01日 00:18

    大友関係でおまけですが、『BRUTUS』2007年1月1日.15日の合併号で、メビウスは大友の作品を1984-5年にロスで「さよならにっぽん」をみて衝撃をうけたのが始まり、と述べています。

    しかしこれもご本人の明らかな間違いです。『スターログ』1981年4月号で、メビウスが大友の「『I・N・R・I…』を読んでいる姿が写真ででてきてます。キャプションも「『I・N・R・I…』を読むメビウス」というような感じの説明つきでした。

    話を最初に戻しますが、オーラルヒストリーを扱うときは、基本的な研究者の姿勢というか方法論(いうまでもないもの、という感じのものですが)として、事実関係に疑義があるオーラルヒストリーを今回のように一般に流すことは大きな誤解の元を研究者自身が流す結果となるでしょう。いまのメビウス当人でさえ間違っているのですから、伝聞情報を不十分な調査しかしないまま一般に流すことは控えるべきです。

    たぶん70年代前半特集説は、ここで僕が何度もつぶしてもゾンビのように(なんの根拠もなく)蘇り続ける可能性があるでしょう。そういう無責任なことを専門家としてメシをくっている人間がすべきではないでしょう。またもしここで聞くならば、最低でも僕(やechoさんたち)がここ数日でやった程度のことは自分で調べてから聞くべきでしょう。
  • [45] mixiユーザー

    2009年05月01日 00:47

    便乗して書きますが,「その雑誌」で大友も知ったらしいというのであれば,大友に聞いてみるのが一番の早道なのではないかと思います。

    >たぶん70年代前半特集説は、ここで僕が何度もつぶしてもゾンビのように(なんの根拠もなく)蘇り続ける可能性があるでしょう。
    不存在の証明は出来ませんからねぇ。
    複数のところにコピペ(に近い形)で伝播して複数のソースに化けて定説化してしまうのはよく見られる現象ですから,インターネット上では紛れがないようにしておくのが重要と思います。
  • [46] mixiユーザー

    2009年05月01日 03:03

    >韓リフさん、echoさん、ITOKさん、らあむさん
    貴重な情報ありがとうございます。僕は先日のBD研究会で話が出た時期的にはずっと後の『メタルキッズ』、それからそこに作品を寄せている小林治、小林誠をチェックしてみたのですが、そこまで大した発見はありませんでした。意外だったのが外薗昌也がArzachなんかを参照している様子のBD風な作品を描いていたということでしょうか。古いファンにとっては当たり前のことなのかもしれませんが……

    さて、そのBD研究会ですが、韓リフさんのご指摘、僕がBD研究会を「今回のメビウスシンポにおいて公的な肩書(BD[ベーデー]研究会主宰者)として利用している。これは僕には非常に不誠実な行為のように思えます」という点ですが、もしそのように捉え、不愉快な思いをしている方がいるとすれば、これは謝罪するしかありません。そもそもこの肩書きらしきものは僕が用意したものではありませんが、これを取り下げてくれと言うことはできたわけで、それを怠ったことは非難されても仕方ないのかもしれません。僕自身はBD研究会なんて名前が権威を帯びるなんて思ってもいませんが、そもそも「事情を知りえない第三者的には、なんらかの学会に準ずる「研究会」というものの主宰者ろ錯誤されかねないこと」に意識的でないことが批判されているのでしょう。結果的に実績の欠如をBD研究会という何やらいかめしいところがないでもない名前で補っているというような解釈さえ許してしまいかねないわけで、そんなことは不本意なので、今後この肩書きめいたものは使いません。もちろん今回印刷されてしまったものなんかについてはどうすることもできませんし、その一回の出来事が決定的だなどと言われてしまうとすれば、もう返事に窮するほかありませんが……
  • [47] mixiユーザー

    2009年05月01日 05:08

    >韓リフ様

    大変真摯で旺盛な研究姿勢、敬服いたします。
    また、丁寧なまとめのご報告もありがとうございます。
    とても勉強になります。

    ただ大変申し訳なく思うのですが、自分はたまたま手元にあった本を確認しただけにすぎず、そもそも確認したこと自体、この場で話題になっていて興味が湧いてかつ自分にできる範囲のことだったからというだけのことなのです。
    そもそも自分の最初の書き込みなどは単なる憶測に過ぎず、そのためわざわざご確認のお手間を増やしてしまって恐縮しているほどです。

    フランクなオフ会の場だからこそ、「こんなウワサがあるけど、実際どうなんだろう?」というトピックもあげることができ、たとえ曖昧な知識でも複数者のそれが摩り合わさることで真実に近づけるということもあるのではないでしょうか。必ずしも厳格な研究としての擦り合わせしか許されないとまでは堅く考えていませんでした。
    たまたま見つけた『彼女の想いで…』のあとがきについてあわてて書き込んだのも、そのうちどなたか気づく人もいるだろうけど、イベント開催日まで時間がなかったので早めに共有したほうがより精緻な情報に近づく足がかりになるんじゃないかと思ったからです。

    ですが、オーラルヒストリー(という言葉も実は初めて知りました)の軽率な扱いがあやふやな情報を広める害を孕んでいるというご指摘も充分に理解できます。その上こうしたトピックが誤った形に歪められ尾ひれがつく度に、字引的に駆りだされたり後始末的に訂正してまわる役目を負わされる研究者(でなくとも情報の精密さを望む人たち)の忸怩たる思いにまでは配慮が至っておりませんでした。申し訳ありません。

    その上でなお甘えもあるのですが、このような場でも先進の情報を教えてくださる韓リフさんをはじめ、ITOKさんや小田切さん、そして主催の原さんといった親切な方たちに支えられ交流を深めることで、より正確な知識や情報を共有する人も増えてゆき、不正確な情報があればこれを訂正してまわれるようになる者も増えるのではないかと、やや希望的ですが考えています。

    「だったらそもそも、まず最初にあやふやな情報を流すべきではないだろう」というのがもっともな見解でしょうが、仮にそうだったとしたら自分は今回話題に上がったような作品や情報に触れる機会がなかったということになり、それはやはり一参加者としてさびしく思います。
    みなさんには今後もいろいろとご教示をいただければと願ってやみません。


    それからもう一方のお話、
    イベントで司会をされる原さんの肩書きが「BD研究会代表」であったなら、「いつ“代表”として司会に選出されたんだ」ということになって参加者の総意が必要だったのかもしれませんが、「BD研究会主宰者」であれば単純な事実でしかないので、自分としてはとくに問題ではないのではと思いました。
    それに日本では、残念ながら「BD研究会」という名を掲げていても、一般には「フランスのマンガのファンの集い」くらいにしか思われないのではないかと思います(それ以前にBDがフランスのマンガということも広くは知られてないと思いますが…)。
    近年のマンガ論で引き合いに出されるような、過去の「マンガ批評」や「マンガ研究」を掲げていながらも単なる私的な体験談や感想・思いこみによる断定などが多く展開されていたという状況も、「マンガの研究なんて学術的なものではないだろう」という一般的な印象を強くしているはずです。かつて数多あった作家個別のマンガファンクラブには「研究会」と称するところも多く、いまにも続く会は少なくないでしょう。こうした状況をふまえれば、“なんらかの学会に準ずる「研究会」”という錯誤は、そうそう起きないだろうとは考えられないでしょうか。

    真面目な研究発表もあり、オフ会らしいゆるいノリもあり、という幅の広いスタイルだから気楽に参加できて専門的な知識も得られるという得難い場だと思っています。
    しかしそういう宙ぶらりんなスタイルだからこそ、“研究”という慎重な誠実さを以て接するべきものが軽んじている、と感じられるのだろうとも思います。

    会のスタンスは参加者相互の意思と、それらをとりまとめる主宰者によって決められるものだと思います。
    ですので、韓リフさんの今回の痛烈な指摘は真摯に受けとめるべきものだと思いますし、同時に、全面的にどちらか一方が正しくどちらかが間違っているというものでもないのではないかと思います。
    せっかくのコミュニティですので、よりよい形で運営が続くことを願っています。
    というわけで、原さんのお人柄を信じて、采配を一任したく思います。


    ……とか長文したためてるうちに肩書き下ろす宣言されてしまいましたかー、、、
  • [50] mixiユーザー

    2009年05月01日 07:56

    echoさん、これは真面目な研究態度とオフ会的なノリを比較する話として、オーラルヒストリーの話を考えてもらっても困ります(まったく関係ない話ですから)。このオーラルヒストリーの扱いは、ここで無責任な伝聞を持ち出した大学でマンガ、アニメ関係でメシをくっているはずのプロにむけて書いたものです。もっと辛辣な書き方をしても僕は専門分野こそ違え、同じオーラルヒストリーを扱う研究者として恥じることも一切ないぐらいです。

     たとえばITOKさんは大友氏に聞くのがいい、といいましたが、ぼくもそれはやるべき事項のひとつだと思います。その機会はすぐ目前です。だが、このようなそれでメシをくっているプロとしては、ありえないようなことをやる人たちが司会なりなんなりでその手の情報をきちんと扱えるのか非常に心配しています。なぜなら発言の当事者も(記憶の誤りなどで)間違えるという当たり前なことを、この方々は全然わかっていないと思うからです。そうでないとこんな無責任な伝聞の問い合わせをここでやるわけはありません。

    また僕も大学にいますからわかりますが、今回の企画で彼・彼女らの多くはこれでメビウスについての「業績」をつくれるわけです。それをやるやらないは別にして、たとえば大学教員の業績にものせることが可能です。それが政府などからの研究費の申請、大学院での教員資格判定などなど、要するに私たちの税金を使うものに利用されることが潜在的に可能になります。繰り返しますがそれをやるやらないは別にしてです。

    さてフランス語が読める読めないはまあ、置いときましょう。いちいち試験をやるわけもいきません。たとえば、では、(メビウスとの)日本のマンガに詳しいから今回の司会をやれたのか? あるいはコメントできるのか? 少なくとも研究者レベルでの検索を駆使しても、(原さんをのぞけば)彼ら・彼女らが、「メビウスと日本」の日本側でのなんらかの学術的な業績なり、10000歩譲ってデータの構築なりをした証拠はありません。

    むしろその点ではネットでの匿名のアマチュア、そして現状では不肖田中も加わらせていただきますが、これらの作業をやっている人たちであって、彼ら・彼女たちではないと思います。そのような業績の欠如があるにもかかわらず、今回のイベントでなぜ出張っているのか、それが不思議だし、今後のメビウス研究を専門レベルからアマチュアレベルまでゆがませることになると僕は確信しています。

    ショートヴァルさんがご自分で肩書をつけたのではない、ことをお聞きしむしろ僕はますます上に書いたことの自分なりの理屈が補強された気がしています。なぜなら明らかにメビウスやメビウスの日本への影響などの基礎的な研究実績が
    ないようにい思える人たちにとって、その実態はどうにせよ「BD研究会主宰者」みたいな肩書の人は、言葉は悪いですが、利用価値があるのでしょう。

    そういう志の低いか、1000歩譲って、今回のようにイベントありき(裏では公金が動いていることに注意を再三再四うながします。私費でやるなら僕は文句いいません)、みたいなものに、私たちオフ会の住民が肩書だけであれ、利用されることには慎重になるべきです。

    個人的にはもし肩書をいまのように使ったのが京都市を含む運営側であるならば、おそらく大学にいってもうやむやにされるでしょうから、京都市の管轄に、ぼく個人がオフ会の住人として、肩書の不正利用として(時間が許せばですが)問いただすことも辞さないつもりです。そんなつもりでBD研究会に参加しているつもりはいっさいないからです。

    個人的には、肩書の利用が現状のままであるならば、原さんには今回のイベントを降りるか(それは難しいでしょうが最適な解でもあります)、少なくとも会場でこの件について説明することを期待します。
  • [51] mixiユーザー

    2009年05月01日 10:32

    >韓リフさま

    谷口ジローの件、ありがとうございます。
    そうでしたか、“GRAPHIS=159”ですか。
    Illustration 05.5月号 のほうは国会図書館で読みましたが、
    こちらは特に重要な情報はありませんでした。

    今は長野の山奥にいるので、すぐには確認できませんが、
    谷口ジローの「可愛い死神」はメビウス来日前にチェックしておかないとだめですね。
    ぼくもこのイベントにいつのまにか深く巻き込まれているので。。
    >小田切さん
    通訳やっぱり逃げ切れなかったよ。。。

    ちなみに“GRAPHIS=159”はスイスの出版社が出していたはずで、
    のちに160号とあわせて、書籍になりました。
    小野さんも寄稿されてたのではないでしょうか。
    英/仏/独が並記されていたとおもいます。
    基本モリテルニ派の本なので、現在の主流フランス人研究者のあいだでは
    あまり評判が芳しくないですが、日本人がそこまでつきあう義理はないでしょう。

    >イエナ書店などでの洋書、美術書店での立ち読み文化の存在はキー

    まさにそのとおりですね。
    当時の人の話を聞くと、外国の雑誌を手に入れるため、
    わざわざ帝国ホテルなど、外国人の泊まるホテル内売店へ足しげく通っていた、
    ということもあったようです。
    当時は洋書店などを中心としてゆるやかな共同体が存在したはずで、
    共有情報源としての雑誌も日本のものとはかぎらないということですね。

    それから少し話題になっていた植草の削除された二章ですが、
    すくなくともそのうちのひとつは、ミッキーちゃんに関するもののはずです。
    保護者のかたからのクレームで莫大な賠償金を取られたか、請求されたかして大問題になったと青土社のひとが以前言っていました。

    あと、これも手元に資料がないので記憶でもうしわけないのですが、
    >COMの連載 (「海外まんが紹介」68年4月から。69年9月号の「フランスのコミック界」)
    の「フランスのコミック界」で触れられていたのは、コミックそのものではなく、コレクター/研究者団体の話だったはずです(『バットマンになりたい』にのっていたのと同じような話)。

    このあいだのBD研究会には僕も参加させて頂いたのですが、
    小野先生はいつ初めに紹介したのか覚えていらっしゃいませんでした。
    記憶がそろそろあっためられてきていることを期待します。。
    すくなくともWooでは紹介しなかったとのこと(これは即答だった)。
    ご本人の印象ではルネ・ラルーがらみでの紹介のほうが大きかったのでは、
    という話でした。
    「ピロット」については、どうも60年代後半の大人向けに変化しだしたころについて、個人的な評価は高くないようでした。
    これが雑誌の方針についての評価なのか、
    その時期に紙面で活躍していた作家たち(ゴットリブ、メビウスなど、のちにピロットから飛び出して自ら雑誌を創刊し、大人向けBDのブームを担う作家たち)への評価なのかは聞きそびれました。
    まぁたぶん前者でしょう。

    個人的には、メビウス=大友ラインが重要であることは当然ですが、
    谷口さんの文章からもわかるように、それだけ追っても意味がないかと思います。
    「ヤングコミック」「漫画アクション」(ヌーヴェル・コミックという名称とかケン月影の西部劇ものとか)などにおける、海外マンガへの目配せというものも含めないと、
    突然メビウスだけが日本のマンガに影響をあたえたという伝説になってしまうのではないでしょうか。
    いやまぁとりあえずはべつにそれでもいいか。
    ぼくの個人的な興味がみんなとずれているだけかもしれませんし。

    これは夏目さんがおっしゃっていたことですが、
    プロ(雑誌の編集者とか作家とか)のあいだでは情報が共有されていた時代があり、
    つぎにそれが一般にも漏れ出した時代があるのではないでしょうか。
    原さんがファイリングされていた「スターログ」「Little Boy」などの全該当ページをコピーさせてもらったのですが、年代を考えながらパラパラとそれを見ていると確かにそう思います。
    洋書店文化(前者にふくまれる)なども考えると、このふたつは区別しておいたほうがよいと思います。
    文字情報が残っているわけではないので、実証するのは技術的に難しいですが、
    むしろ重要度は前者のほうが高いでしょう。
    両者をつなぐ蝶番が大友なんでしょうかね。大友さんを通じて知ったと言うマンガ家さんの世代が存在するようですし。

    今回のシンポで新しい資料が発生するはずなので、
    それでもうすこし見通しがよくなるとよいのですが。

    内容のあやふやな長文で申し訳ありません。








  • [52] mixiユーザー

    2009年05月01日 13:40

    >のさん

    洋書店文化、たぶん正確には立ち読み文化だと思いますが、いままでだいたい物故者を扱ってきたので、わりと死者の脳内を彼・彼女らの残した蔵書から帰納的に推理して、彼らの情報収集の経路や思想的形成過程を追ってきました。雑誌なども洋物の数はいまと比べ物にならないくらい少ないので追うのもそんなに苦にならない………これがだいたい日本経済思想というぼくのフィールドでの話です。

    単なる洋書店文化は、ネットが普及するちょっと前までは成立していたように思えます。個人的な経験でも80年代は確実にそういう文化が健在でした。経済系ですけど。こういう文化は口承や縁故みたいなもので継承されてきましたね。いまはクリック一発でちょこちょこですけどもw 


    もちろんマンガの方は僕はよくしりません。実証的に追ったこともないですし。しかし植草氏のエッセイではその種の立ち読み文化、洋書店文化の証言がバラバラでてきますね。そこでうけた感じは経済系のその手の達人たちとたいして変わりません。経済系の書痴系の人たちも帝国ホテルや、さらにもっと古くは進駐軍の事務所とかあさっていたそうです。戦前は日本の書痴はもっと大胆大規模に直接現地の書店・古書店からカタログでまとめ買いをしていたようです。大学の教員はいまはワーキングプアすれすれですが、昔(明治、大正など)はすごかったようですね。軽井沢で別荘、というのが大学教授の優雅な?イメージとしてなんか学生のころにありましたが、そういう軽井沢で別荘程度は、むしろその前の世代にはワーキングプアレベルのれいらくの証拠だったとも聞きます。

    >ちなみに“GRAPHIS=159”はスイスの出版社が出していたはずで、
    >のちに160号とあわせて、書籍になりました。
    >小野さんも寄稿されてたのではないでしょうか

    boxmanさんの方にも書いたのですが、小野先生の本で読んだ記憶があると思っていました。マンガ関係はほぼ全部群馬にあるので、確認できないでいました。どうもありがとうございます。植草本の削除の経緯もありがとうございました。それってかなり有名な話なような気がします。植草本のことだったんんですね…。

    小野先生自身の証言は上にまとめた書誌データにも書いてますが、72年に一緒に食事した、というのと80年に会った、というふたつの証言が残っています。

    >海外マンガへの目配せというものも含めないと、
    >突然メビウスだけが日本のマンガに影響をあたえたという伝説になってしまう>のではないでしょうか

    ぼくも実は同じ意見を抱くようになってきました。それは占領期のマンガ文化を知る機会がいまあるのでその延長でですが。今回、メビウスを追っているのはこのイベントがらみでたまたまで、ぼくものさんと同じ考えの方向かな、と思います。




  • [53] mixiユーザー

    2009年05月02日 08:17

    すでに解決済みかも知れませんが、
    >COMの連載 (「海外まんが紹介」68年4月から。69年9月号の「フランスのコミック界」)
    69年9月号が手元にありますので、内容をまとめてみました。結論から言って、のさんのおっしゃる通りで、全然メビウスと関係ない話なのですが、何かのご参考になれば幸いです。或いは、読み飛ばしていただいても。

    -------
    「フランスのコミック界―ふたつもある国際研究組織―」というタイトルの見開き2頁の記事で、挙げられている研究組織は以下の通り。
    (1)「CELEG(グラフィック文芸研究センター)」…1962年に結成された「CBD(コミック ストリップ・クラブ)」の発展形。機関誌「Giff-Wiff」を刊行。
    (2)「SOCERLID(コミック文芸研究会)」…CELEGの方針と意見が合わず不満を持っていた一派が脱会して作った組織。機関誌「フェニックス」を発行。

    その他、以下のエピソードが書かれていました。
    …小野氏がスキー骨折で入院していたときに、パリ留学中の友人に頼んで「フェニックス」最新号を送ってもらったり、バックナンバーと2年分の予約購読を依頼したこと。SOCERLID代表のクロード・モリテルニ氏に手紙を書いたら親切な返事と、後日、「フェニックス」のバックナンバー全部及び、そこで刊行されたまんが本の小包が届いたこと。SOCERLIDと「フェニックス」の簡単な紹介文。1967年にパリの装飾美術館で大々的なコミック・アート展覧会が開催され、そのカタログが「コミック・ストリップの歴史」として出版されたこと。
    --------

    記事を読んだ感想なんですが、日仏マンガ文化交流のあけぼの、という印象を受けました。ちなみに、各団体のフルネームを調べてみたところ、以下の通り。(出典:http://www.du9.org/Genealogie-d-un-interdiscours-sur、でも本文は読んでいません…)。
    「CBD」=「Club des Bandes Dessinées」
    「CELEG」=「Centre d’Etude des Littératures d’Expression Graphique」、
    「SOCERLID」=「Société Civile d’Etude et de Recherche des Littératures Dessinées」

    また、クロード・モリテルニさん良い人だなー、という印象を受けました。なので、のさんのコメントの
    (“GRAPHIS=159”の件で)
    >基本モリテルニ派の本なので、現在の主流フランス人研究者のあいだでは
    >あまり評判が芳しくないですが、日本人がそこまでつきあう義理はないでしょう。
    は、たいそう興味深いなー、と思いました。(下世話な興味ですみません…)

    メビウス来日の件から、大学を舞台にした日本のマンガ研究が色々と取りざたされていますが、願わくば、今回のイベントがきっかけでBD研究が一段と深まることを願ってやみません。
  • [54] mixiユーザー

    2009年05月02日 10:57

    > 韓リフさん

    > 個人的には、肩書の利用が現状のままであるならば、原さんには今回のイベントを降りるか(それは難しいでしょうが最適な解でもあります)、少なくとも会場でこの件について説明することを期待します。

    個人的な利益のために、韓リフさんにもご参加いただいたことがあるBD研究会の名を利用したと捉えられかれない事態の中に身を置いたことについては、改めて謝罪しておきます。ただ、イベントを降りるというのは現実的ではないでしょう。イベントまで間もない時期に急に降りるというのは無責任な行為であると思います。一方で、このようなことが二度と起きないようにBD研究会の主催者の立場を降りろというのであれば、それを拒む理由はありません。そんな柄ではないということは最初から言ってきたことですし。「この件について説明すること」と言うのが具体的に何を指しているかわかりませんが、BD研究会は実体のない組織で、元来、肩書きに利用するようなものではなく、したがって僕を権威づける根拠にはなりえないということであれば、喜んで説明します。事情を知らない人にとってはなんのこっちゃという感じだとは思いますが。

    >のさん、うりぼうさん
    貴重な情報ありがとうございました!
  • [55] mixiユーザー

    2009年05月02日 12:10

    >韓リフさま

    >ぼくも実は同じ意見を抱くようになってきました。それは占領期のマンガ文化を知る機会がいまあるのでその延長でですが。今回、メビウスを追っているのはこのイベントがらみでたまたまで、ぼくものさんと同じ考えの方向かな、と思います。

    それはこころづよいです。範囲が広いのでひとりじゃできませんし(すくなくとも僕は)。


    >うりぼうさま

    ありがとうございます。
    間違った情報を流してなくてよかった。


    >ショードヴァルさま

    イベントを降りられると実際困ります。
    とばっちりがこっちにきた日には目もあてられない。

  • [56] mixiユーザー

    2009年05月07日 01:41

    >のさん。僕はアマチュアですし、しかも興味の対象がワ―サム研究に限定されています(これだけだとどうにか自分の知識と経験でフォローできそう)。フランスマンガはともかくお金がかかるので趣味程度にしないと身を滅ぼしかねませんw

    >ショードヴァルさん。お疲れさまでした。

    興覚めかと思いますが、ぼくには重要なので確認したいのですが、

    「BD研究会は実体のない組織で、元来、肩書きに利用するようなものではなく、したがって僕を権威づける根拠にはなりえないということであれば、喜んで説明します」

    これは本日説明されたのでしょうか? 

  • [57] mixiユーザー

    2009年05月07日 08:18

    >韓リフさん
    ありがとうございます。全く同じ文章ではないですが、冒頭の自己紹介の時に説明したつもりです。9日にお会いできればお話しさせていただきたいと思います。
  • [58] mixiユーザー

    2009年05月07日 10:49

    お知らせいただきありがとうございます。

    大友とメビウスの関係の決定的情報も期待しています。←日本的な建前ではなく真剣です。

    すみません。9日にはたぶん行かないと思います。混んだイベントに何時間も前にいって、なおかつ行列をつくることは、ちょっといまの状況(講義の準備に加えて単行本を10冊ほど抱えてて貧乏暇なし)では、休日(大学が休みなだけですが)の過ごし方としては非生産的すぎるので無理かな、と思っています。京都の状況をブログなどでみましたが、皆さん早朝からいかれたようですし。みなさんのレポートを楽しみにしています。
  • [59] mixiユーザー

    2009年05月07日 18:39

    だれか質問してると面白いと思うんですが、大友氏がメビウスの影響をうけた作品だといった『フラワー』というのは、メビウスの『バラッド』の冒頭で詠唱されているランボーの「フラワー」つながり=モチーフじゃないか、という点。さっきふと思いつきました。

    それとようやくいま届いたんですが、『ぱふ』1979年7月号での大友氏へのインタビューで該当部分を以下に。()は僕が補ったもの。インタビューの収録は同年5月20日

    ーーー
    (大友)近ごろやっとみたんですけどね、あ、似ているなという感じしたし、自分の好きな線だな、っていうか、フランスのメビウスって人。この人がひじょうに好きですね

    ーーーーメビウス?

    (大友)このー(といって立ち上がり、本棚から本を取り出してきて)フランスの『ヘビー・メタル』って本に描いてるー。

    ーーーーあ、この人。

     (大友)この人のね、何ていうか絵をね、レリーフみたいにして描くんですよ。あの、レリーフばっかりみたいな絵なんですよ。

    ーーーーこの空間のとり方って、あなたの感覚にひじょうに似てるね、。(といいながらパラパラとページを繰ってうん、なんじゃこれは。みんななんだか、好きにやってんね。

    (大友)そうなんですね。何か信じられない感じですね。話も何か勝手なハナシで。これが主人公なんですね、この2ヒキが。それで、ここにくると鳥がたおれててうごいてないんですよね。これを直したら飛んでいくってハナシで、別に、何かね〜

    ーーーーーハッハッハッハッ!

    (大友)う〜ん、ひどいハナシですよ。

    ーーーーヨーロッパコミックの伝統だよね、ある種の

    (大友)まあ、アメ・コミはブーム、ではあるけど、こういうのみてると、仏のものの方が質は高いなあっていうか。

    ーーーーアメ・コミはキャラクターのおもしろさ。ヨーロッパ・コミはセンスのおもしろさって気もする。

    (大友)こういうのなんかへんなハナシなんですけどね、飛んでたら、塔の横に女がいて上に番人みたいなのがいるから、そいつをつるさげていって、やっと女のところへいったら、女がこういう顔をしてて(大笑)そえでかえってにげちゃうていう。あの4コママンガにもならんようなハナシなんですよね(笑)。4コママンガにもならないんだけど、まあ、ふんいきですごいなあと思うんだけど。

    ーーーーーーーーーーーーーーー

    上記のメビウスの『ARZACH』、『ARZAK』各話が掲載されているヘビメタの号数を一応書くと、

    1977April - Vol. 1 No. 1
    1977June - Vol. 1 No. 3

    です。僕はヘビメタ自体は未見ですが、アメリカ版の全集に収録されているものと同じでしょう(フランスの現行流布している版だと版形が違うなど相違あり)。

    参照
    http://www.heavymetalmagazinefanpage.com/hmlist77.html
  • [60] mixiユーザー

    2009年05月07日 18:42

    おまけにアルザックがほぼ全部読めるものを以下に。

    http://pdsoasis.panzerdragoon.net/arzachcomics.html
  • [61] mixiユーザー

    2009年05月08日 03:02

    >韓リフさん
    貴重な情報ありがとうございます。『アルザック』をまだよく知らないという方はこの機会にぜひ。

    まだチェックできてなかったんですが、やはり『ぱふ』の特集はぜひ読んどかないと…… このインタビューによると、既に1979年5月の時点で大友は『ヘビー・メタル』誌で『アルザック』を目にしてるんですね。

    以下、今日の京都精華大学の講演で、司会のメビウス作品に初めて触れたのはいつかという質問に対して大友自身が語った当時の回想の要約です。

    「はっきりとは覚えていないが、おそらく78年より前。『スターログ』で小さなカットを見たのが最初ではないか。その後、フランスに行った時に『メタル・ユルラン』を買っている。(司会の『スターログ』は78年創刊ではないかというコメントに対して)『COM』に海外のマンガを紹介するページがあり、それを通じてアメリカからはじまってヨーロッパのマンガを知ったのかも。いずれにせよ、何かの機会にまとめてメビウスの作品を見て感銘を受けたはず。(司会:1979年の「DON QUIJOTE」にはメビウスの影響が顕著ではないか?)だから、それより前には『アルザック』を見ているはず。メビウス・ショックを考える上で重要なのは、当時のマンガの状況。1960年代で手塚を中心とした少年マンガの時代が終わり、1970年代に入ると、それ以前の夢のような世界を描いたものでなく、日常生活を描いた劇画が登場。ただ、70年代後半には、このような作品も古び飽きられつつある状況があった。そこに日本人には思いも及ばないような、説得力ある世界観を持ったメビウスの作品が登場し、大きな衝撃を与えた。」

    結局、本人もきちんとは覚えてないということですよね。本人の記憶の中で『スターログ』のメビウス紹介がいつだったのか、はっきりしていないのは仕方ないことでしょう。『ぱふ』で言及されている『ヘビー・メタル』というのがかなり可能性が高いのではないでしょうか。もしかしたら、その近辺で何かメビウスを紹介した記事があるのかもしれませんが……

    なお、「FLOWER」の件は韓リフさんの書き込みを後で見るまで思いいたらず、僕は質問できませんでした。講演の本編がどうしても盛りだくさんになってしまうということもあるのでしょうが、そもそも質問の時間はあまり設けられませんでした。
  • [62] mixiユーザー

    2009年05月08日 04:51

    >ショートヴァルさん、大友氏の発言教えていただき感謝します。まあ、上の方で小野先生のメビウス体験の記憶の混乱などもありますし、そもそもコトの発端の米澤氏の発言もそうですが、当事者の記憶がすべて正しいというわけでもないですよね。だからこそ歴史家というか研究者の出番もあるわけですよね。

    ところでまた驚いたことをひとつ。

    >司会:1979年の「DON QUIJOTE」にはメビウスの影響が顕著ではないか?<

    これは確かboxmanさんの日記の方で話題にされたんですが、ぼくはそのとき突っ込もうとしてやめたんですよ(あ、ITOKさんの発言持ち出してしたかな? 笑)。だって上の方にもコピペしましたが、メビウスからの影響が顕著な「Flower」は、この作品よりも前か同時に書かれていて、大友自身は「Flower」をわざわざメビウスの影響が出たものであると特記したわけです。つまり「Flower」以後がメビウスの影響として重要だということだと思います。実際に作品も上でバラッドとの作品論的な点での関連性も示唆しましたが、表現手法でもメビウスの影響(というかもともとかなり白大友と似ているのですが)が顕著でしょう。

     「Flower」以後にメビウスの影響がみられるならば、まずは「Flower」を大友自身の発言とともに言及すべきだと思います。なんでわざわざ「DON QUIJOTE」なのか意味がわからないですね。

    >だから、それより前には『アルザック』を見ているはず<

    という大友氏の発言は、『Flower』が1979年10月号の『SF宝石』ですから、どんなに雑誌が出るのがおそくても、5月20日より相当以前(幻の70年代前半w)に制作されたとは考えにくいため、上の5月20日の発言とその行動記述をもとにすると、「ヘビメタ」での『アルザック』まとめ読みが正解でしょうね。もちろん『スターログ」日本版でのバラッドも上記インタビューのときにはすでに出ていることも忘れてはいけないことでしょうね。

    ひとつひっかかるのは、これは今日にでも調査を終える予定ですが、『COM』ややはり黒丸氏の書いたもののチェックですね。これ次第では、ヘビメタの刊行年とあわせて、大友のアルザック経験が77年の後半か78年かあるいは79年になってからか、などがさらに詰めることができるでしょうね。上のインタビューの様子だと「最近」といっているので77年説はちょっと遠い感じですし、77年だとリアルタイムに近い感じでアルザックの英語版を読んでいることになりますしね。まあ、ここはもう本人が覚えてないのですから、こっちの調査で埋めるしかないでしょうね。それでもすでに論文に使えるくらいには大友とメビウスの影響関係のなれそめは詰まってきた感じですね。あと少しです 笑

    ところで大友のフランス行きは何年なんでしょうね? 笑。『ぱふ』のインタビューでは少なくともアメリカにいったことは79年まではなさそうですがw インタビューもじつにローカルな話題なので、おそらくフランス行きはこのインタビューの後でしょうね(邪推)。

  • [63] mixiユーザー

    2009年05月08日 05:41

    あと書き忘れている点を少々

    >『COM』に海外のマンガを紹介するページがあり、それを通じてアメリカからはじまってヨーロッパのマンガを知ったのかも<

    大友がヨーロッパマンガを知る機会としてはそうかもしれませんが、メビウスを『COM」で知ることは不可能かと思います(73年でしたか、後継誌も含めて休刊したのは?)。くれぐれもブラックユーモアの時代のメビウスなどが持ち出さないようにお願いしたいものです。

    僕としては『スターログ』の「バラッド」、それに伴うLEO(黒丸)の紹介が決定的に思えますが、『スターログ』のこの号の前にLEOがメビウスの小さいイラスト入り記事を書いてないかどうか、もう一度調べてみてもよさそうです。僕が見落としている可能性もありますから。あとは黒丸氏の書いたのを総花的にこの時代中心に追うぐらいでしょうかね、残された作業は。

    もうだいぶ詰めた感じです。
  • [64] mixiユーザー

    2009年05月08日 07:24

    大友ばかりに注目がいきがちですが、谷口ジローについて少々つけたしを。

    谷口ジローが影響をうけたという「ブルーベリー」が紹介されている『Graphis」159が数日前に届きました。これは日本語の序文などの訳が冒頭についてて、、中身は英語、フランス語、ドイツ語で各解説されているマンガの歴史、解説本です。日本語の訳語がまったくこなれてないのは置いといて、「ブルーベリー」は谷口が「可愛い死神」で掲載していたよりも大きく、全頁引用になっていることがわかります。やはり実物にあたるといろいろ発見があるようです。つまり谷口はジローからコマ割りとか動的な動きよりも、おそらく登場人物のリアリティみたいなものに魅かれた可能性があるでしょう。しかしこれは5000円超。高くて涙が出そうです。

    あと大友の『彼女の想いで…」の当該部分の引用がまだだった気もしますので以下についでに

    ●FLOWER
     ちょうどこれを描く直前に、確か、黒丸さんの紹介でメビウスを初めて知って、それでもう影響受けちゃって、オールカラーでこういうの描きたたのかな。あと、この時、初めてカラーインクを使ったんで、ずいぶん苦労したなって覚えがあります。紙との相性が難しくて、もう少し染み込む紙にすれば良かった。まあ、素材選びの失敗談ということで……

    引用終わり

    ちなみに、メビウスの影響を同時代史的にアメリカ、イタリアなどで追う作業も重要でしょう。あと日本だと70年代における洋書の流通、もっといえば円フロート制になってからの円高がもたらした利益が、洋書の購入機会を増やしたことが、どう文化流通に影響したかなど、そこらへんも関心ありますね。あと僕がみた範囲でも群生していたメビウスの子供たちとでもいうべき無名のマンガ家たちにもふれる必要があるでしょう。
  • [65] mixiユーザー

    2009年05月09日 21:33

    シードヴァルさんにはいかない、といいましたが、結局、第二部の途中(2時半過ぎ)から直接会場にいきました。テーマの「日本とメビウス」でしたので。浦沢さんの話が参考になりました。あとは既知のものが多かったです。それと夏目氏のマンガ記号とかコマの話をたぶんメビウス氏はよく理解できてなかった気がします。

    終わった後に、竹熊さんと10分ほど話ができてよかったです。

    それともう論文の形にするのでここではネタ投下しないと思いますが、ドイツでのメビウス研究には注目すべきものがありそうです。フランス語よりますます読めないですが、もし機会があればネタを披露するつもりです
  • [66] mixiユーザー

    2009年05月10日 10:17

    >韓リフさん
    おっと、お越しいただいていたのですね。お話ししたかった…… また、別の形でご挨拶できればと思います。

    マンガ記号やコマの話はもっとじっくり説明しないと難しいのだと思います。研究と実作の違いがある上に、マンガとBDの違いもあるでしょうし。

    論文、心から楽しみにしています。この場で惜しげもなく示してくださった情報は今までなんとなく抱いていた認識を改める上で非常に貴重なものでしたし、すばらしいものになるのではないかと確信しています。
  • [67] mixiユーザー

    2009年06月05日 10:01

    いまさらですが、論文の中で出てくるのでここで書かなくてもいいんですが、ひとつだけ大友関係でようやくわかったことを書いておきます。

    ショードヴァルさんから大友氏が京都で発言した内容を教えていただきましたが、「Flower」での黒丸尚からメビウスのことを知った、という大友の発言はいまのところ闇の中でした。ご本人の記憶があいまいなままです。

    いま調べた範囲では、黒丸尚と大友は98年の晩秋から冬にかけてのどこかで、角川書店の仕事で接点をもっていました。大友のはじめての本格的インタビューが掲載された『バラエティ』(79年1月)で、その大友ミニ特集を飾る言葉として「ヘンデルとグレーテル」に衝撃をうけたことを黒丸が特記して書いています。この両者の接点は、ちょうど『ぱふ』での大友の証言や「Flower」での証言とも時間的に整合的です。この両者の接点はいままで言及がなかったでしょうからここにあえて明記しておきますね。
  • [68] mixiユーザー

    2009年06月14日 17:32

     すんません。すでにどこに書きこんだか忘れてしまいましたが、一時期、ショードヴァルさんと盛り上がった??記憶のあるメビウスのおちんちん主義の話の続報ですが、やはり年季がはいっているようで、『えの素トリビュート』(講談社、2006年)で、榎本氏の「チンコ団と変態団」がおすすめだとして、それに「反神経症的心理分析ポルノ」の寄稿、その他に「BANDORA」、「アリアンヌ」というおちんちんの直喩、暗喩丸出しのイラストも描いてます。

    先のイタリアのエロ絵師 Roberto BNALDAZZIのシーメールものへの熱烈序文(これぞ理想だ! みたいな)や、他の膨大だけど無視されてる(笑)おちんちんものを含めると、メビウスの笑とエロスを解明する糸口に………なるかもしれません
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