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サルマン・ラシュディ

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詳細 2016年7月3日 16:18更新

サルマーン・ルシュディー(Salman Rushdie سلمان رشدی सलमान रुश्दी, 1947年6月19日 - )はイギリスの作家。インドのボンベイ(ムンバイー)出身のイスラム教徒。ケンブリッジ大学のキングズ・カレッジを優等で卒業。現在ニューヨークに在住。

※日本では広く「ラシュディ」の名前で知られているが、これはアルファベット綴りの名前「Rushdie」の“U”が英語の発音で読まれてしまっている事に起因する。正しくは「ルシュディー」である。

作品
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小説の多くがインド亜大陸を舞台にしている。虚構と幻想を現実におりまぜる彼の物語手法は魔術的リアリズムのそれに近いとされる。2作目の小説 "Midnight's Children" (1980年、『真夜中の子供たち』)で名声を博し、インド系作家による英語文学の新潮流の端緒となった。現在までの彼の代表作と目されている同書は1981年のブッカー賞を受賞、1993年には同賞25周年の最優秀作品に選ばれている。この作品はインドではネルー=ガーンディー王朝への攻撃とみなされ、ルシュディーはインドを離れることを余儀なくされた。1983年の "Shame" (『恥』)ではパキスタンの政治的混乱を、ズルフィカール・アリー・ブットー、ズィアー・ウル・ハックをモデルにして描いた。これらの作品ではそのスタイルもさることながら、そこに描き出された、彼が目を向け続ける移民の光景が特徴的である。"The Moor's Last Sigh" (1995年)では、ボンベイのポルトガル移民を主人公にして対立とその結末を描き、"The Ground Beneath Her Feet" (1999年)ではアメリカのロックがインドに及ぼした影響を描いた。しかしどの作品よりも多く言及され論争を惹起したのが "The Satanic Verses" (1989年、『悪魔の詩』)である。

同時代の文学との関係について。『真夜中の子供たち』はギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』に主題を借りているが、ルシュディーはこの作品に触発されて書くことを始めたといっている。 『悪魔の詩』は、ミハイル・ブルガーコフ(Михаил Афанасьевич Булгаков 、1891年3月15日 - 1940年3月10日)の『巨匠とマルガリータ』の影響を指摘されている。

『悪魔の詩』論争
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1989年の最初の日に出版された小説『悪魔の詩』は、世界のムスリムの激しい反発を受けた。詳細は以下『悪魔の詩』を参照のこと。

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悪魔の詩
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『悪魔の詩』(あくまのうた、原題:The Satanic Verses)は、1989年にイギリスの作家サルマーン・ルシュディーがムハンマドの生涯を題材に書いた小説である。日本では、筑波大助教授五十嵐一(いがらし ひとし)によって邦訳(『悪魔の詩(上・下)』、新泉社、1990年)がなされた。

イスラームに対する冒涜
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イスラームの聖典クルアーン中には神の預言として、メッカの多神教の神々を認めるかのような記述がなされている章句がある。後に預言者ムハンマドは、その章句を神の預言によるものではなく悪魔によるものだとしたが、ルシュディーはこれを揶揄した。具体的に言うと、原題の The Satanic Versesはクルアーンそのものを暗示していると見られる。この他にも、ムハンマドの12人の妻たちと同じ名前を持つ12人の売春婦が登場するなどイスラム教に対する揶揄が多くちりばめられており、イスラームに対する挑発でもあった。

死刑宣告とその影響
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1989年2月14日 - イランの最高指導者アーヤトッラー・ホメイニーによって著者のルシュディー、及び、発行に関わった者などに対する死刑宣告が言い渡され、ルシュディーはイギリス警察に厳重に保護された。死刑宣告はイスラム法の解釈であるファトワー(fatwa)として宣告された。
1989年2月15日 - イランの財団より、ファトワーの実行者に対する高額の懸賞金(日本円に換算して数億円)が提示される。
1989年6月3日 - 心臓発作のためホメイニーが死去。ファトワーの撤回は行われなかった。ファトワーは発した本人以外は撤回できないので、以後、撤回することはできなくなった。
1991年7月12日 - 日本語訳を出版した五十嵐一(筑波大学助教授)が勤務先の筑波大学にて何者かに襲われ、喉を繰り返し切られて惨殺される。他の外国語翻訳者も狙われる。イタリアやノルウェーでは訳者が何者かに襲われ重傷を負う事件が起こった。
1993年 - トルコ語翻訳者の集会が襲撃され、37人が死亡する。
1998年 - イラン政府は、ファトワーを撤回することはできないが、今後一切関与せず、懸賞金も指示しないとの立場を表明する。
2006年7月11日 - 五十嵐氏の事件で時効が成立する。
但し、被疑者が海外へ逃亡し時効が停止していると捜査陣がテレビのインタビューで答えており[要出典]、現在も事件を捜査していると思われる。


主な著作
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"Grimus" (1975年)
"Midnight's Children" (1980年、『真夜中の子供たち』寺門泰彦訳)
"Shame" (1983年、『恥』栗原行雄訳)
"The Jaguar Smile: A Nicaraguan Journey" (1987年、『ジャガーの微笑−ニカラグアの旅』飯島みどり訳)
"The Satanic Verses" (1989年、『悪魔の詩』)五十嵐一訳
"Haroun and the Sea of Stories" (1990年、『ハルーンとお話の海』青山南訳)
"Imaginary Homelands: Essays and Criticism, 1981-1991" (1992年)
"East, West" (1994年、『東と西』寺門泰彦訳)
"The Moor's Last Sigh" (1995年)
"The Ground Beneath Her Feet" (1999年)
"Fury" (2001年)
"Step Across This Line: Collected Nonfiction 1992-2002" (2002年)
"Shalimar The Clown" (2005年)

その他
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映画出演
『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年、シャロン・マグアイア監督、アメリカ・イギリス)に本人役でカメオ出演している。ブリジット(レニー・ゼルウィガー)とダニエル(ヒュー・グラント)にトイレの場所を聞かれる。
『ピーターズ・フレンズ』(1992年、ケネス・ブラナー監督、イギリス・アメリカ)で彼が自著『悪魔の詩』にサインをしている映像がオープニングに使われている。
2004年にインドの有名な女優(パドマー・ラクシュミー)と結婚したが、これは1976年にイギリス人女性と最初の結婚をして以来、4回目の結婚である。
U2 の "The Ground Beneath Her Feet" はルシュディーの同作中の詞にボノが曲を付けたものである。


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