創造の根源に横たわる「構築の意志」が発露している構築物に出会うときがある。そんな構築物には、どこか本能的な美しさがある。
たとえば何もない原野に一本の柱が立ち上がっている。そこにはまず何よりも、立ち上げるという意志の圧倒的な発露があり、その遂行としてのたたずまいがある。
“人はなぜ建てるのか”とか、“人は何によって建てるのか”という深い問いかけに入っていく前に、ただ単純に、ある種の構築物の姿に見出される、「意志」の存在に注目したい。
ひいてはその遂行としての構築行為への畏敬。
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