昔「冥の会」公演でセネカ作の「メディア」を、新宿紀伊国屋ホールにて観劇したことがあります.訳・演出は渡辺守章、メデイアは観世寿夫、イヤソーンが野村万作、乳母が関弘子、コロスA長が観世静夫、同B長が観世栄夫という豪華な顔ぶれでした.ただし成功していたかどうかは、疑問の結果でしたが.
渡辺氏は、公演パンフレットで、「セネカはルネッサンス以後のヨーロッパ演劇にとっては、文字どおり〈原点〉だったわけで、イタリアやスペインの演劇、エリザベス朝演劇はいうまでもなく、フランスの17世紀の悲劇もセネカに学ぶことで出発した」と述べています.したがってセネカ劇の公演は、貴重な試みといえましょう.「d'UOMO ex machina(行き詰まった筋を解決する神=吉田敦彦氏訳)」は、かつての東大ギリシア悲劇研究会の末裔なのでしょうか.こちらは浅草育ちですのでさらに期待はします.行けるかどうか未定です.
今回の公演は昨年・一昨年と利賀の演出家コンクールに出品した私たちの作品と姉妹関係にあるもので、
Jean Genetの「Les Bonnes」
William Shakespeareの長編詩「Lucrece」
に続いての舞台化で、欧州演劇においてステロタイプのように頻出する「奥様がいてその女召使いがいる」という構図の歴史をたどっています。
集団名d'UOMO ex machinaはお察しの通りdeus ex machinaを模倣したフレーズです。神々によっての決着に変えて、人間とその空間のみに(イタリア語では、uomoとduomo)頼り、それらを機械のごとく徹底的に意識化・紀律化して(ex machina)作品に統一を与えるという考え方の表明です。2005年にベルギーのAntwerpen市内にて始めの公演を行なっており、現在は活動拠点を東京目黒区におきつつ日本での作品発表をしております。