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二条派和歌と古今伝授

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詳細 2016年9月29日 02:52更新

古今伝授という語は日本史に必ず出て来るので、名前が知られてはいるが、その担手となっていた二条派歌壇との関わりは一般人には意識されていない。

この和歌の歌風は天皇家としては傍流な大覚寺統の廷臣たちによって担われ、大覚寺統が表舞台から消えて以降はその当時の天皇家である持明院の廷臣たちが担った京極派を圧倒して後世至っている。

 保守的で個性がないなどと今では批判的な文脈で言及される二条派ですが、具体例があまり知られることのないのが残念です。有職故実などの雅な文化とはまるで無縁な正岡子規以降に不当に卑しめられてきた古今集ですが、近年には再評価の風潮が生まれて来たのは喜ばしいことです。

 また古今伝授を軸として『古今和歌集』の伝統を今に伝えてきたという点だけでもこの歌壇の存在価値があるわけです。ある程度の予備知識がないと古今集の魅力を充分に味わうことができない。

古今和歌集があれば充分だということはなく、その精神の継承としての価値も忘れられてはならないです。らいばるである京極派を理解する為にも〔後期〕中世和歌の車の両輪であるこの派の和歌の魅力を語りましょう。


古今伝授の里フィールドミュージアム
http://dac.gijodai.ac.jp/vm/virtual_museum/sanpo/13/index.htm


*****

 蛇足ですが、応仁の乱以降は文化の牽引者として勅撰集による和歌への天皇の王権誇示といった正確はなくなり、個人的な趣味の性格をもつものとなっていった。明治以降は型式こそ歌会始として王権の中に入りはしたが、明治以降の歴代天皇の御製は応募者たちのものと同じく正岡子規風なものになっている。平安時代の<宮廷さろん>というものもなく、あまりにもご多忙すぎてやむ終えないことであり、それはそれでいいと思っています。


***********以下Wikipediaより*******************

二条派
二条派(にじょうは)は、中世における和歌の流派。
藤原北家御堂流である御子左家は、藤原俊成・定家・為家と和歌の家としての地位を確立し、為家の子二条為氏の代に、庶弟京極為教・冷泉為相の2家の分家が出来た。二条為氏の子為世、京極為教の子為兼の代になると、二条派は大覚寺統(のちの南朝)と結んで保守的な家風を墨守し、京極派は持明院統(のちの北朝)と結んで破格・清新な歌風を唱えた。二条派と京極派は互いに激しく対立して勅撰和歌集の撰者の地位を争い、二条派は「玉葉和歌集」「風雅和歌集」「新続古今和歌集」以外の勅撰和歌集を独占した。しかし、二条派の実権は南北朝時代にはすでに僧頓阿に移っており、さらに二条家の嫡流は二条為衡の死によって家系は断絶してしまった。その後秘伝は、東氏(千葉氏の支流で武家)をへて三条西家(藤原氏で公家)に伝わり明治をむかえた。世にゆう古今伝授である。また、三条西家高弟細川幽斎からは近世初頭の天皇家、宮家、堂上家、地下家(じげけ)にも広まったが、三条西家は、これ以降も、二条家正嫡流の宗匠家としての権威を保ち続けた。中院家、烏丸家も二条派に属する。近世、三条西家に伝来した古文書の多くは早稲田大学とカリフォルニア大学に所蔵されている。

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2012年4月14日

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