*互親組の歴史は長く江戸時代、白若組(若衆組)という集団を作り都万神社の奉仕団体としての役目をもつとともに社会秩序の維持につとめてきた。明治15年互親連と変名し、
記録には、現在の互親組に変わったのは、明治23年からである。
当時の互親組は必要欠くべからざる社会的存在であって、消防、青年団、社会福祉事業、祭礼など秩序ある活動を行っている。こうして大正、昭和、平成と時代の移り変わり従い、消防、青年団、社会事業などは別個に独立した組織が作られその役割が縮小されていった。
当時、神代神楽も結成し毎年秋の西都原古墳祭りに奉納し現在に至る。
現在、互親組は、都万神社境内にある八坂神社の祭り(夏祭り)太鼓台を出し町中を練り歩く勇壮な祭りとして出ている、会員は、20代から30代の若者200名〜300名の会員がいる。
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